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12話「ナイフ……!」
しおりを挟むガラティア元侯爵令息が、ズボンのポケットからナイフを取り出した。
彼はギラリと光る刃を私に向けた。
彼は私を殺す気だわ!
怖い……! 心臓がバクバクと音を立てている、息がうまくできない、逃げなくちゃとわかっているのに体が動かない。
でも、それでも……!
なんとかしてハルだけは逃さなくちゃ!
私は踵を返して走り出した。
全力で走って適当なところでハルを離そう。
彼の狙いは私だ!
ハルまでは狙わないはず。
あとはハルに上手く家まで帰って貰うだけ!
「逃がすか!」
ガラティア元侯爵令息が追ってくる。
人の大勢いる通りまで行けばなんとかなるかもしれない。
だけどガラティア元侯爵令息が、誰彼構わず襲ったら?
関係のない人たちまで巻き込んでしまう!
私は人が大勢いる通りに出たらいいのか、このまま人気のない道を進んだ方がいいのか、わからなくなっていた。
そんなことを考えながら走っていたせいか、私は張り出していた木の根っこに気づかずに、転んでしまった。
「きゃっ!」
転んだとき手の甲と膝を思い切りぶつけてしまった。
ぶつけたところがじんじんと痛む。
それと多分木の根にひっかけた方の足首を捻挫している。
足を地面につけると、ズキンと激しい痛みに襲われた。
痛い……! 歩くのも無理かもしれない……!
でも、それでも逃げなくちゃ……!
這ってでもいいから、少しでも遠くにいかなくちゃ……!
「ハル、あなたとはここでお別れよ。 あなたは私とは別方向に逃げて!」
ハルは賢いから私の言ってることがわかるはず。
ハルは小さいから、適当に走って茂みに隠れてしまえば、容易には見つからないはず。
私の腕の中にいたはずの、ハルの姿が見えない……!
「ハル……?
どこ……?
どこにいるの……?」
もしかして私が合図する前に逃げた? それならいいんだけど……。
ぜーぜーと激しく息を吐く音がして、振り返るとガラティア元侯爵令息がすぐそこまで迫っていた。
彼は苦しそうに肩で息をしていた。
「やっぱ、祈り……の時間とか……やらなきゃ……よかった……。
く、空腹に……全力疾……走はこたえ……るぜ」
ガラティア元侯爵令息には、走る体力がなかったようだ。
私が木の根に躓いて転ばなければ、彼から逃げ切れたかもしれない。
でもその場合、破れかぶれになった彼が、無関係な人達を傷つけたかもしれない。
ガラティア元侯爵令息に子供を人質に取られて、「モンフォート伯爵令嬢出てこい! 出てこないならこのガキを殺すぞ!」と言われたら詰む。
そうなったら、人質に取られた人の命の為にも、家名の為にも、彼の命令を無視して逃げるなんてできない。
ガラティア元侯爵令息の目は据わっていた。今の彼なら、人質を取るぐらいの無茶はしかねない。
「ウーー! グルルル!!」
唸り声が聞こえた。
ガラティア元侯爵令息の足元に目を向けると、彼の前にハルが立っていた。
ハルは尻尾をピンと立て、牙を剥き出しにして、ガラティア元侯爵令息を威嚇していた。
「ハル駄目! 逃げて!」
ハルは私の願いを無視し、ガラティア元侯爵令息の脛に噛みついた。
「いってぇぇぇぇ……!!
何しやがんだ!
このクソ犬!」
ガラティア元侯爵令息が刃物を振り回す。
ハルは一旦、ガラティア元侯爵令息から牙を離し、彼から距離を取った。
助走をつけて走ってきたハルは、ガラティア元侯爵令息の膝の裏のくぼんだ部分を、前足で蹴り飛ばした。
仔犬でも助走を付けて走ってくると、結構な力がある。
そして膝の後のくぼんだ部分を蹴られると、どんな人間も体制を崩すのだ。
ハルはガラティア元侯爵令息がよろけた隙に、反対の膝膕(しっかく)にもう一撃お見舞いした。
仔犬の攻撃を受けたガラティア元侯爵令息が、地面に倒れ込んだ。
ハルは倒れたガラティア元侯爵令息の背に飛び乗り、彼の耳たぶを思い切り噛んだ。
たまらずガラティア元侯爵令息が「ぎゃーーーー!」と悲鳴を上げる。
凄い! 仔犬のハルが大の男相手に善戦してる!
「貴様!
もう容赦しないからな!」
ハルを振り払い、ガラティア元侯爵令息が立ち上がった。
いけない!
今の攻撃でガラティア元侯爵令息を完全に怒らせてしまった!
起き上がったハルは「ウーー!」と唸り、威嚇のポーズを続けている。
ハルの元に駆けつけたいけど、足が痛くて動けない!
「ハル駄目! 逃げて!!」
私には叫ぶことしかできなかった。
その時、一陣の風が吹いて私は目を閉じた。
「容赦しないのはこちらの方です。
殿下へ刃物を向けた罪、決して軽くはありませんよ」
「えっ……?」
私が瞬きしている間に、ガラティア元侯爵令息を数人の男が取り囲んでいた。
彼らは、全員異国の見慣れないフード付きの白い服を着ていた。
この人達は誰?
それにこの人達が言った殿下って誰のこと?
「なんだお前ら!
変な格好しやがって!
邪魔するな!」
ガラティア元侯爵令息が白装束の人達に向けてナイフを振り回した。
「危ないです! 逃げてください!」
私が叫ぶより早く、白装束の一人がガラティア元侯爵令息のナイフを手刀で叩き落としていた。
それからはあっと言う間で、白装束の男にみぞおちに蹴りを入れられガラティア元侯爵令息は地面に跪いた。
白装束の人達は手際よく、ガラティア元侯爵令息をロープで拘束した。
ガラティア元侯爵令息は、両手両足を縛られ、目隠しと猿ぐつわをされ、地面に転がされた。
白装束の人達、凄く強い……!
彼らは一体何者なの?
「あの……危ないところを助けていただき……」
私は彼らにお礼を言おうとしたのだが……。
「殿下!
探しましたよ!
勝手に滞在先の屋敷を抜け出しどこに行ってたんですか!?」
白装束の人達は私のことは無視し、ハルの前に跪いていた。
彼らがフードを取ると、全員の頭に犬の耳に似た、獣耳の飾りがついていた。
えっ……と、情報を整理しよう。
白装束の人達がハルを「殿下」と呼んで、彼の前に跪いている。
きっと白装束の人達はハルの仲間。
ハルは……王子様なの?
それにこの人達の付けてる獣耳は本当にアクセサリーなのだろうか?
アクセサリーにしてはよく出来ている。
獣耳族の犬族の王子様がこの国に来ていると新聞で読んだ。
白装束の男はきっと獣耳族の人達だ。
それじゃあ……本当にハルは犬族の王子様なの?
ハルは彼らのことを無視し、私の膝の上に飛び乗ってきた。
そして私の手の甲の傷をペロペロと舐めてくれた。
「ありがとうハル」
ハルが何者なのかとか、白装束の人達は誰なのかとか、聞きたいことは沢山ある……。
だけど今はそんなことはどうでもいい。
「ハルが無事でよかった!」
私はハルをぎゅっと抱きしめた。
ハルが無事でいてくれたらそれでいい。
私の目からポロポロと涙が溢れ出てきた。
安心したら、涙が止まらなかった。
「怖かったよ……ハル!」
ハルはそんな私の涙を優しく舐めてくれた。
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