おシゴトです!

笹雪

文字の大きさ
6 / 16

第6話

しおりを挟む

 窓から光が差していて、柚希は眩しさで目を覚ました。
 今日はいつもより気持ちがいい。
 普段、寝起きがあまり良い方ではない柚希は、珍しくすっきり目が覚めたことで、なんだか朝から嬉しくなってしまった。
 まだ完全に開こうとしない目を、大きく伸びをすることで起こそうとした柚希は、そこで初めて自分の腰の辺りに違和感を感じた。
「……んん…………?」
 何かがっしりとした重いものが巻きついている感覚に、柚希の意識が急激に浮上してくる。
 うっすらと目を開けて見れば、見覚えのない窓が視界に入った。

「…………は?」

 いや、見覚えがないわけではない。
 正確に言えば、なぜ自分の視界にその窓があるのかがわからない。
 柚希は、一気に目を覚まして現状を確認した。



(ふ、服は……、着てる。……身体も平気そう。で、肝心な……)
 先ほどから背後に感じる生暖かい熱の正体を確かめるべく、柚希は恐る恐る後ろを振り返った。

「っっ!!!」

 思わず叫びそうになった口を必死で抑える。
 そこには案の定、この部屋の主で自分のクライアントでもある翔太が眠っていた。
(……なっ、なに? ……これは、いったい何が起こったのっ!?)
 翔太の部屋、しかも寝室のベッドの上で、なぜかバスローブ姿の翔太と一緒に寝ていた自分。
 自分の格好は昨日と同じとはいえ、翔太はバスローブ姿のままで寝入ってしまったらしく、また胸元が盛大にはだけていた。
 とりあえず身体だけは離しておこうと、柚希が音を立てないように上半身を動かせば、自分の腰に巻きついていた翔太の腕が、何を思ったのかぐいっとまた引き寄せてしまった。
 そのままぎゅうっと腕の中に抱き込まれてしまえば、翔太のはだけている上半身がぴったりと背中にくっついてしまう。
 起きたときよりも密着した格好に、今度は柚希の方が固まってしまった。

(ど……どうしよう…………)

 動けない。
 服越しに感じる翔太の胸板に、柚希は半ば混乱して泣きそうになっていた。
 だが、しばらくすると背中の方から小刻みな震えが伝わってくる。

「……ッ、……くくっ……」

 誰かが必死になって息をこらえている。
 そしてここには、自分と翔太しかいないわけで。

「っ、ちょっと!!」
「ふッ、あっはははははは!」

 ようやく事態に気付いた柚希が大声を上げると、翔太は盛大に吹き出していた。
 あれほど強かった腕の拘束もいつのまにか解かれていて、柚希は真っ赤になって飛び起きる。振り返れば、翔太が苦しそうにおなかを抱えて笑っていた。
 こんな風にからかわれるのも、クライアントの家に泊まってしまったのも、なにもかもが信じられない。
 まさか自分からベッドに入ったとは思えず、柚希は翔太をにらみ付けた。

「あー腹いてぇ、笑った笑った」
「笑ったじゃありません! 説明してください! なんであたしが……っ!!」

(ベッドにいるんですかっ!!!)
「ストップ」

 叫ぼうとした声は、翔太の手のひらで止められてしまった。
「……んな心配すんな、なんもしてねーよ」
「じゃあなんで……」
 昨日、翔太に引き止められてベッドのそばに座り込んだまでは覚えている。そのまま眠ってしまったのなら、今日自分は床の上で目を覚ましたハズだ。
「おまえが床に転がってたから、俺がこっちに入れてやったんだよ」
 なぜか得意げにそう言った翔太が、相変わらず露出が激しい上半身を起こして柚希の頭を勢いよく撫でた。
「おかげでよく眠れただろ?」
「うっ…………」
 確かに、気持ちよくていつもの倍は寝てしまった。
 図星を突かれた柚希が返答に困っていると、ふとあることを思い出した。
「そういえば、熱は……」
「もう下がった」
 そう言う翔太をまじまじと見れば、顔色がいいとは言えないが、昨日よりはだいぶまともな気がする。
 柚希の視線が気になったのか、翔太がやれやれと肩をすくめた。


「こういう仕事してると、年に何度かあんな風にあるんだ。別に病気じゃねぇから、いつも寝てりゃ治る」
「でもそれじゃ、しょ……染井さんの身体が、持たないと思うんですけど……」
 思わず友だちと話しているようないつもの調子で翔太を呼びそうになって、柚希は慌てて言い直した。
 たとえ知っている人でも、仕事中は区別したい。柚希はそんな風に考えてしまう、いまどきの若者には珍しい固いタイプの人間だった。
 だが、そういう柚希の態度を翔太は気に入らなかったらしい。有無を言わさず柚希の肩を掴むと、そのままベッドへ押し倒した。

「な、なにっ?!」

 柚希の上には、にやりと笑う翔太の姿。
 しかもそのまま半裸の上半身を落としてきて、柚希は手で押さえるわけにもいかずぎゅっと目を閉じた。
 自分の身体を守るように胸元で交差させた腕に、生暖かい何かが触れた。

(む、む、胸が! たくましい大胸筋がっ!)

 柚希が悲鳴を上げそうになったときだった。

「翔太」

 半分パニックを起こしかけている柚希に向かって、翔太がそう言った。

「…………は?」

 恐る恐る目を開けて見ると、驚くほど近く翔太の顔がある。

「……染井さん?」
「却下」
「えぇ?」
「……………」

 翔太が、じっと柚希の答えを待っていた。
 そのあまりに真剣で強い視線は、まるで自分がそう呼ぶまで動くつもりはないと言っているようだ。

「しょ、翔太……」

 真っ赤になりながらも柚希がそう言った瞬間、翔太は心底嬉しそうに笑ったのだった。



***** ***** ***** ***** *****

 柚希は、せっせとキッチンで動き回っていた。
 昨日、事務所に終了報告はもちろん、なんの連絡もなしにクライアント宅に宿泊してしまった柚希を待っていたのは、社長である徳川からのきついお叱りと、今日一日ただ働きというペナルティだった。
 ただ、柚希の行為はれっきとした規則違反なので、むしろこれだけで済んで良かったのかもしれない。
 柚希は先ほど目にした光景を思い出した。

『すみません。僕が急に体調を崩してしまって、河奈さんに無理を言って引き止めてしまったんです』
『これは僕にも責任があるので、どうか大目に見てあげてください』

 そこには、いつもテレビやファンの前で見せるやんちゃな翔太ではなく、初めて見る年相応の大人な翔太がいた。
(あんな顔も出来るんだぁ…………)
 柚希は思い出す度に緩んでしまう口元を、はっとして押さえた。



 いくらその原因であるこの部屋の主がいないとはいえ、思い出し笑いは恥ずかしいし、癖になる。
 柚希は気を取り直して最後の料理をタッパーに詰めると、冷蔵庫へ押し込んだ。
 これで一週間くらいは持つだろう。
 マネージャーからの呼び出しで出掛けて行った翔太に頼まれて、柚希が腕を振るった料理の数々が冷蔵庫の中に並んでいる。
 我ながら完璧、と満足していたところに、部屋のチャイムが鳴った。
 翔太だろうか。
(鍵でも忘れたのかな……?)
「…………はい?」
 柚希がインターフォンを取ると、付属の小型モニターに映し出されたのは見知らぬ女性の姿だった。
 いや、この場合、見知らぬという表現はあまり正しくないのかもしれない。

『……誰? 翔太は?』

 モニターの中から険しい表情でこちらを見ていたのは、いま人気ナンバー1と言われている女優の二階堂静香ニカイドウ シズカだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

公爵夫人は愛されている事に気が付かない

山葵
恋愛
「あら?侯爵夫人ご覧になって…」 「あれはクライマス公爵…いつ見ても惚れ惚れしてしまいますわねぇ~♡」 「本当に女性が見ても羨ましいくらいの美形ですわねぇ~♡…それなのに…」 「本当にクライマス公爵が可哀想でならないわ…いくら王命だからと言ってもねぇ…」 社交パーティーに参加すれば、いつも聞こえてくる私への陰口…。 貴女達が言わなくても、私が1番、分かっている。 夫の隣に私は相応しくないのだと…。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

処理中です...