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怪しい天才
しおりを挟む修学旅行まで2週間をちょうど切るかというところで個人経由で依頼があった。
社長に連絡すると、依頼者の情報を手に入れるためにかなり小さなボイスレコーダーと、豆粒のようなインカムとボタン型のカメラを渡された。
かなり高性能なもののようなものでスマホより小さいというのに、解像度も集音性も段違いにいいらしい。
しかも遠隔で操作が可能らしく、何がしかの予算度外視のオーダーメイド品だとは思うが、あまりの有能さに舌を巻かずにいられない。
外国で実際に暗躍しているスパイとかが、実際に使っていても不思議ではない気がする。
片耳穴に埋め込む形でインカムをつけると、カメラの様子を確認する。
服のボタンに似せられたカメラは見事に同化しており、かなりの至近距離で見なければ、それだとはわからない。
防犯とか抑止力のためにむしろやらなければいけないことはわかっているが、お客さんにこういうことをするのは初めてなので少し申し訳ない気持ちになる。
「そろそろ時間か」
気負っているといつの間にか約束の時間になっていることに気づいた。
周りを見渡しても夕焼けに染まる寂れた遊具の周りには人影も見えないので、どうやら少し遅れてくるようだ。
相手は現在いる雪園公園には初めて訪れるということなので、迷っているのかもしれない。
「ごめん、遅れた」
数分ほど待つと異様に綺麗なフォームで茶髪の女の子が駆けてきて、こちらへ声をかけてきた。
この子がSNSで依頼して来た子だろう。
当時と状況が似通っていることもあるが、どことなく雰囲気が前回個人的に依頼してきた女の子と似ているような気がする。
今回は茶髪で前回は黒髪で身体的特徴が異なるのでないとは思うのだが。
「いいよ。待つのは嫌いじゃないし。個人経由でくる子はみんな遅れてくる人の方が多いから」
「最初から時間通りにくることを期待されてなかったってこと。今回は飛行機が遅れなければ時間通りだったんだから期待してくれてもよかったのに」
「惜しかったんだね。次も依頼することがあれば期待しとくよ」
今回は古武術の名瀬流拳術を習得したいということなので、できれば習得した後の慣らしとして模擬戦をしたい。
取れる時間は1時間ほどということなので、15分ほど模擬戦に取りたいことを考えると急いだ方がいいかもしれない。
「じゃあ、早速型から行ってみようか」
ーーー
当初は45分でとんとんで習得できるかと思っていたが、15分ほどで習得が終わった。
偏に目の前にいるアノニマスさんの才能のおかげだろう。
この人の筋の良さは俺にチュートリアルキャラと言った子と比肩するものを感じる。
「あれ、秋也。思ってたより器用だね」
「君に褒められると嫌味に聞こえるよ」
「嫌味って。体感ではあたしと同じくらいと思ってるのはほんとだよ。まあ可能性としてはそれはゼロだけど」
変に気を遣われるよりはましだが、歯に物を着せない話し方をする人だ。
「とりあえず、俺で相手になるのか、わからないけど実践形式で模擬戦でもやってみようか」
「いいね。いざという時に慌てずに済みそうだし。気が効いてるじゃん」
「じゃあ、始めようか」
名瀬流拳術は攻めの型と防御の型とがあるが、この模擬戦では適切に技を使ってもらうために、俺は攻撃の型のみを使って、模擬戦をすることにする。
名瀬流特有の大きく踏み込みを入れて放つ掌底を打ち出すと、アノニマスさんは俺の腕に手を添えるとそれをそのまま左に流し、俺の技を反復するように掌底を放てきた。
『君の言ったことは本当だったようだな。君と同等以上の才能を持ったものがいるとは。できれば素性を聞けるかな?」
掌底を避けるとインカムから社長の声が聞こえてきた。
素性を探れってことは質問しながら、模擬戦をするしかないのか。
「秋也。今、おかしかったよね」
「え」
俺が社長の要求に応えるために算段を組み立てていると、名瀬流剣術の型から外れたハイキックが飛んできた。
鋭いものだったが、反射でバッグステップで避けると明らかにアノニマスさんは睨んでいた。
「一瞬意識が途切れたもの。今、『スパイイヤホン』、『スパイカメラ』装備してるでしょ」
「スパイイヤホン?」
『なんでこの女は世に出る前のこの製品の情報を知っている?』
聞き慣れないものの名前を聞かされると社長が訝しむ声をインカム越しにあげた。
社長の発言から推測するに俺に渡されたこのインカムとカメラの正式名称を当てたらしい。
『秋也君。その女を捕まえてくれるないかね。産業スパイの関係者の可能性がある』
「図星みたいだね。最低限スキルは取れたし、アイテムだけ貰っていくか」
見覚えのある構えを取ると、社長が聞いている中、製品を奪い取るという大胆不敵な宣言をしてアノニマスさんこと産業スパイが先制を仕掛けてきた。
ただの家庭教師の依頼と思ったらまさか企業同士の争いに巻き込まれるとは。
捕獲するのは流石に難しそうだが、狙われているインカムとカメラは企業秘密がまるまる漏れるので死守しなければならない。
ひとまず繰り出される拳を名瀬流の守りの方で受け流して、攻めの型の掌底を顎に向けて放つ。
今先学習していたことなので避けられるとはわかっているが、権勢にはなるはずだ。
「慣れてないことわかってやってるよね。チュートリアルキャラのモブでも流石に現実では頭は回るに決まってるか」
産業スパイはわずかに避け損なったようで彼女の頭を掠ると、茶髪の短髪が吹っ飛び、ピンク色の長髪が顕になった。
続いて攻勢に移るかと思うと、産業スパイはバックステップを決めると逃げ始めた。
『秋也君、待機でいい。あとは私の家のものが多少非合法な手段を使っても捕まえる』
追いかけるかどうか、迷うと社長がそう申告してきたので待機させて貰うことにする。
今日はとんでもない目に合った。
それにしてもあの子やはり知り合いのような気がしてならないな。
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