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46時間TV 編
46時間TV 1〜かっきーの唇〜
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とある女性アイドルグループの4期生として活動する私、さくら。
ファンの皆さんやメンバーは『さくちゃん』と呼んでくれる。
そして『かっきー』のニックネームでみんなから愛されている、同い年の遥香ちゃん。
2018年の夏に新メンバーオーディションを受けて、同期としてデビューした私たち。
それから、同じグループの中で、同じ物語を進んでいる。
でもこれは、グループが歩む物語とは別の…
私とかっきーだけの、"もう一つの物語"が始まった日の出来事。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2022年2月。
グループとして何度目かになる、46時間の生配信番組中のことだった。
配信2日目の、お昼過ぎ。
メンバーが自分で考えた企画を15分程度で配信する、「電視台」と呼ばれる恒例のコーナー。
先輩の飛鳥さんと2人でMCを任されていた私は、同期の璃果ちゃんが地元岩手の食べ物を紹介する電視台を見守っていた。
その電視台の中で、かっきーの姿が少しだけカメラに映った。
メンバーが生配信するスタジオの片隅で、かっきーはずっとメンバーの似顔絵を描いている。
「生配信中に、メンバー全員の似顔絵を大きなキャンバスに描き上げる」
それが、かっきー本人が決めた電視台の内容だから。
時間制限もあるし、他のコーナーにも出演しなきゃいけない。大変だろうけど、かっきー本人が決めたことだ。私はこうやって見守るしかない。
でも…
絶対に疲れているはずなのに、カメラを向けられるとメンバーやファンに笑顔を見せてくれるかっきー。
その健気な姿を見ていると、私の胸はザワザワした。
(かっきー、ちゃんと休めてるのかな……昨日からずっと頑張ってるみたいだけど……)
そうやって私がかっきーを心配する様子が、よっぽど深刻そうに見えたらしい。
隣で一緒に司会進行役をしていた先輩の飛鳥さんにイジられてしまった時は、恥ずかしさから顔が熱くなった。
(璃果ちゃんの企画だったんだから、そっちにコメントしたほうが良かったよね…でも、かっきーのことばかり気になっちゃった…)
そんな反省をしているうちに、璃果ちゃんの電視台は無事に終わった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その日の夜。
グループ全体で生配信する時間帯は終わり、あとは一部のメンバーが出演する深夜の企画を残すのみとなった。
この後の企画に出演しないメンバーはみんな同じロケバスで帰る予定で、私もその一人だ。
(ふぅ……今日も長かった……)
大きなトラブルもなく今日の配信を終えたことに、ほっと胸を撫で下ろす。
周りを見渡すと、他のメンバーは帰り支度をするために楽屋へ向かい始めていた。
私もその流れに加わろうと思ったけど、ふとかっきーのことが頭に浮かぶ。
そういえば、少し前から姿を見ていない気がする。
今日は家に帰ってちゃんと休めるんだろうか。
(ちょっとだけ、様子を見てこようかな…)
バスの出発時間まであまり余裕はないから、悩んでる暇はない。
私は、かっきーが絵を描いているスタジオへ小走りで向かった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ガチャ…
スタジオの扉をそっと開けて中を覗くと、机に向かっているかっきーの姿が見えた。
スタジオの片付けもだいたい終わったようで、周りにスタッフさんの姿はない。
おかげで、かっきーは集中して絵を描いているようだ。私のことにも気付いてないみたい。
(かっきー、今夜もまだ頑張っていくのかな…)
邪魔をしちゃいけないと思って、足音を立てないように近付く。
残り2メートルくらいのところで、かっきーが描いている絵も見えてきた。
(すごい…もうこんなに進んでる…!)
最後に見たときよりも、明らかに完成に近付いているのが分かる。
お客さんに披露するのは明日の夕方のはずだから、このペースなら十分間に合うように思える。
(今夜無理しなくても頑張らなくても、いいんじゃないかな…)
でも、それは私が決めていいことじゃなかった。
あとどれくらいで完成するのか、それをイメージ出来てるのはかっきーしかいないんだから。
そこでふと、かっきーの手元に目がいった。
(今は誰を描いてるんだろう…?)
かっきーは、絵の中心から左に位置するメンバーの顔を真剣に描いていた。
どうやらメンバーの配置は期ごとに大まかに分かれているようで、いま描いているメンバーは4期生らしい。
(…あっ……もしかして…?)
衣装や顔の特徴からして、いまかっきーが描いてくれているのは……
私、だと思う。
私がたまたま見にきたタイミングで、私を描いてくれてた。
すごい偶然だ。
なんだか嬉しい。
しかも、私のすぐ左上にいて赤い衣装を着た女の子は、きっとかっきーだ。
(かっきーのいちばん近くに、私を描いてくれてるんだ…)
これも偶然なんだろうけど、私はそれだけで胸が熱くなった。
そして、嬉しさのあまりついつい声をかけてしまった。
「……かっきー…」
「…んっ…?……えっ…!さくちゃん?!ほんもの?!」
顔を見上げたかっきーの顔は、だいぶ疲れていて眠そうだった。
マネージャーさんが見たら「そんな顔でカメラに映ったらファンの皆さんが心配するからもう休みなさい!」と叱られそうな顔だ。
「ごめんね…集中してたのに…」
「ううん、全然、大丈夫。それより、さくちゃんを描いてたら本物のさくちゃんがいきなり目の前にいたから、夢でも見てるのかと思っちゃったよ」
「ふふふ……夢じゃないよ?本物だよ?」
話を聞くと、今夜かっきーはマネージャーさんの車で自宅まで送ってもらう予定らしい。
みんなと一緒のバスだと帰る時間を気にして絵に集中できないから、キリの良いところまで終わったらマネージャーさんに声をかけるんだとか。
かっきーの話を聞きながら、私は机の前に座るかっきーのすぐ隣に移動した。
完成に近づいている絵をじっくり眺めてみる。
あらためて、絵の中のかっきーと私が隣同士になってる配置を見て嬉しくなる。
「ねぇねぇ、これが私で、こっちがかっきー……でしょ?」
「そうそう!あ~よかったぁ、見てくれる人にちゃんと伝わって。でも、まだ未完成だからね。さくちゃんはこれからもっとかわいく仕上げる予定」
(そんな…もうじゅうぶんかわいく描いてもらってるのに…)
でも、完成か未完成かを決めるのはやっぱり描いてるかっきーだけなんだろう。
私は、言いかけた言葉を胸にしまった。
(でも…私なんかを描く時間を減らしていいから、かっきーにはちょっとでも多く休んでほしいな……でもやっぱり、そんなの私が言うことじゃないし…)
あぁ…
私はかっきーに、なんて声をかけたいんだろう。
相変わらず優柔不断な自分に苛立ってしまう。
そうやって悩んでいるのが、私の顔に出てしまっていたのだろう。
「ん?さくちゃん、どうしたの……?あっ、もしかして、絵、どこか変だった…?」
「ううん、違う、違うの…そうじゃなくて…」
私は、今の気持ちをどう言葉にしたらいいか分からなかった。
さらに、頑張ってるかっきーを見ていると何故か泣きそうになってきて。
ぎゅっ…
気付いたら、椅子に座っているかっきーを抱き締めていた。
「おっ…と……どうしたの?今日は甘えん坊のさくちゃんなの?」
「かっきー……私に出来ることがあったら言ってね…なんでもいいから…」
いきなりハグしてしまった私を茶化してきたかっきーだったけど、私の声のトーンからそんな空気じゃないと思ったみたいだ。
すぐに私の気持ちに応えてくれて、かっきーのほうからもそっと抱き締めてくれた。
(あぁ……かっきー……いっつもそう…私の気持ち、すぐ分かってくれる…)
「ありがと。でも、さくちゃんがこうやって私のところに来てくれて、ハグしてくれるだけで私はじゅーぶんだよ?」
「ううん、もっと、もっとかっきーの力になりたいの…ほんと、なんでもいいから……」
「う~ん、そうだなぁ………なんでもいい、かぁ……」
そうしてかっきーは、私とハグしたままの態勢で考え始めた。
「……えっと、じゃあ、さくちゃん、ちょっと目をつむって、正面から顔を見せてほしい、かな…?」
「うん、いいよ」
私はかっきーから体を離し、椅子に座っているかっきーに膝立ちの状態で顔を向ける。
きっと、本物の私の顔を見ながら絵を描く参考にしたいんだろう。
かっきーの力になれるなら、顔くらいいつでも見せるのに。
などと考えて目をつむっていると、かっきーの両手が私の肩を掴んだ。
いや、掴んだというには、あまりにも優しい力加減だった。
「ん…?…かっきー…?顔の向き、変えたほうがいい…?」
かっきーの様子を確かめるために、私が目を開けようとすると。
私の前の空気がふわっ、と動いて、かっきーの香りがした。
その時。
私の唇に、
あたたかくて、
柔らかくて、
潤いのある、
"何か"が触れた。
(えっ……?)
反射的に目を開けると、目を閉じたかっきーの顔がすぐそこにあった。
目と鼻の先、どころじゃない近さ。
私の身にいま起きている"まさかまさかの急展開"を緊急事態と解釈した私の脳は、フル回転し始めた。
(えっと…私たちアイドルだし、これって見られたらスキャンダル?周りにスタッフさんとかいなかったかな、でも女の子同士だからセーフ?ほっぺにちゅっちゅするメンバーだっているし、まゆたんなんてキス魔とか言われてるし、いやでもこれって"口と口"だよね、あ、もしかしてかっきー寝ぼけてる?いやでもさっきまで普通に会話してたし…)
いろんな心配事が次々と頭の中を駆け巡る。
でも、そのあとで認識した、私にとっていちばん大事な、たったひとつの事実に、すべての心配事がどうでもよくなった。
(私、かっきーとキスしちゃってる……)
胸がドキドキしてるのが自分でも分かる。
でも、ライブ前に緊張するようなドキドキとは少し違っていて。
心があたたかいもので満たされていくような不思議な安心感もある。
思考も感情も十分に追い付かないまま、かっきーへの愛おしさで胸がいっぱいになった私は、そっと目を閉じた。
~続く~
ファンの皆さんやメンバーは『さくちゃん』と呼んでくれる。
そして『かっきー』のニックネームでみんなから愛されている、同い年の遥香ちゃん。
2018年の夏に新メンバーオーディションを受けて、同期としてデビューした私たち。
それから、同じグループの中で、同じ物語を進んでいる。
でもこれは、グループが歩む物語とは別の…
私とかっきーだけの、"もう一つの物語"が始まった日の出来事。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2022年2月。
グループとして何度目かになる、46時間の生配信番組中のことだった。
配信2日目の、お昼過ぎ。
メンバーが自分で考えた企画を15分程度で配信する、「電視台」と呼ばれる恒例のコーナー。
先輩の飛鳥さんと2人でMCを任されていた私は、同期の璃果ちゃんが地元岩手の食べ物を紹介する電視台を見守っていた。
その電視台の中で、かっきーの姿が少しだけカメラに映った。
メンバーが生配信するスタジオの片隅で、かっきーはずっとメンバーの似顔絵を描いている。
「生配信中に、メンバー全員の似顔絵を大きなキャンバスに描き上げる」
それが、かっきー本人が決めた電視台の内容だから。
時間制限もあるし、他のコーナーにも出演しなきゃいけない。大変だろうけど、かっきー本人が決めたことだ。私はこうやって見守るしかない。
でも…
絶対に疲れているはずなのに、カメラを向けられるとメンバーやファンに笑顔を見せてくれるかっきー。
その健気な姿を見ていると、私の胸はザワザワした。
(かっきー、ちゃんと休めてるのかな……昨日からずっと頑張ってるみたいだけど……)
そうやって私がかっきーを心配する様子が、よっぽど深刻そうに見えたらしい。
隣で一緒に司会進行役をしていた先輩の飛鳥さんにイジられてしまった時は、恥ずかしさから顔が熱くなった。
(璃果ちゃんの企画だったんだから、そっちにコメントしたほうが良かったよね…でも、かっきーのことばかり気になっちゃった…)
そんな反省をしているうちに、璃果ちゃんの電視台は無事に終わった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その日の夜。
グループ全体で生配信する時間帯は終わり、あとは一部のメンバーが出演する深夜の企画を残すのみとなった。
この後の企画に出演しないメンバーはみんな同じロケバスで帰る予定で、私もその一人だ。
(ふぅ……今日も長かった……)
大きなトラブルもなく今日の配信を終えたことに、ほっと胸を撫で下ろす。
周りを見渡すと、他のメンバーは帰り支度をするために楽屋へ向かい始めていた。
私もその流れに加わろうと思ったけど、ふとかっきーのことが頭に浮かぶ。
そういえば、少し前から姿を見ていない気がする。
今日は家に帰ってちゃんと休めるんだろうか。
(ちょっとだけ、様子を見てこようかな…)
バスの出発時間まであまり余裕はないから、悩んでる暇はない。
私は、かっきーが絵を描いているスタジオへ小走りで向かった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ガチャ…
スタジオの扉をそっと開けて中を覗くと、机に向かっているかっきーの姿が見えた。
スタジオの片付けもだいたい終わったようで、周りにスタッフさんの姿はない。
おかげで、かっきーは集中して絵を描いているようだ。私のことにも気付いてないみたい。
(かっきー、今夜もまだ頑張っていくのかな…)
邪魔をしちゃいけないと思って、足音を立てないように近付く。
残り2メートルくらいのところで、かっきーが描いている絵も見えてきた。
(すごい…もうこんなに進んでる…!)
最後に見たときよりも、明らかに完成に近付いているのが分かる。
お客さんに披露するのは明日の夕方のはずだから、このペースなら十分間に合うように思える。
(今夜無理しなくても頑張らなくても、いいんじゃないかな…)
でも、それは私が決めていいことじゃなかった。
あとどれくらいで完成するのか、それをイメージ出来てるのはかっきーしかいないんだから。
そこでふと、かっきーの手元に目がいった。
(今は誰を描いてるんだろう…?)
かっきーは、絵の中心から左に位置するメンバーの顔を真剣に描いていた。
どうやらメンバーの配置は期ごとに大まかに分かれているようで、いま描いているメンバーは4期生らしい。
(…あっ……もしかして…?)
衣装や顔の特徴からして、いまかっきーが描いてくれているのは……
私、だと思う。
私がたまたま見にきたタイミングで、私を描いてくれてた。
すごい偶然だ。
なんだか嬉しい。
しかも、私のすぐ左上にいて赤い衣装を着た女の子は、きっとかっきーだ。
(かっきーのいちばん近くに、私を描いてくれてるんだ…)
これも偶然なんだろうけど、私はそれだけで胸が熱くなった。
そして、嬉しさのあまりついつい声をかけてしまった。
「……かっきー…」
「…んっ…?……えっ…!さくちゃん?!ほんもの?!」
顔を見上げたかっきーの顔は、だいぶ疲れていて眠そうだった。
マネージャーさんが見たら「そんな顔でカメラに映ったらファンの皆さんが心配するからもう休みなさい!」と叱られそうな顔だ。
「ごめんね…集中してたのに…」
「ううん、全然、大丈夫。それより、さくちゃんを描いてたら本物のさくちゃんがいきなり目の前にいたから、夢でも見てるのかと思っちゃったよ」
「ふふふ……夢じゃないよ?本物だよ?」
話を聞くと、今夜かっきーはマネージャーさんの車で自宅まで送ってもらう予定らしい。
みんなと一緒のバスだと帰る時間を気にして絵に集中できないから、キリの良いところまで終わったらマネージャーさんに声をかけるんだとか。
かっきーの話を聞きながら、私は机の前に座るかっきーのすぐ隣に移動した。
完成に近づいている絵をじっくり眺めてみる。
あらためて、絵の中のかっきーと私が隣同士になってる配置を見て嬉しくなる。
「ねぇねぇ、これが私で、こっちがかっきー……でしょ?」
「そうそう!あ~よかったぁ、見てくれる人にちゃんと伝わって。でも、まだ未完成だからね。さくちゃんはこれからもっとかわいく仕上げる予定」
(そんな…もうじゅうぶんかわいく描いてもらってるのに…)
でも、完成か未完成かを決めるのはやっぱり描いてるかっきーだけなんだろう。
私は、言いかけた言葉を胸にしまった。
(でも…私なんかを描く時間を減らしていいから、かっきーにはちょっとでも多く休んでほしいな……でもやっぱり、そんなの私が言うことじゃないし…)
あぁ…
私はかっきーに、なんて声をかけたいんだろう。
相変わらず優柔不断な自分に苛立ってしまう。
そうやって悩んでいるのが、私の顔に出てしまっていたのだろう。
「ん?さくちゃん、どうしたの……?あっ、もしかして、絵、どこか変だった…?」
「ううん、違う、違うの…そうじゃなくて…」
私は、今の気持ちをどう言葉にしたらいいか分からなかった。
さらに、頑張ってるかっきーを見ていると何故か泣きそうになってきて。
ぎゅっ…
気付いたら、椅子に座っているかっきーを抱き締めていた。
「おっ…と……どうしたの?今日は甘えん坊のさくちゃんなの?」
「かっきー……私に出来ることがあったら言ってね…なんでもいいから…」
いきなりハグしてしまった私を茶化してきたかっきーだったけど、私の声のトーンからそんな空気じゃないと思ったみたいだ。
すぐに私の気持ちに応えてくれて、かっきーのほうからもそっと抱き締めてくれた。
(あぁ……かっきー……いっつもそう…私の気持ち、すぐ分かってくれる…)
「ありがと。でも、さくちゃんがこうやって私のところに来てくれて、ハグしてくれるだけで私はじゅーぶんだよ?」
「ううん、もっと、もっとかっきーの力になりたいの…ほんと、なんでもいいから……」
「う~ん、そうだなぁ………なんでもいい、かぁ……」
そうしてかっきーは、私とハグしたままの態勢で考え始めた。
「……えっと、じゃあ、さくちゃん、ちょっと目をつむって、正面から顔を見せてほしい、かな…?」
「うん、いいよ」
私はかっきーから体を離し、椅子に座っているかっきーに膝立ちの状態で顔を向ける。
きっと、本物の私の顔を見ながら絵を描く参考にしたいんだろう。
かっきーの力になれるなら、顔くらいいつでも見せるのに。
などと考えて目をつむっていると、かっきーの両手が私の肩を掴んだ。
いや、掴んだというには、あまりにも優しい力加減だった。
「ん…?…かっきー…?顔の向き、変えたほうがいい…?」
かっきーの様子を確かめるために、私が目を開けようとすると。
私の前の空気がふわっ、と動いて、かっきーの香りがした。
その時。
私の唇に、
あたたかくて、
柔らかくて、
潤いのある、
"何か"が触れた。
(えっ……?)
反射的に目を開けると、目を閉じたかっきーの顔がすぐそこにあった。
目と鼻の先、どころじゃない近さ。
私の身にいま起きている"まさかまさかの急展開"を緊急事態と解釈した私の脳は、フル回転し始めた。
(えっと…私たちアイドルだし、これって見られたらスキャンダル?周りにスタッフさんとかいなかったかな、でも女の子同士だからセーフ?ほっぺにちゅっちゅするメンバーだっているし、まゆたんなんてキス魔とか言われてるし、いやでもこれって"口と口"だよね、あ、もしかしてかっきー寝ぼけてる?いやでもさっきまで普通に会話してたし…)
いろんな心配事が次々と頭の中を駆け巡る。
でも、そのあとで認識した、私にとっていちばん大事な、たったひとつの事実に、すべての心配事がどうでもよくなった。
(私、かっきーとキスしちゃってる……)
胸がドキドキしてるのが自分でも分かる。
でも、ライブ前に緊張するようなドキドキとは少し違っていて。
心があたたかいもので満たされていくような不思議な安心感もある。
思考も感情も十分に追い付かないまま、かっきーへの愛おしさで胸がいっぱいになった私は、そっと目を閉じた。
~続く~
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