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第7話
しおりを挟む家政婦の鉄則。
それは、クライアントのプライベートに口を出さないこと。
この仕事をする上で、それは当たり前のルールで、最低限守らなければならないことだ。
柚希はひとり、ホテルのカフェラウンジで頭を抱えていた。
「お待たせっ!」
そこへ、ようやく待ち人の明るい声が響いた。
「ごめんね、遅くなっちゃって」
「ううん、平気」
現れたのは友人であり、MAINSのファンの里菜で、今日はこれから一緒にあるものを見るために集まったのだ。
「それより、今日は教えてくれてありがと」
「うん! 今回はあたしたちの運が良かったんだよ!」
里菜はピースしながら向かい側のイスに腰掛けると、寄ってきたウェイターに軽く手を振ってコーヒーを頼んだ。ウェイターの方も苦笑しながらテーブルに水を置くと、慣れた様子でそのまま行ってしまった。
それもそのハズ、ここは里菜のアルバイト先であり、ついさっきまで彼女もこのフロアの一員だったのだ。
柚希がここにいるのも、そんな里菜から急な呼び出しがかかったからに他ならない。
実は今日、里菜のアルバイト先が入っている渋谷ルークシティホテルで、とある化粧品ブランド立ち上げの記者会見があるのだ。
そして、そのCMキャラクターに起用されたのが、MAINSだった。
本来ならばニュースのワイドショーなどで見て、初めて記者会見場所がわかったりするものだが、今回は里菜のおかげでこうして先回りすることが出来たのだ。
「……場所はあそこにある芙蓉の間だから、この場所にいれば人の出入りは完璧に見れるよ」
そう言って、里菜がこっそりと通路の奥を指差した。
このホテルは、1階受付ロビーの奥に大きな宴会場があった。
よく企業や芸能人の記者会見に使われるその場所は、出入り口が里菜の勤めるカフェラウンジの一角から丸見えだったのだ。
「全員来るかな?」
単発のCMともなると、メンバーを代表して1人が来ることも多く、会見に全員が揃わなかったりする。
「んー、特にいまは他で仕事もなさそうだから、大丈夫じゃない?」
今、MAINSとしてはレギュラー番組を3本、ソロでは潤也と雅宗がそれぞれドラマを終えたばかりで、他のメンバーに新番組などの撮影が入っているという噂はない。
それだけ全員が揃う可能性が高いのだ。
「そっか、楽しみ!」
柚希は久々に生で潤也が見れることに、ほっとして笑顔を見せた。
「あれ? いまの二階堂静香じゃない?」
「えっ……」
辺りがにわかに騒がしくなって、何人ものスーツ姿の人間が会場へ吸い込まれていった。
その中に、確かに見覚えのある女性がいたような気がして、柚希は息をのんだ。
(……なんであの人が…………)
「なんだろ? まさか共演する、とか?」
里菜の何気ない一言に、柚希は顔を強張らせた。
なんだか嫌な感じがする。
「あっ、圭だぁ」
里菜の弾むような声を聞きながら、柚希は一昨日あった出来事を思い出していた。
『……誰? 翔太は?』
そう言った静香は、いま出掛けているという柚希の言葉にあからさまにムッとすると、強引に中へ入ってきた。
『いいから、開けて』
「え……、でも…………」
『大丈夫よ、あたしがここに来ることは、翔太も知ってるんだから』
そこまで言われてしまえば、柚希に選択の余地はない。
1階のオートロックを開けると、静香は迷うことなくそのまま部屋まで来てしまった。その慣れた感じに、柚希は軽くショックを受けていた。
(…………やっぱり、か、彼女、とか……?)
何故か冷たいものが背筋を伝ったような気がした。
「で、あなたは?」
納得がいく答えを貰うまでは、追求をやめないとでもいうような強い口調に、柚希は慌てて手を振った。
ここで誤解されても困る。
「わたしは、染井さんからのご依頼で派遣されている、ただのハウスキーパーです!」
「ハウス、キーパー…………」
「そうなんです」
改めて社名と名前を名乗ると、静香はようやく表情を緩めた。
(良かった、なんとか誤解されずに済みそう……)
そう、と短くつぶやいた静香は、何を思ったのか急ににっこりと笑顔を見せた。
そして。
「じゃあ、もうここはいいから」
「えっ……」
「出てってくれる?」
「柚希? おーい、柚希ってば!」
はっとして我に帰ると、里菜が目の前で手を振っていた。
眺めていたハズの会場のドアはすでに閉ざされており、関係者は全員中へ入ってしまったようだった。
(……あ、あれ?)
「もう、どうしたの? 潤也、入っちゃったよ?」
「あ、ちょっと、……ボケてた?」
「しっかりしてよ~、せっかく全員揃ってるんだから」
呆れた口調の里菜に内心苦笑すると、柚希はごめんと素直に謝った。
(……そっか、翔太も来てるのか……)
自分のクライアントが芸能人というのも初めてなら、こういう現場で顔を合わせてしまうのも初めてだ。
しかも相手が翔太だけに、見つかったらまた声を掛けてくるかもしれない。
(うう……、どんな顔すればいいんだろ…………)
「やっぱり、変」
その言葉と同時に、里菜が柚希のおでこを指で弾いた。
「変、……かな?」
「うん、ものすごく。……なんか、あたしに隠してない?」
「えぇ!?」
思わず大げさな反応をしてしまった柚希は、慌てて口元を押さえた。
これではまるで隠し事があると言っているようなものである。
「…………柚希ちゃん」
「な、なんでございますか……」
「もしかして、翔太に関係ある?」
「っ!!」
里菜の言葉に、ゴクリと喉が鳴った。
いまここで口を開いたら、言わなくてもいいことまで言ってしまいそうだ。
柚希は覚悟を決めて、次の里菜の言葉を待った。
「まさか、担当降りちゃいそう……とか?」
(…………はい?)
「ま、まさかっ!!!」
担当を降りるというのは、いままで追いかけてきたアイドルのファンをやめて、別のアイドルのファンになることを意味する。
里菜が疑っていたのは、柚希が潤也のファンから翔太のファンになるのではないかということだったらしい。
柚希はとんでもないと首を振った。
「ふーん……」
意味深な表情をしながらこちらの様子をうかがっていた里菜は、柚希のあまりに必死な訴えに、まぁ別にいいんだけど、と小さく笑った。
「…………あたしは、潤也のファンだよ」
何かを取りつくろうように言ったその言葉は、どこか軽くて、いまにも消えてしまいそうだった。
もしかして里菜には、自分がそんな風に見えているのだろうか?
会場の扉が開いた。
どうやら記者会見が終わったようだ。
中から黒いスーツを着た男性スタッフが大量に出てきて、その黒い波にまぎれるように、MAINSと二階堂静香が出てきた。
細身ですらりとした潤也はどこにいても目立っていて、柚希は安心してその姿を眺めることが出来た。
(あ…………)
不意に見覚えのある茶髪が柚希の視界に入った。
翔太だ。
柚希は突然自分の視界がせまくなったような気がした。
翔太から目が離せない。
やがて翔太の姿が見えなくなるまで、柚希はじっとその後ろ姿を見つめていた。
「……ねぇ、さっきの話、なんでそう思ったの?」
柚希は、急に先ほどの言葉が気になって、自分の目の前に座る里菜に視線を合わせた。
「んー、なんていうか、長年の勘?」
「そう……」
予想通りの回答にほっと息をついた柚希に、なんとなくなんだけど、と里菜が続けた。
「いまの柚希って、まるで誰かに恋してるみたいなんだもん」
(恋……、っ、誰に?)
柚希は一瞬だけよぎったその姿に、呆然としてしまった。
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