幼なじみに婚約破棄された僕が、隣国の皇子に求婚されるまで・BL・完結・第9回BL小説大賞、奨励賞受賞作品

まほりろ

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115話「⑧」

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――立花葵たちばなあおいサイド――


ボクは仕事で行ったことのある遠方の村を脳裏に描き、転移の呪文を唱えた。

王都での騒動も国境付近にある遠方の村にまでは届いていないだろう、その村で馬か馬車を買って隣国へ逃げる計画だ。

だけど転移した先は真っ白い建物の中だった……どこだここは? 遠方の村ではないようだが……なぜこんな場所に?

一辺が30メートルはありそうな正方形の建物、真っ白な床に半径10メートルはありそうな巨大な魔法陣が描かれていて、ボクはその魔法陣の中心にいた。

魔方陣の外には数人の魔導師らしき男がいて、その中心に藍色のジュストコールを纏った銀髪の男がいた。

王宮でザフィーアに寄り添っていた男に似ている。カルム皇子には兄がいたな、確か名前は……。

「初めまして、水の神子立花葵たちばなあおいくん、僕の名はヴェルテュ・ボワアンピール、ボワアンピール帝国の皇太子をしています」

ボワアンピール帝国の皇太子がなぜここに? そしてここはどこなんだ? レーゲンケーニクライヒ国なのか? ボワアンピール帝国なのか?

「ここはボワアンピール帝国にある秘密機関だよ、半径1000キロ圏内の人間が新月のヌーヴェル・リュンヌクロシェットなしで転移の魔法を使うとここに転移するように設定されているんだ」

ヴェルテュ皇太子が口角を上げてニコリと笑う、笑っているはずなのにその笑顔は見ているものが凍えるほど冷たかった。

「君みたいなタイプの人間は転移の魔法を使い、部下をおいて一人で逃げてくると思っていたよ」

なぜだろう皇太子と対峙してから体の震えと冷や汗が止まらない……!

間違いない! あいつはボクの上位互換の存在だ……! あいつに逆らってはいけない! ボクの本能がそう告げている。

「皇太子殿下どこまでご存知なのですか?」

猫をかぶり丁寧に話しかける、まずはあいつから情報を聞き出さないと……!

「どこまでと言うなら全てかな、君がやってきた悪どい行動の数々を僕は全て把握している」

皇太子のアメジスト色の瞳が鈍く光る、それだけでボクは体がすくんだ、蛇に睨まれた蛙になった気分だ。

「ボクは生贄なんて集めたくなかったんです! ある日突然異世界に連れて来られて、訳がわからないまま水の神子にされたのです! 生き残るためには、悪竜オードラッへや国王の言うことを聞くしかなかったんです! この国に来てからしたことは、全部彼らに脅されてしたことなんです! 本当です、信じてください!」

皇太子は口角上げクスリと笑い、パチパチパチと拍手をした。

「君は嘘が上手だね、先ほど言ったよね? 僕は君がやってきた悪事の全てを知っているって……君が元の世界にいた時から性悪で、人をいじめるのが大好きで、殺人未遂まがいのことをやっていたことを、僕は知っているんだよ」

ボクを映す皇太子の瞳は、底しれない闇を宿していた。

「君がこの世界でやった罪だけでも充分に死罪に値する、殺人、殺人教唆、強姦、強姦教唆、他国の民や冒険者の誘拐、詐欺、故意に村を日照りにした……数え上げればきりがない」

この男には泣き落としが聞かない! ならば隙きを突いてにげるしかない!

「だからそれは悪竜オードラッへに命令されて仕方なくやったことだって……言ってるだろ! 吹雪シュネーシュトゥルム!」

ボクは右手を皇太子にかざし呪文を唱えた、吹雪で視界を塞ぎ相手が怯んだ隙に逃げよう! ……しかしボクの右手から何も出てこなかった。

「なんで何も起こらないんだ!! 水の竜ヴァッサー・ドラッへ! 吹雪シュネーシュトゥルム! 氷の竜アイス・ドラッヘ!!」

高位の呪文を唱えたが何も起こらない。

「なぜだ! ボクはオードラッへに数々の水魔法を授けてもらったのに!」

「いい忘れてたけど、君の魔法力はここに来たときから吸収させてもらってるよ、この闇のオプスキュリテ・グローブでね」

皇太子がポケットから野球ボールほどの大きさの黒い球体を取り出した。見ているだけでも気分が悪くなる、この空間に来てから感じていた悪寒の正体はあれだったのか……!

「君にはもうアイスの呪文一回分の魔法力も残っていないよ」

皇太子は口の端を上げてにっこりと笑った、目は怒ってるのに口元だけ笑っているというのはとても不気味だ。

くそっ……! こうなったら最後の手段だ!

「お願いします! 何でもします! どうか命だけは助けて下さい!!」

ボクはその場で土下座し、床に頭を擦りつけた。

屈辱だが今はこうするしか手がない、生きていれば逃げ出す機会も、復讐する機会も必ず訪れる。そのためにはプライドなんて邪魔なだけだ。

コツコツコツとブーツを鳴らし、皇太子が近づいてくる。

「君は本当に生き残るためなら何でもするんだね、見ていて飽きないよ」

皇太子がボクの目の前に来て足を止めた。

「じゃあ……」

ボクが顔を上げると、皇太子が爽やかな笑みを見せた。

助かったのか?

次の瞬間、ガシャリと音がしてボクの手に黒い手錠が嵌められていた。

手錠を付けられた瞬間、力がどんどん抜けていき……ボクは座っていられなくなり、その場に倒れた。

「それは闇のオプスキュリテ手錠・マン・セリュールと言って、MP0、HP1にする道具だよ」

皇太子が楽しげにほほ笑んだ言った。

「最も闇のオプスキュリテ・グローブによって、君のMPはとっくに底をついていたけどね」

こいつ性格悪い……! にっこり笑って他人に悪趣味な物を付けるなんて……!

悪態をつけたいのに、声が出せない!

「僕の世界には二種類の人間がいるんだ」

二種類の人間……? 急になんの話をしている?

カルムカルムじゃない人間」

このブラコン……!

立花葵たちばなあおいくん、残念だけど君は助けてあげられないな。君はカルムの大切な人を傷付けた、生かしておくとカルムの害にしかならないんだよ」

そう言い放った皇太子の目は氷のように冷たかった。

魔法陣の外にいた魔道士たちが近づいてきてボクを担ぎ上げた。

「安心してすぐには殺さない、君が他の人にした悪事を全て君に返してあげるよ、生爪を剥ぐように……いやキャベツを千切りにするように、指の先からじわじわと切り刻んでにいってゆっくり殺してあげるよ、死なないように、気を失わないように気を付けて、痛みだけを長い時間与えてあげる、心臓を刃で突かれたとき君は殺してもらえたことに感謝するだろう」

そう言ってにこやかにほほ笑んだ皇太子の顔は悪竜なんかより、ずっと邪悪だった。

『うわぁぁぁぁぁああああああああ!!』

気が狂ったように叫びたいのに声を上げることも、指一本動かすことも出来ない!

『この悪魔ーーーー!! 殺すんならさっさと殺せーーーー!! キャベツのように千切りにするとかふざけるなーーーー!!』

ボクは心の中で皇太子に悪態を吐き続けた。




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