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飛行機の中の暇つぶし
しおりを挟むシンガポールの集合住宅。
秋也たちが乗る飛行機が降り立つのを見る2人の男女がいた。
「果たせなかった10年前の悲願が今日果たされます。神との誓いがやっと果たされます」
「そうですね。ここまで逃げ続けた甲斐がありました」
カルト団体ハピネスギルドの最高幹部、宮川春斗が顔に斜めに入った銃痕をなぞりながら呟くと、メンバーの小川小鞠は祈りを捧げた姿勢のまま、彼の言葉に答える。
飛行機を見つめる彼らの脳裏には10年前に降臨した桃色の髪の神の下した天啓が思い出されていた。
“最低は将来的に神を殺害する危険のある聖星夜、愛川透の抹殺。最高は2人プラス麻黒陽菜、花園珠子の抹殺“
10年前の夏祭りで2人は最低条件については達成し、神にも十分だと言われていたが、信仰の強さから納得はできていなかった。
当時、当主の配偶者を殺害したことで血眼になった花園組に追われて、国外に行くことにならなければどんな手を使ってでも目的を果たしていた間違いない。
「花園組に場所を割られたと思っていいか?」
「メンバーのチェンさんが言うにはこのあたりを柄の悪い日本人がうろついてるとのことです」
「もはや逃げられるわけもないか。試練の時だな。目的を果たせば神の福音が降ることは間違いない」
ーーー
修学旅行1日目。
修学旅行とはとても思えないようなスムーズさで、貸切の飛行機に搭乗して出発することになった。
搭乗時間は7時間ほどになるようで、飛行機に初めて乗る俺としてはかなり長く感じる。
というよりも今までの人生の中で乗り物で乗ってる時間としては最長でも3時間くらいなので、ぶっちぎりでトップだ。
幸いなことに座席のシートは異様に柔らかいので、尻が痛くなることはなさそうだが、いかんせん暇になる可能性が高そうだ。
「これから7時間から8時間となると暇になりそうね」
隣に座っていた麻黒さんも俺と同じようなことを思っていたようで、前の座席に備え付けられたモニターをいじりながらそう呟く。
「だね。暇つぶしのものと言ってもこのモニターに登録されたサブスクの動画を見るか、スマホをいじるかくらいしか出来ることはないし」
「寝るのもベッドしか眠れないから難しいしね」
寝るか。
確かにその手もあるが、暇そうにしている麻黒さんを放っておいて寝るのも気が引ける。
「仕方ないし、サブスクで映画か何か見る?」
「映画ね。おすすめのものはある?」
「おすすめか。俺もあんまり映画は見ないけど。デステニー作品とか、ディブリ作品とかが鉄板とかいうし、そこらへんがいいんじゃないかな」
「へえ、そんな作品があるのね。キャラクターも可愛い感じだし、見てみようかしら」
「ちょっと待った。そんなのテレビで週一ペースで流れてるんだから。わざわざ選んで見るようなものではないわよ」
麻黒さんがデステニー作品を再生するかと思うと、前にいる恵那から否定が入った。
「こういう時こそ、テレビでは放映されないような知る人ぞ知る名作を見るべきよ」
確かに恵那の言うとおり、テレビで見る可能性があるものを勧めるのは少し安直すぎたかもしれない。
クリエイターとして色々な作品に触れてきているだろう提案を聞いておくべきだろう。
「私のおすすめは『ヴァナシィの魔女』よ」
「どんな内容なの?」
「それは見てみればわかるわ」
恵那はかなりの自信のようで、説明するよりも実際に見る方が早いと太鼓判をおす。
人の好みもあると思うのだが、おそらく万人受けするようなものなのかもしれない。
「そこまで言うのならそれを見てみましょうか」
麻黒さんは素早く検索をかけると、再生ボタンをタッチした。
ーーー
結論としていえば、恵那の勧めた映画はひどく完成度の高いクソホラー映画だった。
主人公たちが懸命に幽霊から逃れて生きようとし、犠牲もありつつもハッピーエンドを迎えるかと思ったら普通に幽霊に殺されて、そのまま登場人物全滅エンドになった。
カメラワークや物語の謎の提示をするのがうまくついつい見入ってしまった分、提示された謎が未解決のまま全滅させた部分が際立って消化不良感が半端ない。
「ひどいわね。これじゃあ2時間ゴミ箱にダンクシュートしたようなものよ」
結構評価に甘い麻黒さんも流石にこれは酷評している。
「ひどい? これがどれだけ希少価値のあるものなのかわからないの? これだけのクオリティが高くて、コストをかけたクソ映画はこの世には存在しないわ!」
どうやら俺が想定している面白いの概念の遥か先に恵那はいたようだ。
残りの時間でデステニー作品を見て、口直しをした。
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