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第三章 秋の段

第57話 地味ぽちゃ系アラサー女子の私がイケメン達と魅惑の混浴大接近の件・その1

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 《カポーン》

「ふああぁ……! 沁み渡る~~!」

 いつもよりも熱めのお湯。
 しかし、それが良い。
 秋の空気に晒されて冷えた芯が、ゆっくりと解けていくようだ。

 宴会までの空き時間、私は『女湯・松竹梅』にひとり、贅沢に浸かっていた。

 色鮮やかな紅葉が、夜風に乗って月夜に舞い、ひらりと踊る。
 頭に乗せたタオルを直しながら、安堵の溜息を漏らした。

 雄大な景色を一望できる絶景露天風呂を独り占めである。
 貸切って、素晴らしい。

 ふと、奥まった場所に立て札がある事に気付く。

 《この先、美の湯 
 ××××につき注意》

「美の湯? えーと……」

 下にも説明書きがあったみたいだが、文字が掠れてよく読めない。
 どうやら長年の風雨で消えてしまったようだ。

「……よし!」

 せっかくの温泉である。
 私は名前に惹かれ、安直な気持ちで半分湯の中へ入ったまま目的の地に向かった。



 *  *  *



「なんか、お湯が……」

 次第に進むと、とろみのある白濁色の湯に変化していた。
 ほんのりお酒のような香りもする。

(お風呂に甘酒を入れたら、こんな感じかも)

 じわじわと熱に包み込まれていくにつれ、ヒールで痛めた足先もすっかり気にならなくなり、肌もどことなくつるんとしたように感じる。

(気持ちいい……)

 ほろ酔い気分で湯に浸かっていると、何やら物音が聞こえる。

(……動物? えっ、もしかしてクマとか!?)

 あの立て札の意味。
 温泉付近に出没する野生動物の注意喚起だったのでは。
 考え出したら止まらず、今更ながら背筋が寒くなる。

 《ザバ、ザバ、ザバ》

 音は次第に近づいてくる事に気付き、私は咄嗟に岩陰に隠れて息を潜めた。


「ほらみろってー! こっちにも温泉あるじゃーん!」

八木羽屋やぎはやさん!?!?)

 湯煙で良く見えないが、確かに八木羽屋さんの声だ。

「目ざといやつ。フツーあんな立て札見えねーよ」
「わぁ……なんだか、甘い匂い、だね」

御影みかげさんに、衣吹戸いぶきど課長!!
 こ、これは、ええええええ……!!)

 危険だ。
 私の頭の中に警報アラートが鳴り響く。

(は、早く引き返さないと!)

 慌てて方向転換しようとするが、新たに別の声が聞こえてきた。

「我が宿に代々伝わる、″美の湯″だ。
 他には類を見ないこの地域独特の泉質が、昔から神々や精霊達の治癒にも一役買っている」
「良い湯だけど、のぼせそうだな……」
種狛たねこまさんは種族的にも、長湯は控えた方が良いですね。無理なさらないよう」

(ひぃぃぃぃ!? 
 久久野くくの主任に種狛さんに思兼さんまで勢揃い!! 
 こ、ここって、男湯と繋がってたの?!
 どうしようどうしようどうしよう)

 そんな私の心情はいざ知らず、男性陣は楽しげに談笑を始めた。


「にしても、たっつー腹筋割れ過ぎ~!!
 バッキバキじゃん、くびれやばぁ!」
「あ?」
「衣吹戸課長もなかなかだが。
 常々、どのように鍛錬しているのか伺いたかった」
「胸筋と腹直筋、凄いっすね。
 おれ、頑張ってもなんかカッコよくなんなくて」
「ねこまるは細マッチョだから、それでムキムキは逆にひくわー。イブキングはタッパあるしねー」
「え、あ、……ぼく、体質だから……
 それを言うなら、八木羽屋くんだって良い筋肉してる」

 皆、何故か各々の筋肉自慢大会になっている。
 気になるワードが飛び交いまくり、なるべく想像しないよう全力で精神を鎮めようとした最中、八木羽屋さんの不意打ちに動揺した。

「オモッチも着痩せするっつーか、……脱いだらすごいよね」

(!?)

「トレーニングやってるんじゃないすか。
 じゃなけりゃ、絶対そんな体になんねー」

 サラリと御影さんが言うからには、かなり……
 すごいのだろう。
 私は無意識に生唾を飲んだ。

「大した事はないですよ」
「確かに……普段の格好とのギャップのせいかもしんないすけど、体締まってますよね……。
 くっそ、とにかく御影には負けたくねぇ!
 おれも筋トレしまくってやる!!」
「俺は職業柄ヒョロいと使えねーの。
 腕立てと腹筋背筋スクワット×毎日300回。
 必ず仕事終わりにやってみ。こうなるから」
「なっ、ま、マジかよ……」
「すごいね、御影くん。実は、ストイック」
「あざーす」

(私もダイエット自分なりに頑張ってたけど、御影さんも見えない所でずっと努力してるんだな……)

「あーあ、野郎共のハダカ見たって全然つまんない~。
 女子と一緒に来たかったっていうか、せっかくだったらシロちゃんと入りたかったなー温泉」

(!?)

「そそそそんな、な、なんでそこで、伊縄城いなわしろさんっ?」
「なんで衣吹戸課長がどもるんすか」
「え、あ、いや、その……」
「そりゃあね~♪ シロちゃん、ふわふわだし♪
 男のサガでしょーが。しかもここって混浴じゃない?」

(混浴って、混浴ってあの、男も女も関係なく一緒に入れてしまう、有名な……!?)

「″美の湯″に関しては、平等に入浴許可されている」

(!!!???)

「立て札に書いてあったの、ちゃっかり見といて正解~♪
 後でシロちゃん誘ってこようかな~。″美の湯″って名前も、女子ウケしそうじゃん?」
「や、八木羽屋さん! そういうのって、直球で行くと嫌われるんじゃないですか?! 
 ほら! あいつ、色々面倒そうだし」

(種狛さん……確かに面倒な目に合ってるから、何も言えないけど……って! 
 そんな場合じゃない!
 八木羽屋さんと混浴なんて、無理無理無理!
 恥ずかし過ぎて、絶対に無理!!)

「そーお? 
 シロちゃんなら、快くオッケーしてくれるっしょ。
 あー、でもやっぱり恥ずかしがっちゃうかな~?
 その反応も込みで、純粋で初心で可愛いから、きゅんきゅんしちゃうよね~♪」
「な……八木羽屋!」
「背中流してあげたり~、髪の毛洗ってあげたり~♪
 ふっふふ~ん♪」
「ばっかじゃねーの……。チッ!
 輝彦かがひこが馬鹿な事言うせいで……。
 どーしてくれんだよ、ったく」

(?)

「ぼくも、なんか……ヘン、かも……」
「元気だね~、キミたち!
 まっ、オレも今ヤバいんだけどね~。
 てかさぁ、温泉の効能もあるんじゃない?
 一応治癒に優れてるんだし。ねー、くくのん」
「……答えたくはないが、その可能性は高い。
 自身で利用して、十分把握した。
 母上の様子も些か怪しかったからな」
「確信犯かよ」
「この地を混浴にして、問題にならなかったのですか?」
「伝え聞いた話だが、夫婦仲が改善されたり、子宝に恵まれたりと逆に感謝される事例が多かったようだ。
 今まで深く考えた事はなかったが、そういう事だろう」
「か、考えようよ……ふぅ、伊縄城さんがここに居なくて、本当に良かった……」

 皆に異変が生じたと同時に、私の体もおかしい事に気付く。
 湯に浸かった箇所からマグマのような熱が全身を駆け巡っている。これまで味わった事のない不思議な感覚だった。

(……聞かなかった事にしよう。
 皆、温泉のせいで少しハイなだけなんだ、きっとそうだ)

 気を取り直し、平常心を保つ事に専念しようと試るが、流石にそろそろ風呂から上がりたい。
 我慢比べも長期戦になるかも……と諦めかけたその時。
 とんでもない言葉が種狛さんから飛び出した。



「この際だから、ここにいる皆さんに聞きたかったんですけど。
 伊縄城の事、好きですか?
 恋愛対象として」
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