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プール掃除
しおりを挟む不意に車が止まる音がした。
「ハア、ハア……」
死んだと思ったら、襲撃される前に歩いていた道の真ん中に立っていた。
あまりな不自然な状態だった。
白昼夢を見たにしては、リアルすぎる。
本当に死んだ途端に巻き戻されたのかもしれない。
当たり前のことではあるが、死ねば終わりだと思っていたので、夏夢は死んだことなどない。
そのため、こんなことになるとは思ってもみなかった。
死んで少し前からやり直せるというのは、かなりのアドベンテージであるが、一度確実に死んでしまったという事実が不気味さと怖気が胸の底から迫り上がってくる。
もしかしたらこの生き返っている状況が一定の条件下でしか機能しないものならば、それを破った瞬間に再び元の死体に戻ることになるのだ。
現在ここに立っている自分の状況の不安定さに夏夢は心胆が冷えていくのを感じる。
「とりあえず、また会えば殺される。逃げないと」
滑稽なことに、死への恐怖から現在継続して死が近づいていくことに気づいて、足を動かす。
ーーー
元々悪役令嬢である聖精華の母親である珠子はゲームのストーリーでは出てはこなかった。
夏夢が危険を排除するために、精華を溺愛するために主人公の命を狙うことになるストーリーで幾度も登場する父親を殺したために出てきた弊害。
夏夢は自らが解き放ってしまった珠子という怪物によって、完全に逃げ切るまで3度殺されたことに歯噛みしつつ、ホテルのベッドに腰を下ろす。
「なんなのよ、これは……」
あまりにもどうしようもない事態に夏夢は憔悴しながら、そう溢す。
「この街から逃れようとすると体が死んだ状態に戻り始めるし、あの女は鬱陶しいくらいに追いかけてくるし」
今現在の夏夢の状態は猛獣の檻に丸腰で入れられたようなものだ。
全ては自分が招いた事態であったが、夏夢にとっては取るに足らないただの作り物にいいようにやられたように感じ、無力感から一転、怒りがせり上がってくる。
だが今現在手も足を出ない状況であるので、ひとまずは珠子のほとぼりが覚めるまで息を潜めることしかできず、悶々とするしかない。
ーーー
家庭教師の依頼で恵梨香の元に訪れると、夏休みだというのに制服を着ていて、驚かされた。
「あ、秋也! ごめんなさい。今生徒会から連絡が着て、生徒指導対象の生徒がプール掃除をする監督をしてほしいと言われてしまって……」
「そうなんだ」
プール掃除ということは一日かかるから、今日の家庭教師の仕事はなしになる。
急に暇になってしまったな。
このまま帰っても、何もなく家でダラダラするだけで無意に1日を過ごしそうだし、ついていて手助けをした方が良さそうだ。
「俺も手伝うよ。今日は家庭教師以外に予定はなかったし、早く終わせられれば、もしかしたら家庭教師もできるかもしれないし」
「いいんですか! すいません、仕事を全うするためとはいえ、こんな諸用まで」
「気にしなくていいよ。プール掃除くらい対したことじゃないし。プール掃除ってことは普段使ってない第二プールってことだよね」
「そうです。開けば確かに、プールを男女別にしてほしいという要望はあったので、いいことはいいんですが、もう第一プールが開いてからということ、こうまで急なことなことを考えるとおそらく生徒指導対象の生徒のために用意したもの仕事だと」
「学校側がわざわざその生徒に奉仕活動を用意するってなんだか、その生徒の親御さんも関わってそうなことだね」
一体生徒指導対象は誰だというのだろうか。
ーーー
第二プールは屋内に設置されている第一プールとは違い、設備が古めで屋外に設置されている。
第一プールができて、使われなくなってからは生物部が魚を飼育するという話もあったりしたらしいのだが、なんだかんだで流れて、今現在に至っている。
水道が錆びてたりしていないところを見ると、定期的に整備が入ってはいそうだが、肝心のプールの方は手間がかかることもあるのか、それ相応に汚れが目立つ。
俺の今日の私服は別に高いものでもなく、別段汚れてはまずいというほどのこともないので、そのままここに直行したが、恵梨香と生徒指導対象者は水着を持ってきているということなので着替えてからくるとのことだ。
「秋也。お待たせしました」
手持ち無沙汰にしているのも時間がもったいないので、ホースを水道に繋いだりして下準備をしていると恵梨香の声が聞こえた。
振り返ると、そこには恵梨香と恵那、精華がおり、疑問符が頭に浮かんだ。
生徒指導対象者が恵那と精華だというのはわかるが、二人が素行不良であるということが結びつかなかったからだ。
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