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六十三話「風《ヴィント》」
しおりを挟む俺がノヴァさんに背負われてモンターニュ村に帰って来たとき、空はまだ暗かった。というより真っ暗、多分真夜中。
下山する途中で遭遇したコボルトと戦ったり、毒消し草を食べさせ合ったりしながらゆっくり下りて来た。
それでも登るときの1/3の時間で帰ってこれたのは、ノヴァさんが俺を背負って歩いてくれたおかげだろう。
ノヴァさんの背中から下り、ノヴァさんにお礼を伝え、村の中心にある広場へと向かう。
どの家にも明かりが灯っていない。みんな寝てるのかな?
ノヴァさん曰く民家から人の気配はしないそうだ。
ということは村の人たちはノヴァさんの指示通り、風の通りの良い場所に避難しているのだろう。
春とはいえ夜は冷える、病み上がりの身にこの寒さはこたえるだろう。このままだとキメラの毒が解毒できても、村人が風邪を引いてしまう。
村に溜まったキメラの毒をなんとかできないかな?
「お姉さん! お兄さん!」
聞き覚えのある声がして振り返るとトマの姿が見えた、広場の向こうからこちらに向かってかけてくる。
「トマ、どうしてここに? 村の人たちは?」
「明かりが見えたからお姉さんたちが帰って来たのかと思って、オレ一人で様子を見に来たんです。お兄さんに言われた通り、村の人たちは村の外れ風通しの良い場所に避難させました。お兄さんに貰った毒消し草を飲んで毒が抜けたので、少しずつ回復してます。軽症の人は動けるようになるまで回復しました」
「そっか、よかった」
キメラを倒しても、村の人たちが毒で全滅したんじゃ意味がない。
「お姉さんとお兄さんは怪我してませんか? キメラはどうなりましたか?」
トマが不安そうに訪ねてくる。
「大丈夫、俺もノヴァさんも無傷だよ、ばっちりキメラを倒してきたぜ!」
俺は親指を立ててトマに向ける。
「本当! すごい! たった二人でしかもこんな短時間にキメラを倒すなんて!! 村の人たちに知らせなくちゃ!」
トマが飛び跳ねて喜ぶ。真夜中なのに子供は元気だな。
「待て、私たちが村に来たときから、半日たったが村に溜まった毒はさほど抜けていない。村人を呼び戻すのは早い」
「そうなんですか?」
妖精の歌のワンピの効果で、毒を八割カットしてくれるから気づかなかった。
「この村が鍋の底のような形をしているせいだな」
「それじゃあ、村の人はしばらく家に戻れないのですか?」
トマが悲しそうに顔を歪め、肩を落とす。
「方法がない訳ではない。毒が自然に抜けるのを待っていたのでは時間がかかりすぎる、だが魔法を使えば短時間で毒を吹き飛ばせる。キメラを倒したので派手な魔法を使っても問題ないだろう。広場を使う、トマとシエルは離れていてくれ」
「はい、ノヴァさん」
「分かりました」
「着ていろ、少しだが毒に耐性がある」
ノヴァさんが羽織っていたマントを脱ぎ、トマの肩にかけた。
「ありがとう、お兄さん!」
トマが笑顔でノヴァさんにお礼を言う。
トマの手を握ろうとしたら、ノヴァさんがトマを鋭い目で睨んだので、トマには触れずに広場の隅に移動した。
子供に嫉妬するなんてノヴァさんは可愛いな、愛されてるな俺。
「吹雪!!」
ノヴァさんが呪文を唱えると、広場が雪と氷で覆われた。
「炎! 炎! 炎!!」
ノヴァさんの手から炎の玉が飛び出し、雪にぶつかる。
炎は雪とぶつかった衝撃で消え、炎によって熱せられた雪は個体から液体に、液体から気体に変化した。ぶわりと強い風が起こりスカートがはためく。俺はとっさに髪とスカートを抑えた。
そうか雪を炎で溶かして上昇気流を起こしてるんだ。
地面の雪を全て溶かすと、ノヴァさんは空に手をかざした。
「風! 風! 風!!」
上空に向かってさらに、強い風が起る。
「広場の空気が澄んでる! こんな清々しい空気を吸ったの久し振りかもしれません!」
トマが嬉しそうにほほ笑み、大きく深呼吸している。
「そうなのか?」
毒耐性のある服のせいでよく分からないが、この村空気は浄化されたらしい。
これで避難している村の人たちが家に帰れる。
◇◇◇◇◇
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