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六十八話「祝福」
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――精霊の森――
ティオ兄上がトエニ侯爵領に旅立った二日後、ボクとヴォルフリック兄上もシュタイン領へ帰った。
シュタイン領で最初に訪れたのは、精霊の森。
シュトラール様にお礼を伝えるためだ。
「二人ともお疲れさまでした」
シュトラール様がにこやかな笑顔で迎えてくれた。
「シュトラール様、ルーン魔法と馬を授けてくださりありがとうございます。おかげで助かりました」
ボクは丁寧に頭を下げた。
「礼を言っておく」
ヴォルフリック兄上がそっけなくお礼を伝える。
シュトラール様は手をつないでいるボクたちを見てニコリと笑う。
「二人の間にあった、わだかまりはとけたようですね」
そういえばこの前精霊の森を訪れたとき、ボクとヴォルフリック兄上は両片思いで、初恋をこじらせてすれ違っていたんだ。
「その節は、いろいろと助言してくださりありがとうございました」
ボクはもう一度、深く頭を下げた。
「二人が両思いになれて良かった」
ボクはヴォルフリック兄上の顔を見た。ヴォルフリック兄上はボクを見て穏やかにほほ笑む。
「はい、シュトラール様のおかげです」
「わたしも二人が幸せそうで、とても嬉しいです」
シュトラール様がふわりと笑う。
「危険な旅から生きて帰り、可愛い弟の孫とわたしのお気に入りの子が結ばれる。今日ほど嬉しい日はありません」
「あのシュトラール様そのことなんですが、ボクは魔王を倒せませんでした……Iの魔法で凍らせるのがやっとで」
シュトラール様に魔王をIの魔法で凍らせた事を伝える。
「魔王を覆う氷が溶けたときの事を考えると不安で」
「その心配はいりません、魔王といえどわたしの魔力を得たエアネストが放ったIの魔法を簡単に解くことはできません」
「そうなんですか?」
それを聞いて少し安心した。
「千年ぐらいは封じておけます」
「千年ですか?」
「千年もすれば、ゲアハートの頭も冷えるでしょう。氷漬けにされた魔王が誰かに運び出されても面倒です。魔王城に続く道は閉じておきましょう」
「精霊は人間や魔王の世界に関与できぬのではなかったのか?」
ヴォルフリック兄上がシュトラール様に問う。
「魔王城に続く道を封じる程度なら大丈夫です」
ゲアハートとは魔王の名、シュトラール様はなぜ魔王の名を知っているのだろう?
精霊だからなんでも知っているのかな? それともシュトラール様と魔王は知り合いなのかの?
「シュトラール様は魔王の名がゲアハートだと知っているのですか?」
「わたしとしたことが、魔王をついうっかり名前で呼んでしまいましたね」
シュトラール様が苦笑する。
やはりシュトラール様は魔王と知り合いだったのかな?
「今から二百五十年ほど前になるでしょうか、わたしがまだ駆け出しの精霊であった頃、ゲアハートに熱心に口説かれた事があります」
「えっ?」
今サラッとすごいことを言わなかった?
「当時はゲアハートも魔王ではなく、いち魔族に過ぎませんでした。ゲアハートはわたしを女だと思い一目惚れしたらしく、口説いてきたのですよ。わたしのタイプではなかったので、交際を断ったのですが。わたしに振られたあと、わたしが男だと分かり、しばらく荒んでいたと風のうわさで聞ききました」
ゲアハートが魔王になったのって、シュトラール様に振られてグレたから?
「あのシュトラール様素朴な疑問なのですが、シュトラール様とレーア様って似ていましたか?」
「レーアはわたしの姪(めい)ですから、多少は」
もしかして魔王はシュトラール様を忘れられなかったのかな?
だからレーア様をさらい陵辱した? ヴォルフリック兄上を自分の側に置こうとしたのも、魔王なりの屈折した愛情表現?
……深く追求するのはやめておこう。
「エアネスト、あなたならIの魔法を正しく使ってくれると信じてました」
「えっ?」
「光の魔力を持つ者以外が魔王を倒すと魔王の呪いを受けます、ですがわたしはその事をあなた方に教えられない」
氷漬けにされた魔王が最後に言った言葉は、幻聴じゃなかったんだ。
「エアネスト、思いやりのあるあなたならヴォルフリックに親殺しをさせないと信じてました」
「シュトラール様」
シュトラール様は全てお見通しだったのですね。
「ですがエアネストはやさしすぎて、魔王は殺せない。だからあなたにIのルーンを託しました。正しく使ってくれて安堵(あんど)しています」
シュトラール様が穏やかな顔でほほ笑んだ。
ボクたちはシュトラール様の手のひらの上にいたようだ。
「それで、あなた方はこれからどうするつもりですか?」
「シュタイン領で暮らし、民の生活を守ろうと思います」
そうだ、まだシュタイン領の名産品を作るという使命が残っていた。
白樺の森を得て、シュタイン領は豊かになった。だけどいつ凶作や疫病や天災にみまわれるか分からない。そのときに備えて名産品を作り、貯蓄しておきたい。
「民がボクを受け入れてくれればですが」
領土に派遣されてすぐ、ヴォルフリック兄上とすれ違い、一カ月も引きこもりしてしまった。
民を見捨てた無能な領主と思われ、民に支持されなくても仕方ない。
「そのことなら心配ない。お前は精霊からルーン魔法を授かり白樺の森を作ったことで、体に過度の負担がかかり、休養していたことになっている」
「本当ですか? ヴォルフリック兄上!」
「ああ」
さすがヴォルフリック兄上、抜け目がない。
「民の税を肩代わりし、白樺の森を作り、魔王を倒し、世界を救ったお前を、民が見捨てるわけがない。もう少し自分に自信を持て」
ヴォルフリック兄上の言葉で、ちょっとだけ勇気が出た。
「はい、ヴォルフリック兄上」
明日からまたシュタイン領の民のために働こう。
「魔王を氷漬けにしてくれたお礼に、二人にわたしから祝福を与えます」
「ありがとうございます、シュトラール様」
「もらっておいてやる」
ボクとヴォルフリック兄上は、シュトラールから新たなルーンを授かった。
◇◇◇◇◇
ティオ兄上がトエニ侯爵領に旅立った二日後、ボクとヴォルフリック兄上もシュタイン領へ帰った。
シュタイン領で最初に訪れたのは、精霊の森。
シュトラール様にお礼を伝えるためだ。
「二人ともお疲れさまでした」
シュトラール様がにこやかな笑顔で迎えてくれた。
「シュトラール様、ルーン魔法と馬を授けてくださりありがとうございます。おかげで助かりました」
ボクは丁寧に頭を下げた。
「礼を言っておく」
ヴォルフリック兄上がそっけなくお礼を伝える。
シュトラール様は手をつないでいるボクたちを見てニコリと笑う。
「二人の間にあった、わだかまりはとけたようですね」
そういえばこの前精霊の森を訪れたとき、ボクとヴォルフリック兄上は両片思いで、初恋をこじらせてすれ違っていたんだ。
「その節は、いろいろと助言してくださりありがとうございました」
ボクはもう一度、深く頭を下げた。
「二人が両思いになれて良かった」
ボクはヴォルフリック兄上の顔を見た。ヴォルフリック兄上はボクを見て穏やかにほほ笑む。
「はい、シュトラール様のおかげです」
「わたしも二人が幸せそうで、とても嬉しいです」
シュトラール様がふわりと笑う。
「危険な旅から生きて帰り、可愛い弟の孫とわたしのお気に入りの子が結ばれる。今日ほど嬉しい日はありません」
「あのシュトラール様そのことなんですが、ボクは魔王を倒せませんでした……Iの魔法で凍らせるのがやっとで」
シュトラール様に魔王をIの魔法で凍らせた事を伝える。
「魔王を覆う氷が溶けたときの事を考えると不安で」
「その心配はいりません、魔王といえどわたしの魔力を得たエアネストが放ったIの魔法を簡単に解くことはできません」
「そうなんですか?」
それを聞いて少し安心した。
「千年ぐらいは封じておけます」
「千年ですか?」
「千年もすれば、ゲアハートの頭も冷えるでしょう。氷漬けにされた魔王が誰かに運び出されても面倒です。魔王城に続く道は閉じておきましょう」
「精霊は人間や魔王の世界に関与できぬのではなかったのか?」
ヴォルフリック兄上がシュトラール様に問う。
「魔王城に続く道を封じる程度なら大丈夫です」
ゲアハートとは魔王の名、シュトラール様はなぜ魔王の名を知っているのだろう?
精霊だからなんでも知っているのかな? それともシュトラール様と魔王は知り合いなのかの?
「シュトラール様は魔王の名がゲアハートだと知っているのですか?」
「わたしとしたことが、魔王をついうっかり名前で呼んでしまいましたね」
シュトラール様が苦笑する。
やはりシュトラール様は魔王と知り合いだったのかな?
「今から二百五十年ほど前になるでしょうか、わたしがまだ駆け出しの精霊であった頃、ゲアハートに熱心に口説かれた事があります」
「えっ?」
今サラッとすごいことを言わなかった?
「当時はゲアハートも魔王ではなく、いち魔族に過ぎませんでした。ゲアハートはわたしを女だと思い一目惚れしたらしく、口説いてきたのですよ。わたしのタイプではなかったので、交際を断ったのですが。わたしに振られたあと、わたしが男だと分かり、しばらく荒んでいたと風のうわさで聞ききました」
ゲアハートが魔王になったのって、シュトラール様に振られてグレたから?
「あのシュトラール様素朴な疑問なのですが、シュトラール様とレーア様って似ていましたか?」
「レーアはわたしの姪(めい)ですから、多少は」
もしかして魔王はシュトラール様を忘れられなかったのかな?
だからレーア様をさらい陵辱した? ヴォルフリック兄上を自分の側に置こうとしたのも、魔王なりの屈折した愛情表現?
……深く追求するのはやめておこう。
「エアネスト、あなたならIの魔法を正しく使ってくれると信じてました」
「えっ?」
「光の魔力を持つ者以外が魔王を倒すと魔王の呪いを受けます、ですがわたしはその事をあなた方に教えられない」
氷漬けにされた魔王が最後に言った言葉は、幻聴じゃなかったんだ。
「エアネスト、思いやりのあるあなたならヴォルフリックに親殺しをさせないと信じてました」
「シュトラール様」
シュトラール様は全てお見通しだったのですね。
「ですがエアネストはやさしすぎて、魔王は殺せない。だからあなたにIのルーンを託しました。正しく使ってくれて安堵(あんど)しています」
シュトラール様が穏やかな顔でほほ笑んだ。
ボクたちはシュトラール様の手のひらの上にいたようだ。
「それで、あなた方はこれからどうするつもりですか?」
「シュタイン領で暮らし、民の生活を守ろうと思います」
そうだ、まだシュタイン領の名産品を作るという使命が残っていた。
白樺の森を得て、シュタイン領は豊かになった。だけどいつ凶作や疫病や天災にみまわれるか分からない。そのときに備えて名産品を作り、貯蓄しておきたい。
「民がボクを受け入れてくれればですが」
領土に派遣されてすぐ、ヴォルフリック兄上とすれ違い、一カ月も引きこもりしてしまった。
民を見捨てた無能な領主と思われ、民に支持されなくても仕方ない。
「そのことなら心配ない。お前は精霊からルーン魔法を授かり白樺の森を作ったことで、体に過度の負担がかかり、休養していたことになっている」
「本当ですか? ヴォルフリック兄上!」
「ああ」
さすがヴォルフリック兄上、抜け目がない。
「民の税を肩代わりし、白樺の森を作り、魔王を倒し、世界を救ったお前を、民が見捨てるわけがない。もう少し自分に自信を持て」
ヴォルフリック兄上の言葉で、ちょっとだけ勇気が出た。
「はい、ヴォルフリック兄上」
明日からまたシュタイン領の民のために働こう。
「魔王を氷漬けにしてくれたお礼に、二人にわたしから祝福を与えます」
「ありがとうございます、シュトラール様」
「もらっておいてやる」
ボクとヴォルフリック兄上は、シュトラールから新たなルーンを授かった。
◇◇◇◇◇
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