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後日談・五「来客」
しおりを挟むそれから一カ月近く、ヴォルフリック兄上のペニスがほしくてほしくてたまらない日が続いた。
ボクとヴォルフリック兄上は明けても暮れてもセックスにいそしんだ。
発情が落ち着いた頃には、年の瀬だった。
長い冬を越し、春が近づいてきたある日。
四頭立ての豪華な馬車がシュタイン邸に訪ねてきた。
あの馬車には見覚えがある。
王族専用の馬車だ。父上が訪ねてきたのだろうか?
部屋の窓から馬車を確認したボクは、兄上と一緒に客人を出迎えるために庭に向かう。
馬車から出てきたのは、ティオ兄上だった。
「ティオ兄上!」
「ティオ、なぜここに?」
「久しぶりだね、ヴォルフリック、エアネスト」
ティオ兄上がボクの頭を撫でようとした手をヴォルフリック兄上がつかむ。
「エアネストに触れるな!」
「可愛い弟の頭をなでるぐらいいいだろ?」
苦笑いを浮かべるティオ兄上を、ヴォルフリック兄上がキッとにらみつける。このやり取りも懐かしい。
「君たちに朗報を伝えに来たよ。立ち話もなんだから部屋に通してくれないかな? 馬車を飛ばしてきたから喉が渇いたんだけど」
ティオ兄上を応接室に通す。
家令のカールがお茶とお菓子を持ってきてくれた。
「大事な話があるから、彼は下がらせて」
ボクはカールに別室で待機するように指示を出す。
「美味しいね、これはハーブティーかな?」
ティオ兄上がカップを口につけ、ふわりと笑う。
「白樺の森で採れたハーブと、白樺の森の泉の水でいれたお茶です」
白樺の森で採れるハーブは、よその土地で採れるハーブより味がいい。泉の水を口に含むと、体の疲れがとれると言われている。
「精霊から授かったルーン文字から作られた森、そこで採れたハーブは別格なんだね」
「ところでティオ兄上、ここにいらして平気なのですか? 第一王妃様のご実家のトエニ伯爵領で謹慎していたはずでは?」
「何から話したらいいかな」
ティオ兄上がハーブティーをテーブルの上に置く。
「一〇月の終わり頃からかな、父上や重臣の枕もとに、髪の長い少女の幽霊が出るようになってね」
「少女の幽霊ですか?」
「そう銀色の髪に紫の目をした少女の霊。その少女の幽霊が『ヴォルフリックとエアネストを結婚させなさい』って一晩中枕もとでささやくそうだ」
ボクとヴォルフリック兄上は飲んでいたお茶を盛大に吹き出した。
「あれ? もしかして心当たりがあるのかな?」
思いっきり心当たりがある。と言うかそれどう考えてもシュトラール様じゃないか!
「初めは無視していたのだけど、毎日続くものだからさすがに無視できなくなってね。父上も重臣たちも、寝不足でノイローゼになってしまって……」
父上と顔も知らない重臣の皆さんすみません、ボクは心の中で謝った。
「早急に問題を解決するべきなんだけど、重臣がみな体調を崩してしまってね」
幽霊(シュトラール様)の望みはボクとヴォルフリック兄上を結婚させること。ボクたちが関与してると踏んで、シュタイン領にやってきたティオ兄上の判断は正しい。
「誰もシュタイン領に行きたがらなくてね。そこで僕に白羽の矢が立ったってわけ」
「なぜティオに白羽の矢が立つ?」
「それは僕たちが、仲の良い兄弟だからじゃない」
「誰が、いつ、お前と仲良くなった?」
ニコニコと話すティオ兄上とは対照的に、ヴォルフリック兄上は不機嫌そうに眉根を寄せていた。
「第一ティオ、お前は謹慎中のはずたろう?」
「問題事を僕に押し付けたい父親と重臣たちが、僕の謹慎を解いてくれたよ」
「余計なことを」
ヴォルフリック兄上がつまらなそうに言った。
「まあそう言わないで、僕は嬉しいんだよ。エアネストとヴォルフリックの結婚式に参列できて」
ティオ兄上の言葉に、ボクは目を瞬かせる。
「ボクとヴォルフリック兄上が結婚!?」
「私とエアネストが結婚!?」
ボクはヴォルフリック兄上と、顔を見合わせる。
「そうだよ二人を結婚させるまで、銀髪の少女の幽霊は毎日枕もとに立つだろうからね。二人には結婚してもらわないと」
ティオ兄上がニコリと笑う。
ヴォルフリック兄上と結婚できるのは嬉しい、だけどボクたちは。
「ボクとヴォルフリック兄上は世間的には血の繋がった兄弟ということになってます、だから……」
ボクとヴォルフリック兄上は世間的には異母兄弟なのだ。兄弟で結婚なんてできるわけがない。
「その点は心配いらないよ」
「まさかヴォルフリック兄上が魔王の子だと話すおつもりですか?」
ヴォルフリック兄上が国王の子でないと明かせば、ボクたちは異母兄弟ではなくなり、結婚できる。
ヴォルフリック兄上と結婚できるのは嬉しい。
でもそのためにヴォルフリック兄上の出自を明かし、ヴォルフリック兄上が傷つくのは嫌だ。
ヴォルフリック兄上だけでなく、ヴォルフリック兄上の母、レーア様が不義を働いたことが白日の元にさらされてしまう。
魔王に拉致されて、陵辱されたとはいえ、不義は不義だ。
「その点なら心配いらないよ。真実を明かし、レーア様が貶められるのは僕も嫌だからね」
「ではどうするおつもりですか?」
「精霊と人間のハーフであるレーア様は、ある日神の啓示を受け、勇者であるヴォルフリックを宿した」
「はい?」
「つまりレーア様は処女なのに、神の啓示を受けて懐妊した」
ティオ兄上の口から突拍子もない話が出た。
「国王は王妃が自分の子ではなく、神の子を宿したと知り、一時混乱し、勇者であるヴォルフリックを塔に幽閉した」
なんかすごい話になってきたな。
「塔に幽閉されたヴォルフリックは、一時的に精神を病み。自分は王の子でないから塔に閉じ込められた、父親に捨てられた自分はきっと魔族の子なんだと思い込むようになった。髪が黒くなった幻覚を見るようになり、数年ぶりに再会した国王に『髪が黒くなったから牢に入れたのだろう』と言った」
「ティオ兄上」
「これならレーア様が魔王に攫われたことも、陵辱されたことも、ヴォルフリックが魔王の子であることも明かさずに、二人が兄弟でないと証明できるだろ。どうかな?」
ボクはヴォルフリック兄上と結婚出来て嬉しい。だけどヴォルフリック兄上はどう思うだろう?
レーア様が魔王に陵辱されたことは世間には知られないが、ヴォルフリック兄上は出自を変えられ、神の子で勇者にされてしまう。
「ヴォルフリック兄上はどう思いますか?」
「私は単純にエアネストと結婚出来て喜ばしいが」
ヴォルフリック兄上がボクを抱きしめた。
「ボクもヴォルフリック兄上と結婚できるのは嬉しいです。ですがそのためにヴォルフリック兄上の出自を変えてしまうのは……」
「私は気にしない、あの世の母上もきっと許してくださる」
「ヴォルフリック兄上」
「結婚しよう、エアネスト」
ヴォルフリック兄上がボクの手を取り、まっすぐにボクを見つめる。
「はい、ヴォルフリック兄上!」
パチパチパチパチとティオ兄上が手をたたく音が響く。
「うまくまとまったみたいだね。僕は国王の命令を受けて来たから、話がまとまらなかったら、無理やりにでも君たちを結婚させたけどね」
ティオ兄上がにこやかに笑う。それがティオ兄上なりの優しさなのだとボクは知っている。
◇◇◇◇◇
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