オタクおばさん転生する

ゆるりこ

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77 森の中のふたり 後編

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 自分の想いが通じればよいがと念じながら、イークレスは口を開いた。

「こゆみさま。私は大歓迎です。非常に大歓迎です……。けれど差し出がましいようですが、こゆみさまの世界には、その、ご家族やご友人が……。それにこちらにはない物がたくさんあり、とても便利だと伺いました。それでもこちらに? 私はとてもとても大歓迎なのですが……」

 大事なことなので三度言うと、こゆみが赤くなった。きっと通じたに違いない。

「でも、あの、イークレスさんはどうして私なんかを……」
「こゆみさま、いけません」

 こゆみの柔らかな唇に人差し指で軽く触れると思った以上に柔らかく、しかし弾力性があり、違う方向に思考が飛びそうになるのを根性で耐えるとイークレスは眉をハの字にして首を横に振った。こゆみの唇に触れた指を己の口に含みたかったが、それは今ではないのだ。

「ご自身を、なんかなどとおっしゃっては、私が悲しくなります」

「イークレスさん、ありがとうございます。その、大丈夫です。向こうの世界には私を好きなひとはもうすぐいなくなるんです。私が好きなのは、ひとりだけ、おばあちゃんだけでした。おばあちゃんには手紙を書きます」
「え……?」
「両親は、たぶん私がいなくなって困ることはあっても悲しむことはないし、ぎ……兄はよろこぶんじゃないかなと思います」

 言葉を失うイークレスに、こゆみはあっさりとした口調で続ける。

「友達は、作ると叱られるので小学校の時に、あ、小さい頃ですね、七歳くらいかな、に作るのをあきらめたので同じクラスだったひとしかいないし──会いたい人ってもう、おばあちゃんだけだったけどそのおばあちゃんも去年の秋から入院していて、もう私のこともわからなくなってたから……もう元には戻らないってお医者さんに言われました。。来る前にお見舞いにも行ってきましたし、寝顔も見てきたから大丈夫です。………ごめんなさい」

「?」

「何だか、こちらにいたいから、イークレスさんのこと好きだって言ってるみたいですねってイークレスさん!?」

 イークレスの両目から涙があふれ出ていた。

「すみません! やっぱりダメですよね? でも、何とかこっちに残りたいんです。これから先イークレスさんに嫌われたとしても、私のことを好きだって生まれて初めて言ってくれた人がいるここに、居たいんです。……回復魔法を使ってひとりで生計を立てることとかできないでしょうか? え?」

「──です……」

 覆いかぶさるように抱きしめられたこゆみの耳に届いたのは、掠れたイークレスの声だった。

「理由など何でもいいのです。私を好きだと言ってくださるだけで、ここに居たいと言ってくださるだけで、嬉しいんです。ありがとうございます」

「イークレスさん……」

「同じ世界で生きていれば、努力もできるし希望が持てます。それから、過去形ではありません。私は今も、これからもずっとこゆみさまを愛しています。そして、あなたのお役に立てるのなら、どんなことでも致します。ご自由にお使いください」

 ご自由にお使いくださいって、何だかちょっと違う、とこゆみは感じたが気にしないことにした。

 初めて会ったときから距離感がない人だったがそれはきっと異世界仕様だか種族特有の仕様で、好意を真に受けると後で傷付くのは自分だからと、フィルターにかけて本当の好意は1/100くらいなのかと思うことにしていたのだ。たまたま自分に回復することができる魔法が使えて聖女とか言われたから大事にしてくれるのだろうと思っていた。しかし、石になる直前にみたイークレスの表情と耳に残る絶叫、その直後に見た彼の涙と笑顔で、もしかしたら、と感じた。もしかしたら本当なのかもしれない、いや、もう違っていてもいい。自分の勘違いでも思い込みでもいい。あの時ほんの少しでも本当に好きでいてくれたに違いないのだ。
 あんなに真っ暗で静かで恐ろしい場所で、ずっとたったひとりで見守っていてくれたのだから。自分のことを好きだと言ってくれる人に出会えたここで、そのひとを想いながら生きていければ、それはそれでいい気がした。

「ここにいても、いいですか?」
「ここにいてください。どこにも行かないでください。私と共に生きてください」

 強くぎゅっと抱きしめられ、こゆみは思い出す。そういえば、今まで誰からも抱きしめられたことなどなかったし、抱きしめたこともない。おずおずとイークレスの背中に両手を回し、ためらいがちに力を込めるとその背中が一瞬ピクリと揺れたが更に強く抱きしめ返してくれた。

「きれいだなぁ」

 優しく風が涙で濡れる頬を撫でてゆき、色とりどりの光がシャボン玉のように揺れている。こゆみは涙でぼやけた若葉色の空を見上げて思わず呟いた。そして自分を抱きしめ頭上で号泣するイークレスに気持ちを疑ってしまっていたことを心からの懺悔し、感謝をしたのだった。








 ……その後、男の愛がかなり重すぎることにこゆみが気づくことになるのは、また別のお話である。



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