胡蝶の夢

秋澤えで

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小学生

笑顔の

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「…………。」
「うーん、やっぱこれが一番ね!」
「そうね!さっきの白いのも天使みたいで可愛かったけど水色もやっぱり似合うわ!」


キャッキャうふふと年甲斐もなく当事者置いてきぼりで盛りあがる二人を後目に鏡の前でうなだれた。



両腕をホールドされエレベーターに乗せられ連れてこられたのはホテル内にある衣装室。大変キラキラしいです、はい。とりあえず全力で回れ右して逃げ出したくなったが、両腕を大人に拘束された今の僕じゃあ目を逸らすことしか叶わなかった。

目の前には掛けられたたくさんの華やかな衣服。左右には目を輝かせた二人。これから何が起きるが悟った。が、微かな希望を込めて尋ねる。


「あの、母様、雲雀様、これはいったい……。」
「流石!期待通りね!これなら涼ちゃんも気に入るものもきっとあるわ!」
「普段は男の子の格好ばっかりしてるから飾り甲斐があるわねー。」


本能的に、あ、負けた。と思った。返事すらもらえない。やっぱ着替える方向ですか。男装じゃダメなんですか。

母様はともかく、普段落ち着きのある雲雀様まで完全にテンションを振り切っている。母様に着ていた藍色の和服を引っぺがされている間に雲雀様がいくつか目星をつけてドレスを持ってくる。さらしまで取られるとは思っていなくて胸が心もとない。

一応ささやかながら抵抗も試みたが鼻息荒いご婦人はこの上なく怖かったので黙って着せ替え人形になることを甘んじた。怖い。めちゃめちゃ怖い。女の人なめてた。

目の前に運ばれてくるカラフルなドレスに眩暈を覚える。僕の好みは一切無視。いや、僕の好みに合わせてたら十中八九男物になるのだが。キラキラとした飾りのついたドレスやこれでもかとつけられたフリル……。正気を保っているのはあまりに精神衛生上大変よろしくなかったので意識をトリップさせることにした。

フリルとか無理、ヤダ、とはこの二人を目の前にしたら到底言えない。無論怖いのもあるが、あまりにも両人が楽しそうにしているのにそれに水を差すのは気が引けた。特に母様に対しては親不孝者である自覚がある故に余計。

いや、抵抗は諦めましたけど、お願いします。ピンク系とキラキラ系だけは勘弁してください!あなた方の好みが必ずしも僕に似合うとは限らないんですからっ!あんまりなものだと女装してる男の子みたいになりかねませんからっ!

僕の心の叫びが届いたのかは分からないが、結局水色のワンピースに落ち着いたらしい。背中の大きな淡いミディアムターコイズのリボンがかわいい。……かわいい子が着ればな!!
頭には黒いリボンのバレッタ、首には細めで小さな石のついたチョーカー。今赤い髪に黒いリボンはちょっと派手なんじゃ、と思った人もいるだろう。実はまったくもって派手じゃなかったりする。


「あの……何で僕は白い鬘かつらをかぶっているのでしょうか…………?」
「もうっ、鬘じゃなくてウィッグよ?」
「あ、すいません。……じゃなくて何でですか?」


そう今僕は赤い髪をしまわれてその上から真っ白な鬘、もといウィッグを着けさせられてたりする。胸のあたりまで長さのあるウィッグが視界にちらついて落ち着かない。この上に白いドレスを着ることになったら完全に白ウサギだ。アルビノホワイトだ。


「だって赤霧の子だって分からないようにするためにはやっぱり赤い髪を隠すのが一番じゃない?」


楽しそうに着替えながら返事をよこす。僕の着るものを選んだ時は二十分以上かかったくせに自分で着るものはサクッと二人とも決めてしまった。解せぬ。


「本当はその赤い目もコンタクトで隠せるのが良いんだけど、カラコンはあんまり目に良くないからって千里さんが反対したから。髪だけ弄らせてもらったわ。」
「本当は涼ちゃんの綺麗な髪も隠したくなったんだけど……、」


残念そうにため息を吐く母様を少しだけ嬉しく思った。

しかしふと思い返す。


「えと……。僕が蓮様のお側付というのがばれないように、と聞いているのですか……。」
「?ええそうよ。」
「あの、言いにくいのですが……。今の格好の僕が蓮様のそばにいたら周りはどう思うのでしょうか?」
「そうねえ……。兄弟かしら。」


そう、今の僕は白髪赤目のアルビノ風だ。つまり蓮様や嘉人様と同じ。兄弟だと思われるのならまだいい方なのだが……。


「うっかり隠し子だなんて思われたら相当面倒なのでは……?」


あ、という形に小さく口が開かれたまま固まった。

考えてもみなかったんですね、はい。

姿を見せない蓮様のことについて妙な勘繰りをする者を一掃するために蓮様を連れてきたのに、片づけた側から新しい誤解を生むような者を与えてどうする。こんなことなら事前にもっと当日のことについて嘉人様の話を聞いておけばよかった。


「えええっどうしましょう!?」
「ちょ、雲雀さん落ち着いて!」


パニックに陥り手に持っていたバッグを取り落した。アワアワしながらも僕と母様の方へ救いを求めるように視線を投げる。……結構人任せだなこの夫婦。


「どうしましょうか……。いえ、逆に雲雀様はどうなさるおつもりだったんですか?」
「ええああ……、親戚ってことにしようと思ってたんだけど……。」


ある意味一番まずい気がして苦笑いがこぼれる。親戚って言葉はいろいろと言い辛いことを濁すように使われがちだ。後ろ暗いことがあると思われる点については一番よくない気がする。


「あー……親戚だと勘違いを助長させちゃうかもね……。」
「どうしましょう千里さん!涼ちゃん!」


母様に掴みかかり雲雀様ががくがくと揺らす。うわぁ、ご乱心……。

しかし途中でハッとする。


「いや、涼ちゃんが白樺うちの子になればなんの問題もない……?」

「ダメ!この子は養子にも嫁にも出さないから!!」


とんでもない方へ着地しようとする雲雀様の思考回路に笑顔が引き攣る。


「じゃあじゃあ!」


雲雀様を振り払い隣にいた僕を前に突き出す。

え?僕?


「もういっそ、あの子誰?って聞かれたら涼ちゃんが自分で蓮君の妹です!って名乗っちゃえば!?子供が言ってるだけならあんまり相手も突っ込んでこないし、万が一私たちや嘉人さんにも聞かれたらにこやかに、妹なんですよー、とか涼ちゃんに合わせるみたいに言えば逃げられるんじゃない?」

「……良いですね、それ。」


確かにそういわれてしまったら相手方ももう子供に合わせるように苦笑いするしかできないだろう。子供が言ってるだけなら妹なのか、それとも妹分というだけなのかその場では判断できない。

それに調べればすぐに妹何ていないことが分かるがサラッと対応できていれば後ろ暗いことがあるとは思われにくいし、まさかそんな子をそこまで堂々と公式ではないとはいえ出すとは思わないだろう。

いつもポケッとしている母様だがやるときはやる人なのだろう。少し見直した。


「うわああん、ありがとう千里さん!……問題は涼ちゃんだけど。」
「へ?僕ですか?」

「そうよ……。全力の作り笑顔で対応しなくちゃならないわ。もう小学六年生に見えないレベルの無邪気さで、『え?私何のことか全然わかんなーい。』みたいな感じで。素の涼ちゃんとは真逆なちょっと天然アホな子を演じきらなきゃならないの。相手に問い詰めても無駄だなって思ってもらいたいから。」


それを聞いて母様も不安げな顔で僕の方を見る。

まあ無邪気な僕とか想像できませんよねー。三歳の時点で可愛げゼロでしたもんね……。

一旦顔を両手で覆って天然アホな子について考えてみる。


「……何年生くらいの設定で行きますか?」
「それは涼ちゃんに任せるわ。」


ああもう適当だなあ……。

普段学校の先生に対する態度と……あれか?小動物を呼び寄せるみたいな無害な笑顔か?


「……はい、なんとなくできました。」


手を下ろし顔をあげてニパッと笑う。


「わかりました!今日の会の最中はこんな感じにしますね。私・も頑張りますから、なんとか誤魔化してくださいね?」


人畜無害そうで天真爛漫な女の子に全力で寄せた返事に母様は唖然とし、あまりの豹変ぶりに雲雀様は口元をひきつらせた。


「……こんな感じでいかがでしょう?」


笑顔と声色を引っ込めて聞いてみる。自分なりに天然アホな子を演じてみたが周りから見たらどうかまでは分からない。


「OK、完璧よ!」


母様は我に返りゴーサインを出すが雲雀様は今度はまじまじと僕の方を見る。


「……涼ちゃんって何でもするのね。」
「何でも、とは言えませんが必要とあらば努力はしますよ。」


なんだか雲雀様の物言いに引っ掛かりを感じたが特に言及はしなかった。


「……なんか本当の涼ちゃんが分からないわ……。」
「素の僕は無表情がデフォルトの男装小学生です。」



なんとか僕が頑張って演じる方向に話がまとまり蓮様たちのいるであろうホールの前まで向かう。


ドアの前に立っている四人はややあってそちらに向かう僕たちに気付いたようでこちらを見る。そしてこちらを見た四人ともが僕を見て『え、誰?』という顔をしているので少し笑ってしまった。そして嘉人様は僕から視線を外し雲雀様に目を向けると何があったのかを理解したようで優しく笑った。

その笑顔を見て僕はやっと心得た。どこまでも杜撰な計画と僕を飾るのに全力を尽くしていた母様と雲雀様。嘉人様が僕をここへ連れてきた本当の理由は蓮様のフォローではないのだろう。

優しく僕らに微笑む嘉人様を見て僕は苦笑いしたが、あまり問い詰めるのはやめおこうと決めた。
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