40 / 64
理事長からの誘惑
しおりを挟むあのあと、結局産業スパイは捕まえられなかったようだ。
まるで未来を予知するように追跡を掻い潜り、行方をくらましたらしい。
「君に追わせた方が良かったか」と社長はぼやいていたが、車や最新機器を使った追跡を使った追跡でもどうにもならないものを俺がやればどうにかなるというのは流石に買い被りすぎだ。
「ここ天弦史跡館には『最初の忌火の御膳の灰』が収められていましてーー。あら珍しく困ったような顔してますね、秋也君」
顔に出ていたようで、同伴依頼の途中である天弦理事長が突っ込んでくる。
「今は土曜日で修学旅行まで1週間と少しあるはずですし、あなたを心配させるような出来事は起きそうにないですから。別件で何かあったんですか?」
「いや、他のお客さんが関係してることなので理事長に話すわけには」
「別にいいですよ。あなたが話さないなら別のところから引っ張ってくることも可能なので」
「ここら一帯の企業にスパイでも張り巡らせているんですか」
「そう取っていただいて構いません」
とんでもない事実だと思うのだが、余裕の表れか、理事長はあまつさえそう肯定してくる。
冬夜の様子からして今は金山家と拮抗して、余裕がないかと思っていたので意外だ。
「物騒な話ですね」
「ふっ、おかしなことを言いますね。あなたが懇意にしている麻黒家はスパイ活動をするために専属の者を子飼いにしているともっぱらの噂ですよ。私にはあなたのバックにいる人たちの方がよほど物騒に見えますよ」
麻黒家のスパイのものといえば俺の印象では愛川家の人たちがそれぽいが、理事長が本当のことを言ってるのか、どうかの確証がない。
鎌をかけているかもしれないし、否定も肯定もするのはまずいだろう。
「あなた自身もいつ何時麻黒家の暗部に刺されるのか、わからないですよ」
俺が煙に撒こうと思うと、理事長は俺の立場の危うさについて指摘してきた。
遠回しに理事長側に誘いにかかっているように聞こえなくもない。
「理事長側ならばそういう心配はないっていうことですか?」
「その通りです。私側につけば、あなたという免罪符が消えた麻黒家を攻撃して、全ての危険からあなたを守ることを誓いましょう」
理事長から俺にコンタクトが合ったことを不思議に思っていたが、どうやらこれが目的だったようだ。
とりあえず、俺という邪魔者を取り除いて自由に攻撃できるようになりたかったということか。
もしもの時の心配を持ちだされても、麻黒さんに不幸が直接及ぶようなことに応えることができるわけがない。
「お断りさせてもらいます」
「いいんですか? 修学旅行でも金山冬夜と小競り合いを起こすというのならここで私の不興を買うのは賢い選択ではないように思いますが?」
「それを選択したら元も子もないのだから断るしか選択肢がないでしょ」
「私なら協力して、金山家も麻黒家も潰しますがね」
「潰すことに対してメリットが見出せないんですよ」
「メリットですか。これから起こるかもしれない禍根の芽や、今までの積み重ねで生じた恨み辛みを精算できます」
学園長はこちらを見ながら滔々と俺が認められなかったメリットについて語る。
メリットについては攻める理由ではなくて、消極的な理由が多いことが意外だ。
というよりも理事長の口から出た「禍根の芽」や「恨み辛み」という言葉からは麻黒家に対して恐れを抱いているようにも聞こえる。
「俺にとってメリットじゃないし、麻黒家の力の大きさを知っているというのに冬夜の家と同時に相手にできるビジョンが見えません」
「そうですか。依頼はここで終了で構いません。修学旅行では楽しみにしておいてください」
理事長はそう言って、自ら頼んだ同伴の依頼を打ち切ると修学旅行について不吉な言葉を残した。
ーーー
「あら、精華。そういえば、もう修学旅行に必要なものは集めたの?」
「結構前から集まってる。いらない心配しなくてもいいよ」
「あらあら、この子たら。また憎まれ口を叩いて」
精華は母親の華連に対して最近反発する気もあり、やや辛辣な言葉で華連に対して答える。
華連の方は特に気にした様子でもなく、精華を注意した。
「一言多いのを直さないと律君とも仲直りできないのに、いいの? そのままで」
「律に婚約破棄されたのはお母さんが暴力団の関係者だからでしょ。それに学校の子には失礼だし、こんな言葉づかいしない」
「あらそうだったの。お母さん、すっかり勘違いしてたわ。……確かにあの子、警視総監のお父さんには似つかず、変に正義感があるものねぇ。お母さんのいる花園組は歴とした会社なのに参っちゃうわ」
「最近になって体を整えただけでしょ。この町に住んでいる人間なら花園組=暴力団だって知ってるよ」
「お母さん頑張ってるのにやあね。あら、でも律くんが私のことについてなんで知ってるのかしら? いつもあの子には聖華連って襲名する前の名前で自己紹介したはずだけど」
「詳しくは知らないけど、時期的に前に話した高松摩耶て言う子が何か吹き込んだんじゃない」
「金山の冬夜君がペラペラと喋って、摩耶ちゃんから流出したのね。精華も襲名したらこういうトラブルが増えるから気をつけるのよ」
「決定事項みたいに言わないでよ。花園珠子なんて古臭い名前イヤ。トイレの花子さんの亜種みたいだもの」
「目の前に本人がいるのにとんでもないことを言うわね」
反抗期の娘の心無い一言に若干傷つきつつも、華連こと珠子は小判焼きをレンジに入れてタイマーを調節する。
「ああ、そういえばお母さんも修学旅行中にお仕事でシンガポールに行くから現地で会うかもしれないからもし会ったらよろしくね」
「ええ~」
珠子が手をポンとついてニコニコしながら修学旅行の件について報告すると、精華はイヤそうな声を上げた。
0
あなたにおすすめの小説
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
英雄一家は国を去る【一話完結】
青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。
- - - - - - - - - - - - -
ただいま後日談の加筆を計画中です。
2025/06/22
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ふたりの愛は「真実」らしいので、心の声が聞こえる魔道具をプレゼントしました
もるだ
恋愛
伯爵夫人になるために魔術の道を諦め厳しい教育を受けていたエリーゼに告げられたのは婚約破棄でした。「アシュリーと僕は真実の愛で結ばれてるんだ」というので、元婚約者たちには、心の声が聞こえる魔道具をプレゼントしてあげます。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる