オタクおばさん転生する

ゆるりこ

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「では、勇者様を返してもらおうか」

「返すって……でも、あんたらこの国の人間じゃないよね」

 居丈高に言い放つ兵士を一瞥して、東良(スキンヘッドがチャーミングな男B)が言った。

「そうだな、その紋章には嫌というほど見覚えがある」
「うんうん。あの腕輪をはめてくれたお姫様もやたらその紋章がついたもの持ってたからなぁ」
「その紋章が付いた剣も、王様にもらったなぁ。折られたけど」
「………何の話だ? とにかく、勇者様を返せ! 我々の国のものだッ! 我々が貰い受けると決定されているのだからな!」

 酒場が、しんと静まり返った。

「───ものかぁ」
「まぁ、そうだったんだよなぁ。やっぱ」
「うーん、ここでとやかく言い合うのもなんだから、とりあえず、お城まで送っていこうか」

 怜美(運び屋J)がフード付きのコートの中からごそごそと何かを取り出した。

「なにそれ? 生き物?」

 覗き込んだ柿崎は、それをみて言葉を失った。○ケモンに出てきたような生き物がいる。
 それの顔?に口を寄せて怜美が何やら囁くと、手のひらに乗った真っ赤なそれはキューィと返事のように鳴き返した。

「こ、言葉が通じるの?」

 眉間に皺を寄せた怜美が嫌そうに頷いた。

「あのミユキさんが作ったくそまずいコンニャクを食べたら会話できるようになったわ。キャサリンさんが食べてくれたら全員と話せたんだけどね! 妾はそのようなものは食いとうないとか言うから……コンニャクは嫌いじゃないんだからせめて味噌田楽とかおでんだったら……あ、はいはい、外に出ますよ」

「トカゲじゃないよね?」

 兵士達はムッキーで強面な男達に脇へと押しやられ、囲まれたまま扉に向かい歩き出す勇者達を、ただ見ているしかなかった。修道士のような服を着た男の手のひらに乗るものは、トカゲなどではないからだ。手のひらの上のそれは徐々に大きくなっている気がする。顔面蒼白で口をぱくぱくさせながらも絞り出すように声を出し、質問した。

「お、おい? そ、れは……り……竜、ではないのか?」
「ああ、よくわかりますね。さすがだなぁ」
「え……?」
「邪悪な竜らしいですよ?」

 ナイスガイTが白い歯をきらりと光らせて無駄にいい笑顔で答えるが、兵士達にはそれどころではない。一歩、また一歩と後ずさった。この世界の人間には、物心ついたときから、いや、この世に生まれ落ちたときから、寝物語や子守歌、おとぎ話に始まり、成長しても教会や学校、果てには職場まで、ことあるごとに語り継がれ、たたき込まれていることである。

 竜だけは、竜にだけは絶対に関わってはいけない。

 この世界を脅かしている邪悪な竜でさえ、倒すのではない。封印するのだ。それも異なる世界から勇者様にきていただいて、封印していただくのである。この世界のものは誰ひとり、竜に触れることすら許されないのだ。いや、おそらく一般の人間はその一生の中で竜を垣間見ることすらないだろう。
 竜鱗一枚でも、家族三世代で誰かひとりでも見ることができるかどうか、手に入れることが出来たならなど、想像すら出来ないほどのものであった。もしも竜に傷一つでも負わせでもしたなら、その者の一族郎党住んでいる村まで根絶やしにされるといわれている。
 神の使いか、神そのものか───。

 ただ後を追うしか出来なくなった兵士達がおたおたと表へ出ると、ギルドの前は騒然としていた。皆、一斉に空を見上げている。訝しげにそれに習って空を見上げた兵士達が目にしたものは……

「ワイバーン?」

 いや、ちがう。辺りを見回し、目当てのものを見つけた兵士は叫び声を上げそうになった。先ほどの背が高い、修道士のような服を着た男の肩に、男の頭よりひとまわりほど大きくなったがいて一緒に上空を眺めている。慌てて近寄ってくる兵士に、男はにやりと笑った。その周りにいる屈強な男達も上空を眺めながら、笑っている。

「お、おい? あれは……?」

 上空を旋回している十数頭の巨大なものの群れを見ながら、かすれた声で問うてみると、男はあっさりと答えてくれた。

「竜ですね~」

 おい、なんか、あのオバさんの言い方に似てないか? と北尾がぼやきながら軽く睨んでいたが、怜美は気づかないふりをする。確かに間延びした言い方は似ていたかもしれない。気をつけなければ。
 ギルド兼酒場から出て、道なりに進んだところに大きな広場がある。怜美はみんなに合図をして、そこに向かって走り出した。あの兵士達は地面に膝をつき、ただただ呆然と空を見上げたままだ。誰も空から目を離せない。生まれて初めて見るはずのものなのに、誰もが皆、確信している。笹神と秋月も驚きに目を見張らせつつも何とか走り出す。柿崎も一緒に走りながら、興奮して訊いてきた。

「なにあれ、なにあれ、なにあれ」

 肩に乗ったキャサリンが答えるように、鳴いた。
 それを合図に旋回していた竜の群れの一頭が下降を始め、他の竜もそれに追随する。そして見上げていた街の人々が、息を呑むような、叫び声のような、声にならない悲鳴のような声をあげる中、まるで空から広場まで、一本の道を駆けてくるかのように、それらは降り立ちこうべを垂れる。




 総勢二十頭の、竜であった。




『じゃ、お願いします』
『皆の者、よろしく頼む』

 怜美(運び屋J)とキャサリンの声を合図に男達を乗せた竜が翼を広げ、浮かび上がる。眼下に広がる風景に、竜に乗った面々は感嘆の息をついた。

「おおおおお! すげーっ! すごすぎだぁ! みんな! こっち向いてこっち!」

 そんな中、スマホを構えた柿崎と笹神が動画だか写真だかを撮りまくっている。もちろん、 秋月も無言で熱心に映している。このメンバーが竜に乗っている映画など見たこともないからだ。しかし柿崎からスマホを向けられとりあえずの笑みを浮かべた後、周囲を見回して小さなため息を吐き、呟いてしまった。

「ファンタジーが……似合ってない……」

 

 ハーレーかアメ車、あの人はドイツ車、戦車にセスナに軍用ヘリ……。黒煙の中、銃器を手に走り回っていて欲しい……と密かに思った秋月なのだった。






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