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87 夜のお話 その2
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ミユキはこゆみに一緒に世界樹のほうへ行くよう促した。
イークレスが射殺さんばかりの視線を送ってきたが、安心させるためににこりと笑みを返すと泣きそうな顔で見送ってくれた。少し離れるだけなのに大げさである。
焚火から離れるので暗くなるかと思ったが、精霊だか妖精だかがふよふよと光りながらついてくるので、いい塩梅に明るかった。ふたばとカケルがじゃれあいながら走り回り、その後をコウスケがゆったりと歩いている。二人で話したいことがあるからと言うと、カケルとコウスケは少し離れたところでふたばと遊ぶことにしたらしい。
かいつまんで聞いたこゆみの家庭の事情は、なんというか、重苦しかった。
意思疎通のない継母と義兄との生活。
家事全般をするのはまぁ家庭の事情もあるだろうからとやかく言えることではないことかもしれないと千歩譲って、オバさん力を丸出しにしながらしつこく聞くと、ろくに会話もしていないというのにビックリだった。
だけど感謝されてたのでは?と、訊くと何も言われたことがないというではないか。義兄からのダメ出し以外は。
なので今日は焼うどんを作ったり、ご飯を炊く前にお米を研いだりしただけで、みんなから美味しかったと言われたことがとても嬉しかったと笑みを浮かべていたのだ。
ひととしてやってもらったら礼を言うのは当たり前だとミユキは思う。
例え毎回毎回言えなくても、少女が毎日毎日家事をして、世話をしてくれているのだから、せめて食事の時に「おいしいね」とか大掃除の後「お風呂きれいになったね」とか「お茶ありがとう」とか、何か一言あるんじゃないの? 何も言わないなんて信じられない。情けない。
ミユキは拳を握り締めた。
「あの──」
「その、おばあさまは、その?」
こゆみは黙って頷いた。
「眠ったままでしたが、意識はあるような気がして、旅行に行く前に病院に行ってきました。おばあちゃんはわたしが高校で何でも、したいことをできるようにって、受験の時から週三回家事代行の人を入れてくれていて、その人が食事も作り置きしてくれるんです。それで旅行も怒られずに行けたから、だからお礼を言って……でも、やっぱり眠ったままで──何かあったらすぐ戻るからって、連絡してもらうようお願いしてきましたが……」
「そうでしたか」
こゆみがほろりと涙をこぼした。
「おばあちゃん、スマホも買ってくれて、使い方も覚えてくれて、毎日メールして、絵文字も使ってくれて……ほんとは、おばあちゃんといたかったけど、でも、あっちに行ったらもう、こちらには戻れないんですよね?」
「そうみたいですね」
一方通行だと、そう見習い天使さんは言っていた。
「……私はここにいたいです」
「わかりました」
え?とこゆみが目を見開いた。
はい?とミユキが首を傾げる。
「え、あの、戻るように説得されるのかと……」
「いえ、人が決めたことには基本反対しないので」
「……でも、帰ったみんなが……」
1人だけ行方不明だなんて、みんな困るんじゃないか、とこゆみは俯いた。
「それでですね、あの、その、すごく残酷なことをしてしまうことになるんですけど、これをやったらこゆみちゃんが傷つくと思うし、あっちの人も悲しむとはわかってるんだけども……」
「?」
「もう、本当に後から帰ろうと思っても帰る場所がなくなってしまいますけども……?」
壁のような世界樹の幹にミユキが手を当てると、その場所にぼうっと光が集まってくる。
(あれ? なんだこりゃ)
手の大きさくらいだった光がどんどんと広がっていき、ミユキの背丈以上の大きさになったところで光が更に輝きを増した。
「ミ、ミユキさん?」
「え? いや、なに?」
慌てたミユキの手を眩い光の中から出てきた手ががっしりと掴んだ。振りほどけない力である。
(なんかとてつもなくマズい気がするんですけど!?)
「ひっ……」
こゆみが小さな悲鳴をあげた直後、一陣の風が舞う。
判ってはいたが一応ミユキは振り返り、こゆみを背に庇うイークレスを一瞥した。何かを感じとったらしいイークレスは青い顔で頭を下げる。
「その、申し訳ございません……心配で、決して盗み聞きしていた訳では……」
「………いえ別に(守ってるんだろうけどなんだろう、この男のマメさ加減、なんかムカつくのは何故だろうか)」
「なになになに? 何かあったの?」
元気に駆けてくるカケルに怜美やさっきのJKや他の高校生達……仲良くなっているらしく良かったよ──にエルフ族──全員集合だ。皆さん何気にミユキとこゆみが気になっていたのか気にしていたのか……。
(あぁ、またしても話が進まない気がするよ)
ぐいぐいと手を引っ張られ、負けずに引っ張り返しているとますます光が強くなってくる。
そしてその光の中から現れたのは──
またしても、イケメンだった。
イークレスが射殺さんばかりの視線を送ってきたが、安心させるためににこりと笑みを返すと泣きそうな顔で見送ってくれた。少し離れるだけなのに大げさである。
焚火から離れるので暗くなるかと思ったが、精霊だか妖精だかがふよふよと光りながらついてくるので、いい塩梅に明るかった。ふたばとカケルがじゃれあいながら走り回り、その後をコウスケがゆったりと歩いている。二人で話したいことがあるからと言うと、カケルとコウスケは少し離れたところでふたばと遊ぶことにしたらしい。
かいつまんで聞いたこゆみの家庭の事情は、なんというか、重苦しかった。
意思疎通のない継母と義兄との生活。
家事全般をするのはまぁ家庭の事情もあるだろうからとやかく言えることではないことかもしれないと千歩譲って、オバさん力を丸出しにしながらしつこく聞くと、ろくに会話もしていないというのにビックリだった。
だけど感謝されてたのでは?と、訊くと何も言われたことがないというではないか。義兄からのダメ出し以外は。
なので今日は焼うどんを作ったり、ご飯を炊く前にお米を研いだりしただけで、みんなから美味しかったと言われたことがとても嬉しかったと笑みを浮かべていたのだ。
ひととしてやってもらったら礼を言うのは当たり前だとミユキは思う。
例え毎回毎回言えなくても、少女が毎日毎日家事をして、世話をしてくれているのだから、せめて食事の時に「おいしいね」とか大掃除の後「お風呂きれいになったね」とか「お茶ありがとう」とか、何か一言あるんじゃないの? 何も言わないなんて信じられない。情けない。
ミユキは拳を握り締めた。
「あの──」
「その、おばあさまは、その?」
こゆみは黙って頷いた。
「眠ったままでしたが、意識はあるような気がして、旅行に行く前に病院に行ってきました。おばあちゃんはわたしが高校で何でも、したいことをできるようにって、受験の時から週三回家事代行の人を入れてくれていて、その人が食事も作り置きしてくれるんです。それで旅行も怒られずに行けたから、だからお礼を言って……でも、やっぱり眠ったままで──何かあったらすぐ戻るからって、連絡してもらうようお願いしてきましたが……」
「そうでしたか」
こゆみがほろりと涙をこぼした。
「おばあちゃん、スマホも買ってくれて、使い方も覚えてくれて、毎日メールして、絵文字も使ってくれて……ほんとは、おばあちゃんといたかったけど、でも、あっちに行ったらもう、こちらには戻れないんですよね?」
「そうみたいですね」
一方通行だと、そう見習い天使さんは言っていた。
「……私はここにいたいです」
「わかりました」
え?とこゆみが目を見開いた。
はい?とミユキが首を傾げる。
「え、あの、戻るように説得されるのかと……」
「いえ、人が決めたことには基本反対しないので」
「……でも、帰ったみんなが……」
1人だけ行方不明だなんて、みんな困るんじゃないか、とこゆみは俯いた。
「それでですね、あの、その、すごく残酷なことをしてしまうことになるんですけど、これをやったらこゆみちゃんが傷つくと思うし、あっちの人も悲しむとはわかってるんだけども……」
「?」
「もう、本当に後から帰ろうと思っても帰る場所がなくなってしまいますけども……?」
壁のような世界樹の幹にミユキが手を当てると、その場所にぼうっと光が集まってくる。
(あれ? なんだこりゃ)
手の大きさくらいだった光がどんどんと広がっていき、ミユキの背丈以上の大きさになったところで光が更に輝きを増した。
「ミ、ミユキさん?」
「え? いや、なに?」
慌てたミユキの手を眩い光の中から出てきた手ががっしりと掴んだ。振りほどけない力である。
(なんかとてつもなくマズい気がするんですけど!?)
「ひっ……」
こゆみが小さな悲鳴をあげた直後、一陣の風が舞う。
判ってはいたが一応ミユキは振り返り、こゆみを背に庇うイークレスを一瞥した。何かを感じとったらしいイークレスは青い顔で頭を下げる。
「その、申し訳ございません……心配で、決して盗み聞きしていた訳では……」
「………いえ別に(守ってるんだろうけどなんだろう、この男のマメさ加減、なんかムカつくのは何故だろうか)」
「なになになに? 何かあったの?」
元気に駆けてくるカケルに怜美やさっきのJKや他の高校生達……仲良くなっているらしく良かったよ──にエルフ族──全員集合だ。皆さん何気にミユキとこゆみが気になっていたのか気にしていたのか……。
(あぁ、またしても話が進まない気がするよ)
ぐいぐいと手を引っ張られ、負けずに引っ張り返しているとますます光が強くなってくる。
そしてその光の中から現れたのは──
またしても、イケメンだった。
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