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7話「『シンデレラ』の王子様はサディストでした」
しおりを挟むダンスホールを出て迷路のような城内を抜け、連れてこられた場所は庭園だった。
赤や白のバラの花が咲く壮麗な庭園。
今宵《こよい》は満月なので、ランプの灯りがなくても庭の様子がよく分かる。
王子様のあとについて、複雑に入りくんだ庭を歩く。
庭園のすみにある開けた場所に連れてこられた。
そこには、大きめなベンチが設置されていた。王子様にうながされそこに座る。
ベンチは大きくて頑丈で、ひらひらしたドレスを着ていても座ることができた。
庭園にほかに人影はない。
「それで、ボクをだまし女の振りをしてボクと踊った理由はなんだ? 正直に話せ」
月明かりに照らされた王子様の表情は冷たく、声は鋭い。
「それは……」
絵本の王子様は、もっとほわほわした性格のやさしい人だと思ってた。
シンデレラが男だと分かっても「なにか事情があるんだね」と言って、にっこり笑って許してくれるような、海のように心の広い人。そんな王子様を期待していたのだが、それはオレの幻想だったようだ。
シンデレラが男な時点で、絵本の世界観が狂ってるんだ、王子様が冷淡な性格でも仕方ない。
オレの前世の母親は、絵本の王子様、特にシンデレラの王子様に憧れていた。
オレが幼いころ、母はシンデレラの絵本を繰り返し読み聞かせてくれた。
絵本の他にも、シンデレラのアニメや映画を死ぬほど見せられた。
オレがペロー版【シンデレラ】と、グリム版【シンデレラ】の違いを知っていたのもそのためだ。
前世の母は、常々シンデレラの王子様のように、気品高く、紳士で、やさしく、穏やかで、聡明で、民を大切にする君子であれ、とオレに教えてきた。
当時三歳だったオレは、母親の言ってることの意味もわからず、うんうんとうなずいていた。
五歳のとき、女の子のスカートをめくって泣かせたとき母は泣いていた。
そのとき、絵本の王子のような生き方はムリだと早々にあきらめた。
つうか現実世界の平民のオレに、絵本の世界のキラキラ王子様になれって言う方がむちゃだ。
中学生になったオレが、友達とエロ本の貸し借りを始めると。
母親は【シンデレラ】の絵本を読みながら、「絵本の王子様はオナ〇ーも、う〇ちもしないわ、どうしてこんな子に育ってしまったのかしら」すすり泣いていた。
いや母さん、三次元の男に絵本の世界の王子様を重ねるなよ。
人間はう〇ちをする生き物だし、年ごろの息子がオ〇ニーするのは生理的なことだ。
シンデレラ♂に鷹のように鋭い視線を向ける王子様を見て、絵本の王子様もそんなに完璧ではないんだなぁと思った。
今オレの目の前にいる冷血な王子様を、前世の母親にも見せてやりたい。絵本の王子様だって、一皮むけばこんなもんだと教えてやりたい。
その話はさておき、いまオレは男だとバレて大ピンチだ。
「ボクに男とダンスを踊らせ、恥をかかすせるつもりだったんだな?」
蔑《さげす》むような目で、王子様が言い捨てる。
「一国の王子である、このボクを謀《たばか》るとはいい度胸だ」
「違います」
王子様がオレのアゴをつかみ、上を向かせる。
「ならその秀麗な容姿をいかし、ボクを誘惑する気だったのか?」
王子様がオレの手を取る。
「ボクはおまえが、貴族の嫡出子《ちゃくしゅつし》でないことも見抜いている」
心臓がドキリと音を立てる。
「最初はボクもその美しい容姿に騙《だま》された。だが手を握ったときに気づいた。これは女の手ではない……男の手だと」
手で女か男か分かるって、すごいなこの王子様。
「そしてこのがさがさした手に触れすぐに分かった、これは何不自由なく育った者の手じゃない、使用人の手だと」
王子が怜悧《れいり》な表情で、オレを見すえる。
真実を見抜かれ、オレの背筋を冷たい汗がつたう。
見た目だけなら完璧美少女のシンデレラ♂ちゃんを、一瞬で男だと見破った男。
コ〇ンくんもびっくりの観察力と洞察力!
魔法使いのおばさんも、シンデレラを舞踏会に送るなららドレスや靴の他に手がすべすべになるハンドクリームぐらい、サービスでつけてくれればいいのに。
絵本のシンデレラは毎日家事をやらされていたのに、手ががさがさじゃなかったのだろうか?
お姫様のドレスに、荒れのひどい手は不釣り合いだ。王子様に変に思われる。
それとも絵本の王子様はどんくさくて、気づかなかったのかな?
そう言えば絵本のシンデレラは、手袋をしていたような……? 手袋をしてたからバレなかったのか? じゃあオレはなんで手袋をつけてないんだ?
どう考えても魔法使いのおばさんのミスだ。あの人、ぽわぁとした感じの人のだったからな……。
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