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第二章・リシェルとエカードの出会い
第2章・5話「剣術の稽古」
しおりを挟む辺境伯家で剣術の訓練を受けるようになって一か月。
「9997、9998、9999、10000!
やっぱり庭で汗を流すのって気もちいいわ!」
俺の隣で、俺の剣の三十倍は重たいであろう剣を軽々と振るいながら、リシェル嬢は楽しそうに呟いた。
こっちはリシェル嬢より遥かに軽い剣だけど、1000回素振りするだけでも大変なのに……!
午前中はリシェル嬢のマナーのレッスン、昼食を挟んで午後は剣術や基礎体力が向上する訓練をすることになった。
なぜマナーのレッスンが午前中なのかと言うと、辺境伯家のハードな訓練を受けたあとでは俺がへばってしまい、人に物を教える気力も体力も残っていないからだ。
男物の上着を着て、髪をポニーテールに結んだリシェル嬢も可愛らしい。
リシェル嬢が髪を結んでいるリボンは俺の瞳の色と同じ紫。
少しは俺を意識してくれているのかなと、期待してしまう。
以前リシェル嬢は「紫は好きな色じゃないから、紫のドレスや服は汚れても構わないし、捨ててもいい」と言っていた。
だけどそれが彼女の本心とは限らない。
『本当は大好きな皇子様の瞳の色のリボンやドレスをまとっていたいの。でもそんなこと本人の前では恥ずかしくて言えないわ』
リシェル嬢の本心がこうである可能性もゼロではない! ……そうだったらいいなぁ~~そうならないかな~~。
「リシェル、ゴミをまとめたいんだ。
屋敷から荷造りに使う紐を取ってきてくれないか?」
「お父様、それならこのリボンを使ってください」
リシェル嬢が髪を結んでいたリボンを外し、辺境伯に渡した。
「いや、でもそのリボンは流石に……。
ほら皇太子殿下の瞳の色のだし」
辺境伯が困ったような顔で、俺とリシェル嬢を交互に見ている。
「皇子様の瞳の色のリボンだと何か問題でもあるのですか?」
「ないけども……。
そのリボンはリシェルにとって大切なものじゃないのか?」
「特には。
リボンなら部屋にたくさんありますし、紫は特別好きな色と言うわけでもありませんから」
ええ……そうなの!
「まぁ、お前がそう言うならありがたく使わせてもらうよ。
すまないな、皇太子殿下」
「なぜお父様が皇子様に謝りますの?
そのリボンが皇子様から頂いたものならいざしらず、そのリボンは私の私物。
お父様が皇子様に謝る必要はありませんわ」
リシェル嬢はキョトンとした顔でそう言った。
まだ幼いリシェル嬢は、相手の瞳の色の小物や衣服を身につける意味を知らないようだ。
いつか彼女に、
『皇子様の髪の色の銀色のドレスと瞳の色の紫のドレスしか身に着けたくありません!』と言わせて見せる!
「よそ見をしているようですが、皇子様は素振りが終わったのですか?」
「いやまだ、あと200回残ってる」
「ぼ~っとしていた罰です。
素振り500回追加です!」
「え~~!」
厳しい、姉弟子としてのリシェル嬢は厳しすぎる!
「1497、1498、1499、1500!
……やっと終わった!」
素振りを終え肩で息を切らせている俺のところに、リシェル嬢がやってきた。
「やっと終わりましたの?
あなたが素振りをしている間に、私は屋敷の周りを100周走り終えて、腕立て伏せと腹筋とスクワットを10,000回ずつ終えましたよ」
ケロッとした表情でリシェル嬢が言う。
勇者の血筋、チートすぎるだろ!
俺は辺境伯家にいる間に彼女より強くなって、彼女の心を掴むことはできるのだろうか?
「素振りが終わったら、腕立て伏せと腹筋とスクワットを1000回ずつですわ!
それが終わったらモンスター相手に模擬戦をやります!」
「モンスターと戦うのか?
でも魔の森には入ってはいけないと辺境伯が……」
「魔の森には行きませんわ。
お父様が魔の森で捕えたモンスターを屋敷の離れで飼育していますの。
心配はいりません。
モンスターと言っても雑魚ばかりですから」
「モンスターを捕えて飼育している!?」
モンスターを倒すだけでも大変なのに、捕えて飼育してるって、辺境伯はどんだけ規格外の存在なんだ??
「大丈夫ですよ。
うちにいる子は大人しい子ばかりですから。
それに皇子様が負けそうになったら私が助けてあげますから」
モンスターに負けそうになって、女の子に助けられるなんてかっこ悪い。
リシェル嬢の助けを期待してモンスターと戦うなんて情けない!
そんなんじゃいつまで経ってもリシェル嬢より強くなって、彼女を惚れさせることなんてできない!
「手助けは無用だよ!
俺は一人でもモンスターに勝ってみせるから!」
「勇ましいのね。
とても魔の森でモンスターに囲まれて、泣きべそかいていた男の子と同一人物だとは思えまないわ」
「そのことはほじくり返さないで!」
辺境伯家に来てから、俺だって毎日欠かさず修行してるんだ!
辺境伯家に飼いならされたモンスターなんかに負けるもんか!
モンスターに圧勝してリシェル嬢の好感度を爆上げしてやる!
そう意気込んではみたものの……。
素振りと腕立て伏せと腹筋とスクワットでヘロヘロになった体で、モンスターと戦う気力なんかなくて……。
「対戦相手はミミックですわ!」
「ぎゃーー!!」
大型の宝箱型のモンスターに追いかけ回され、ズボンの裾をかじられ、最後は頭からバクバクと食われそうになった。
リシェル嬢が助けに入ってくれなかったら、俺は今頃ミミックの胃袋の中だ。
「勝者、ミミック!
皇子様、意気込んで戦いに望んだ割にボロ負けでしたね」
「ちょっと待って!
このモンスターのどこが大人しいんだよ!」
「これでも大人しくなったんですよ。
野生にいた頃のミミックだったら、皇子様は彼の最初の一撃で食べられてます」
「うっ……!」
辺境伯家の人たちの強さの格の違いを見せつけられた一日だった。
大変だけど退屈しない毎日で、こんな楽しい日々がずっと続くと思ってた。
でも彼女とのお別れの日は少しずつ近づいていたんだ。
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