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二章・33話「薔薇と王子様 1」シンデレラ視点
しおりを挟む――一年後――
あれから一年が経つ。
フィリップ王子と暮らした日々が、いまでは夢のように感じられる。
オレはベレスフォード国随一の既製服から注文服まで扱う衣料会社クルーグハルト社の女主(おんなあるじ)として大活躍して………………いればいいのだが。
シンデレラ(エラ)の顔はエステン国の人間に知られてる。
エステン国の人がベレスフォード国に来ている可能性もある。
シンデレラ(エラ)は死んだことになっているが、念のため表に顔を出さないほうがいいだろう、ということになり。
会社の表向きのトップは、カールさんになっている。
表だった仕事は全て、カールさんが取り仕切ってくれている。
なのでオレは転生チートを生かし、この世界にはない新しいデザインの服を次々に世に生み出して………………いない。
偽名を使って、第二の人生を生きてる身としては、あまり目立った行動は取りたくない。
というより、前世でくそダサいオタクだったオレは、異世界で無双チートできるほど、ファッションに詳しくないし、センスもない。
ミシンやアイロンなどのチートな道具を発明したいが、あいにくそれらがどういう仕組みで出来ているのか、オレには見当もつかない。
テレビ、冷蔵庫、炊飯器、電子レンジ、スマホ、前世には便利なものがたくさんあった。
あったのだが…………普通科の高校に通っていたオレには、その仕組みは全くと言っていいほど分からない。
オレは無双チートはあきらめ、腰かけになることにした。
デザインとか、商売とかは他の人にお任せしている。
オレはお針子として、ひとさまがデザインした服を、切ったり縫ったりしている。
念願だったお針子の仕事につけて、オレは幸せだ。
あと掃除をしたり、洗濯をしたり、料理をしたりしている。
お屋敷にはメイドさんや執事さんがいるけど、掃除や洗濯や料理は、シンデレラのライフスタイルの一部だったから、体が勝手に動いちゃうんだよね。
それから無理やり着せられていたハズのドレスが妙に着やすくて、いまでも女装してる。長年の習慣って怖い。
お針子の技術も掃除や料理のノウハウも、シンデレラとして生きた十八年で身につけたものだ。
唯川翔太(ゆうかわしょうた)として生きたオレのスキルが、この世界で生きてるかは謎である。
そういえばこの間、ルイス王子が正式に王太子に決まり、他国の姫と婚約したと新聞に書いてあった。
あのブラコンな弟くんも、幸せに暮らしてるようで安心した。
ルイス王子がフィリップ王子の後を追って自害したら、目も当てられない。
フィリップ王子と、シンデレラ(エラ)としてのオレの死が無駄になる。
カールさんの話では、わがままで甘ったれだったルイス王子が。帝王学を修業し、剣術や兵法も率先して学んでいるとか。
ルイス王子に第一王位継承者としての自覚が出てきたことに、王様や王妃様も喜んでいるとか。
エステン国の未来も安泰(あんたい)かな?
あとは、カールさんがときどきオレを変装させ外に連れ出しくれる。
ベレスフォード国の街は、服屋や帽子屋や靴屋などが並んでいてとても華やかで、街を歩く人々はみなおしゃれだ。
毎日ふかふかのベッドで眠れるし、いじわるな継母や義理の姉もいない。
友達だったネズミたちも、カールさんが連れてきてくれた。
ずっと行きたかったベレスフォード国に来れて、なりたかったお針子の仕事に就けた。
住居は綺麗だし、ご飯はおいしいし、カールさんはやさしいし、友達のネズミもいる。
オレはいまとても幸せに暮らしている。
だけど時おり感じる、胸の奥がぽっかり空いたような寂しさはなんだろう。
フィリップ王子…………あいつが側にいてくれたら。
☆☆☆☆☆
鮮やかな新緑のまぶしい季節。
オレはカールさんから、ハンカチにバラの刺繍(ししゅう)をしてほしいと頼まれた。
なんでも、亡くなった友人のお子さんの誕生日が近いらしい。
カールさんには日頃からお世話になっているので、刺繍くらいべつに構わない。
バラの花か、そういえばフィリップ王子もバラの花をよくテーブルに飾っていたな。
「バラの種類や色に指定はありますか?」
カールさんに尋ねると、カールさんは花瓶に生けられたバラの花を持ってきた。
その花には見覚えがあった。
深紅のバラと、純白のバラ……。
「『気高き王子フィリップ』『悲劇の王弟ウィリアム』……カールさん、この花は……!」
心臓がドクン! と跳ねる。
「先ほど話した亡くなった友人のご子息からの贈り物です」
「その人に、その人に会わせてください……!」
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