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第2話
しおりを挟む「えぇ? いまから?」
親友からの突然の連絡に、柚希は耳を疑った。
『そう! いまスタジオアルトにMAINS入ってるって!!』
「ほんと?!」
『潤也も来てるよ!』
携帯越しに聞こえてくる周囲の雑音からすると、結構人が集まってきているのだろう。
「わ、わかった! とりあえずそっちに向かうね!」
テレビ局で潤也に偶然遭遇して以来、柚希のファン熱はいっそう拍車がかかっていた。
というのも、潤也のことを考えていないと、ふとした拍子にあのときの翔太とのやりとりを思い出してしまうのだ。これではどちらのファンなのかわからない。柚希は、また翔太へと流れてしまう考えを無理やり切り替えると、大急ぎで出かける準備に取りかかった。
現地に到着してみると、すでにアルト前は女の子たちの集団で大混雑していた。楽屋口がある裏の通りには、いたるところにファンの姿がある。
柚希はとりあえず親友の姿を探そうと、警備員と女の子たちの間を縫って歩き始めた。
「里菜、どこだろ?」
親友である里菜こと石野里菜は、同じMAINSのファン仲間で高校からのつきあいになる。MAINSのメンバーである野々宮圭が大のお気に入りで、自分にMAINSを薦めた張本人だ。
MAINSとは、芸能界大手と言われる事務所・ユニバース社に所属する、桃原潤也のM、赤城雅宗のA、野々宮圭のN、染井翔太のSという頭文字に、ファンの意味を込めたIを加えてデビューした4人組のアイドルグループである。
歌に踊りにルックスにと、どれをとっても魅力的な彼らは、いまやトップアイドルの地位を確立している。
デビュー直後から追いかけている柚希は、目の前の光景を眺めながら改めていまの人気の高さを実感していた。
「柚希っ!」
人垣の向こうに里菜の姿を見つけて、柚希は手を振り返した。
なんとか女の子の大群をかきわけて進むと、場所を確保してくれていた里菜が自分の隣に引き入れてくれた。
「間に合ったねー」
「ん、なんとか。駅の中、チョー走っちゃったよ」
柚希がおかげで疲れたとつぶやくと、里菜が慰めるように肩に手を回した。そしてそのままこっそり耳打ちする。
「今日はシークレットゲストだったみたい。現場仲間からLINE来て、あたしマジ焦っちゃった」
「さすりなw それにしても、いい場所確保したね」
柚希は辺りを見渡しながら感心した。
里菜が立っていた場所は、ちょうど地下駐車場出入り口の通りを挟んだ真っ正面で、この位置なら車に乗り込むメンバーの姿が見られるだろう。
スタジオアルトは楽屋口と駐車場出入り口が離れているため、車を通りに待機させて、アーティスト本人が歩いて出てくるのだ。それはMAINSも例外ではなく、こうして少しでもその姿を見ようとファンがそれぞれ思い思いの場所を陣取っていた。
「ふふ、感謝してよね。……でも、ほんとはあの自販機の前にいたかったんだけどねー」
里菜が名残惜しそうに見た自販機の前とは、楽屋口へ続く通路と従業員入り口の間にあるスペースで、確かにあの場所なら、アルトから出てきたMAINSを車に乗り込むまで一番近くで見ていられるに違いない。
ただそのスペースも、いまは強面の警備員が終始立っていて、立ち止まらないように声を張り上げている。
「仕方ないよ、今日は人が集まり過ぎ」
「うん、まぁアルトだし」
「そうそう、久々のアルトだし」
柚希と里菜はお互いに顔を見合わせ、久々に生のMAINSに会えると笑いあった。
もちろん、柚希にとっては今週二度目の遭遇になるのだが。
現場の空気が、急に密度を増したような気がした。
従業員口から何人ものスタッフが出てきて、それぞれ出入り口周辺と人垣が出来ているところにスタンバイする。
もうすぐMAINSが来る。
誰かが言わなくてもその空気が伝わって、自然に柚希たちにも緊張が走った。
辺りが息をひそめたように静かになったとき、駐車場のサイレンが鳴って、中から一台のワゴン車が出てきた。
運転席と助手席以外の窓を真っ黒なスモークガラスで覆われたそれは、間違いなくMAINSの車だ。
車が通りに停車したと同時に、楽屋口のドアが開いた。
「来た!」
耳元で里菜の声が聞こえたのが最後だった。
その後は、ファンのもの凄い歓喜の声と黄色い悲鳴にかき消されてしまう。
だがそんなことよりも、柚希は自分の背中に感じた圧力にあせっていた。
「ちょっ、押さないでよ!」
一目でも姿を見たいというファンの心理からか、どんどん柚希の身体が前に進んでしまう。結局、柚希は後ろからおもいっきり突き飛ばされてしまい、通りに飛び出してしまった。
「柚希! こっち!」
見れば里菜も同じように押し出されてしまったらしく、ちゃっかりあの自販機近くまで移動してしまっている。
仕方ない。柚希は気を取り直して里菜のところまで走った。それを合図に、スタッフが止めるのも聞かずファンが大きく通り側にあふれてしまった。かろうじて車が抜けるだけの道はあの強面の警備員たちによって確保されているが、どうやらそれだけで精一杯のようだ。
「へへ、やったね」
MAINSを見る絶好のポジションには、自分たちの他にほんの数名のファンしかいない。
里菜は悪びれもなくそう言って、楽屋口をのぞき込んだ。先ほど出てきたのはマネージャーとメンバーの雅宗のようで、里菜はお目当ての圭が出てくるのを心待ちにしていた。
柚希も負けじとのぞき込んだとき、ちょうど楽屋口に潤也の姿が見えた。
「あ……」
思わず里菜の腕を掴んでしまった柚希は、そのままこっちに向かって歩いてくる潤也に見とれてしまう。しかもその後ろにはちょうど圭もいたようで、里菜の方も柚希の背中を掴んだまま放心していた。
やがて、潤也と圭が自分たちの前を通り過ぎて車に乗り込むと、一気に身体中の力が抜けたのがわかった。
「圭、カッコいい……」
「ち……近かった…………」
またしても。
なんだか、今年の幸運を全部使いきったような気がする。
柚希が今週起こった潤也関連の出来事を思い出していると、突然後ろから歓声が上がった。
そこら中の視線が自分たちの後ろに向いているのが目に入って、柚希が後ろを振り返ろうとしたときだった。
ぽんっ、と誰かが自分の肩を叩いた。
それに続いて、なぜか周囲のざわめきが大きくなる。
「え…………」
振り返るのと通り過ぎるのはほとんど同時だった。
視界に入ったのは、あのさらさらした茶髪と。
「よぉ」
まるで面白いものでも見つけたかのような、染井翔太の黒い笑顔だった。
「ちょっとぉ……。いったいあんた、翔太と何があったのよぉ?」
あの後、大混乱となった現場から自分の腕を引っ張って逃がしてくれた里菜は、やっと落ち着いたとばかりにそう唸った。
こういう里菜の機転の速さには、毎回感謝してもしきれない。
注文したアイスティをすすりながら、恨めしそうにこっちを見ている里菜の姿に、柚希はつい先日起こった出来事を話すことにした。
「そっかぁ。だからあんな態度だったのね」
「うん、そうだと思う。一応、お仕事絡みだから里菜にも言えなくって……」
ごめんね。
「大丈夫。柚希があの仕事を大事にしてるってことは、ちゃんと分かってる」
「里菜……」
「これでも、柚希がいきなり学校やめちゃったときは超心配したんだから」
そう、柚希は高校生活を2年でリタイアしていた。
どうしても教室の空気に馴染めずどんどん不登校になっていって、ついには逃げるようにやめてしまった。それでも里菜とクラスが一緒だった1年の頃は、結構真面目に通っていたのだが。
「だから柚希を元気にしてくれたあの社長さんには、一応、感謝してる」
「……ありがと」
柚希は初めて聞く親友の言葉に、改めて感謝した。
「でも、」
「ん?」
どこか晴れ晴れとした柚希の様子に、里菜が苦笑しながら言った。
「…………柚希、これからどうすんの?」
翔太とのこと。
「あ…………」
あの場所でのやりとりは、その場にいたほとんどの人が見ている。
もちろんその中には、翔太の熱心なファンもいるわけで。
「ま、頑張れ」
柚希は、次の現場ではそんなファンの子たちに会わないよう、心の底から願った。
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