57 / 58
第三章 秋の段
第57話 地味ぽちゃ系アラサー女子の私がイケメン達と魅惑の混浴大接近の件・その1
しおりを挟む
《カポーン》
「ふああぁ……! 沁み渡る~~!」
いつもよりも熱めのお湯。
しかし、それが良い。
秋の空気に晒されて冷えた芯が、ゆっくりと解けていくようだ。
宴会までの空き時間、私は『女湯・松竹梅』にひとり、贅沢に浸かっていた。
色鮮やかな紅葉が、夜風に乗って月夜に舞い、ひらりと踊る。
頭に乗せたタオルを直しながら、安堵の溜息を漏らした。
雄大な景色を一望できる絶景露天風呂を独り占めである。
貸切って、素晴らしい。
ふと、奥まった場所に立て札がある事に気付く。
《この先、美の湯
××××につき注意》
「美の湯? えーと……」
下にも説明書きがあったみたいだが、文字が掠れてよく読めない。
どうやら長年の風雨で消えてしまったようだ。
「……よし!」
せっかくの温泉である。
私は名前に惹かれ、安直な気持ちで半分湯の中へ入ったまま目的の地に向かった。
* * *
「なんか、お湯が……」
次第に進むと、とろみのある白濁色の湯に変化していた。
ほんのりお酒のような香りもする。
(お風呂に甘酒を入れたら、こんな感じかも)
じわじわと熱に包み込まれていくにつれ、ヒールで痛めた足先もすっかり気にならなくなり、肌もどことなくつるんとしたように感じる。
(気持ちいい……)
ほろ酔い気分で湯に浸かっていると、何やら物音が聞こえる。
(……動物? えっ、もしかしてクマとか!?)
あの立て札の意味。
温泉付近に出没する野生動物の注意喚起だったのでは。
考え出したら止まらず、今更ながら背筋が寒くなる。
《ザバ、ザバ、ザバ》
音は次第に近づいてくる事に気付き、私は咄嗟に岩陰に隠れて息を潜めた。
「ほらみろってー! こっちにも温泉あるじゃーん!」
(八木羽屋さん!?!?)
湯煙で良く見えないが、確かに八木羽屋さんの声だ。
「目ざといやつ。フツーあんな立て札見えねーよ」
「わぁ……なんだか、甘い匂い、だね」
(御影さんに、衣吹戸課長!!
こ、これは、ええええええ……!!)
危険だ。
私の頭の中に警報が鳴り響く。
(は、早く引き返さないと!)
慌てて方向転換しようとするが、新たに別の声が聞こえてきた。
「我が宿に代々伝わる、″美の湯″だ。
他には類を見ないこの地域独特の泉質が、昔から神々や精霊達の治癒にも一役買っている」
「良い湯だけど、のぼせそうだな……」
「種狛さんは種族的にも、長湯は控えた方が良いですね。無理なさらないよう」
(ひぃぃぃぃ!?
久久野主任に種狛さんに思兼さんまで勢揃い!!
こ、ここって、男湯と繋がってたの?!
どうしようどうしようどうしよう)
そんな私の心情はいざ知らず、男性陣は楽しげに談笑を始めた。
「にしても、たっつー腹筋割れ過ぎ~!!
バッキバキじゃん、くびれやばぁ!」
「あ?」
「衣吹戸課長もなかなかだが。
常々、どのように鍛錬しているのか伺いたかった」
「胸筋と腹直筋、凄いっすね。
おれ、頑張ってもなんかカッコよくなんなくて」
「ねこまるは細マッチョだから、それでムキムキは逆にひくわー。イブキングはタッパあるしねー」
「え、あ、……ぼく、体質だから……
それを言うなら、八木羽屋くんだって良い筋肉してる」
皆、何故か各々の筋肉自慢大会になっている。
気になるワードが飛び交いまくり、なるべく想像しないよう全力で精神を鎮めようとした最中、八木羽屋さんの不意打ちに動揺した。
「オモッチも着痩せするっつーか、……脱いだらすごいよね」
(!?)
「トレーニングやってるんじゃないすか。
じゃなけりゃ、絶対そんな体になんねー」
サラリと御影さんが言うからには、かなり……
すごいのだろう。
私は無意識に生唾を飲んだ。
「大した事はないですよ」
「確かに……普段の格好とのギャップのせいかもしんないすけど、体締まってますよね……。
くっそ、とにかく御影には負けたくねぇ!
おれも筋トレしまくってやる!!」
「俺は職業柄ヒョロいと使えねーの。
腕立てと腹筋背筋スクワット×毎日300回。
必ず仕事終わりにやってみ。こうなるから」
「なっ、ま、マジかよ……」
「すごいね、御影くん。実は、ストイック」
「あざーす」
(私もダイエット自分なりに頑張ってたけど、御影さんも見えない所でずっと努力してるんだな……)
「あーあ、野郎共のハダカ見たって全然つまんない~。
女子と一緒に来たかったっていうか、せっかくだったらシロちゃんと入りたかったなー温泉」
(!?)
「そそそそんな、な、なんでそこで、伊縄城さんっ?」
「なんで衣吹戸課長がどもるんすか」
「え、あ、いや、その……」
「そりゃあね~♪ シロちゃん、ふわふわだし♪
男のサガでしょーが。しかもここって混浴じゃない?」
(混浴って、混浴ってあの、男も女も関係なく一緒に入れてしまう、有名な……!?)
「″美の湯″に関しては、平等に入浴許可されている」
(!!!???)
「立て札に書いてあったの、ちゃっかり見といて正解~♪
後でシロちゃん誘ってこようかな~。″美の湯″って名前も、女子ウケしそうじゃん?」
「や、八木羽屋さん! そういうのって、直球で行くと嫌われるんじゃないですか?!
ほら! あいつ、色々面倒そうだし」
(種狛さん……確かに面倒な目に合ってるから、何も言えないけど……って!
そんな場合じゃない!
八木羽屋さんと混浴なんて、無理無理無理!
恥ずかし過ぎて、絶対に無理!!)
「そーお?
シロちゃんなら、快くオッケーしてくれるっしょ。
あー、でもやっぱり恥ずかしがっちゃうかな~?
その反応も込みで、純粋で初心で可愛いから、きゅんきゅんしちゃうよね~♪」
「な……八木羽屋!」
「背中流してあげたり~、髪の毛洗ってあげたり~♪
ふっふふ~ん♪」
「ばっかじゃねーの……。チッ!
輝彦が馬鹿な事言うせいで……。
どーしてくれんだよ、ったく」
(?)
「ぼくも、なんか……ヘン、かも……」
「元気だね~、キミたち!
まっ、オレも今ヤバいんだけどね~。
てかさぁ、温泉の効能もあるんじゃない?
一応治癒に優れてるんだし。ねー、くくのん」
「……答えたくはないが、その可能性は高い。
自身で利用して、十分把握した。
母上の様子も些か怪しかったからな」
「確信犯かよ」
「この地を混浴にして、問題にならなかったのですか?」
「伝え聞いた話だが、夫婦仲が改善されたり、子宝に恵まれたりと逆に感謝される事例が多かったようだ。
今まで深く考えた事はなかったが、そういう事だろう」
「か、考えようよ……ふぅ、伊縄城さんがここに居なくて、本当に良かった……」
皆に異変が生じたと同時に、私の体もおかしい事に気付く。
湯に浸かった箇所からマグマのような熱が全身を駆け巡っている。これまで味わった事のない不思議な感覚だった。
(……聞かなかった事にしよう。
皆、温泉のせいで少しハイなだけなんだ、きっとそうだ)
気を取り直し、平常心を保つ事に専念しようと試るが、流石にそろそろ風呂から上がりたい。
我慢比べも長期戦になるかも……と諦めかけたその時。
とんでもない言葉が種狛さんから飛び出した。
「この際だから、ここにいる皆さんに聞きたかったんですけど。
伊縄城の事、好きですか?
恋愛対象として」
「ふああぁ……! 沁み渡る~~!」
いつもよりも熱めのお湯。
しかし、それが良い。
秋の空気に晒されて冷えた芯が、ゆっくりと解けていくようだ。
宴会までの空き時間、私は『女湯・松竹梅』にひとり、贅沢に浸かっていた。
色鮮やかな紅葉が、夜風に乗って月夜に舞い、ひらりと踊る。
頭に乗せたタオルを直しながら、安堵の溜息を漏らした。
雄大な景色を一望できる絶景露天風呂を独り占めである。
貸切って、素晴らしい。
ふと、奥まった場所に立て札がある事に気付く。
《この先、美の湯
××××につき注意》
「美の湯? えーと……」
下にも説明書きがあったみたいだが、文字が掠れてよく読めない。
どうやら長年の風雨で消えてしまったようだ。
「……よし!」
せっかくの温泉である。
私は名前に惹かれ、安直な気持ちで半分湯の中へ入ったまま目的の地に向かった。
* * *
「なんか、お湯が……」
次第に進むと、とろみのある白濁色の湯に変化していた。
ほんのりお酒のような香りもする。
(お風呂に甘酒を入れたら、こんな感じかも)
じわじわと熱に包み込まれていくにつれ、ヒールで痛めた足先もすっかり気にならなくなり、肌もどことなくつるんとしたように感じる。
(気持ちいい……)
ほろ酔い気分で湯に浸かっていると、何やら物音が聞こえる。
(……動物? えっ、もしかしてクマとか!?)
あの立て札の意味。
温泉付近に出没する野生動物の注意喚起だったのでは。
考え出したら止まらず、今更ながら背筋が寒くなる。
《ザバ、ザバ、ザバ》
音は次第に近づいてくる事に気付き、私は咄嗟に岩陰に隠れて息を潜めた。
「ほらみろってー! こっちにも温泉あるじゃーん!」
(八木羽屋さん!?!?)
湯煙で良く見えないが、確かに八木羽屋さんの声だ。
「目ざといやつ。フツーあんな立て札見えねーよ」
「わぁ……なんだか、甘い匂い、だね」
(御影さんに、衣吹戸課長!!
こ、これは、ええええええ……!!)
危険だ。
私の頭の中に警報が鳴り響く。
(は、早く引き返さないと!)
慌てて方向転換しようとするが、新たに別の声が聞こえてきた。
「我が宿に代々伝わる、″美の湯″だ。
他には類を見ないこの地域独特の泉質が、昔から神々や精霊達の治癒にも一役買っている」
「良い湯だけど、のぼせそうだな……」
「種狛さんは種族的にも、長湯は控えた方が良いですね。無理なさらないよう」
(ひぃぃぃぃ!?
久久野主任に種狛さんに思兼さんまで勢揃い!!
こ、ここって、男湯と繋がってたの?!
どうしようどうしようどうしよう)
そんな私の心情はいざ知らず、男性陣は楽しげに談笑を始めた。
「にしても、たっつー腹筋割れ過ぎ~!!
バッキバキじゃん、くびれやばぁ!」
「あ?」
「衣吹戸課長もなかなかだが。
常々、どのように鍛錬しているのか伺いたかった」
「胸筋と腹直筋、凄いっすね。
おれ、頑張ってもなんかカッコよくなんなくて」
「ねこまるは細マッチョだから、それでムキムキは逆にひくわー。イブキングはタッパあるしねー」
「え、あ、……ぼく、体質だから……
それを言うなら、八木羽屋くんだって良い筋肉してる」
皆、何故か各々の筋肉自慢大会になっている。
気になるワードが飛び交いまくり、なるべく想像しないよう全力で精神を鎮めようとした最中、八木羽屋さんの不意打ちに動揺した。
「オモッチも着痩せするっつーか、……脱いだらすごいよね」
(!?)
「トレーニングやってるんじゃないすか。
じゃなけりゃ、絶対そんな体になんねー」
サラリと御影さんが言うからには、かなり……
すごいのだろう。
私は無意識に生唾を飲んだ。
「大した事はないですよ」
「確かに……普段の格好とのギャップのせいかもしんないすけど、体締まってますよね……。
くっそ、とにかく御影には負けたくねぇ!
おれも筋トレしまくってやる!!」
「俺は職業柄ヒョロいと使えねーの。
腕立てと腹筋背筋スクワット×毎日300回。
必ず仕事終わりにやってみ。こうなるから」
「なっ、ま、マジかよ……」
「すごいね、御影くん。実は、ストイック」
「あざーす」
(私もダイエット自分なりに頑張ってたけど、御影さんも見えない所でずっと努力してるんだな……)
「あーあ、野郎共のハダカ見たって全然つまんない~。
女子と一緒に来たかったっていうか、せっかくだったらシロちゃんと入りたかったなー温泉」
(!?)
「そそそそんな、な、なんでそこで、伊縄城さんっ?」
「なんで衣吹戸課長がどもるんすか」
「え、あ、いや、その……」
「そりゃあね~♪ シロちゃん、ふわふわだし♪
男のサガでしょーが。しかもここって混浴じゃない?」
(混浴って、混浴ってあの、男も女も関係なく一緒に入れてしまう、有名な……!?)
「″美の湯″に関しては、平等に入浴許可されている」
(!!!???)
「立て札に書いてあったの、ちゃっかり見といて正解~♪
後でシロちゃん誘ってこようかな~。″美の湯″って名前も、女子ウケしそうじゃん?」
「や、八木羽屋さん! そういうのって、直球で行くと嫌われるんじゃないですか?!
ほら! あいつ、色々面倒そうだし」
(種狛さん……確かに面倒な目に合ってるから、何も言えないけど……って!
そんな場合じゃない!
八木羽屋さんと混浴なんて、無理無理無理!
恥ずかし過ぎて、絶対に無理!!)
「そーお?
シロちゃんなら、快くオッケーしてくれるっしょ。
あー、でもやっぱり恥ずかしがっちゃうかな~?
その反応も込みで、純粋で初心で可愛いから、きゅんきゅんしちゃうよね~♪」
「な……八木羽屋!」
「背中流してあげたり~、髪の毛洗ってあげたり~♪
ふっふふ~ん♪」
「ばっかじゃねーの……。チッ!
輝彦が馬鹿な事言うせいで……。
どーしてくれんだよ、ったく」
(?)
「ぼくも、なんか……ヘン、かも……」
「元気だね~、キミたち!
まっ、オレも今ヤバいんだけどね~。
てかさぁ、温泉の効能もあるんじゃない?
一応治癒に優れてるんだし。ねー、くくのん」
「……答えたくはないが、その可能性は高い。
自身で利用して、十分把握した。
母上の様子も些か怪しかったからな」
「確信犯かよ」
「この地を混浴にして、問題にならなかったのですか?」
「伝え聞いた話だが、夫婦仲が改善されたり、子宝に恵まれたりと逆に感謝される事例が多かったようだ。
今まで深く考えた事はなかったが、そういう事だろう」
「か、考えようよ……ふぅ、伊縄城さんがここに居なくて、本当に良かった……」
皆に異変が生じたと同時に、私の体もおかしい事に気付く。
湯に浸かった箇所からマグマのような熱が全身を駆け巡っている。これまで味わった事のない不思議な感覚だった。
(……聞かなかった事にしよう。
皆、温泉のせいで少しハイなだけなんだ、きっとそうだ)
気を取り直し、平常心を保つ事に専念しようと試るが、流石にそろそろ風呂から上がりたい。
我慢比べも長期戦になるかも……と諦めかけたその時。
とんでもない言葉が種狛さんから飛び出した。
「この際だから、ここにいる皆さんに聞きたかったんですけど。
伊縄城の事、好きですか?
恋愛対象として」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
131
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる