オタクおばさん転生する

ゆるりこ

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「そういえば、おばさんは?」

 青銅色の髪をしたスコンベルが心配そうにサルモーに訊いている。サルモーは曖昧に笑った。

「奥で寝てるよ。今日も朝から調子がよくないらしくて……」

「そっか……」

 なんだか全員がしんみりしたところに、遠くで鐘の音が鳴る。スクイラが明るく声をかけた。

「さあさあ、サルモー、ミユキ様をお部屋にご案内しておいで。お疲れでしょう?」

「あ、こんな時間か。そろそろ帰らないといけないね。シルーシスの家は大騒ぎじゃないかな。今頃」

 ロンブスが何気に言ったので、シルーシスは思い出したように顔を上げた。

「あ、忘れてた。そうだった…… 親父様が帰って大騒ぎしてるんだろうな、今頃」

「お祝いするって言ってたよ。じゃ、行こうか」

 ロンブスが立ち上がり、アングイラとシルーシスも立ち上がった。

「スクイラさん、今日はご馳走様でした」

「いえいえ! たいしたものも出せず、おみやげまでいただいて」

 ロンブスとアングイラは実家から大量の菓子を持ってきていた。全員大喜びで食べ尽くしてしまったが。

「では、失礼いたします。みんな、おやすみなさい」
「おやすみなさい」

「ミユキ様、ちょっとお願いします」

 店から出たミユキに、ロンブスは小さな袋を手渡してきた。やはり、重い。

「黙ってお受け取りください。オストレア家から預かってきました」

「いえ、もう頂きましたし」

「……ミユキ様は、本当にこの街を出て行かれるのですか?」

「そのつもりです」

「勇者様達とご一緒に城で生活されたいとか、ございませんか? ……もしそうでしたら」
「すみません、それはないです」

「では、お受け取りください。あって困るものではないはずです。そして出来ましたら」

 ロンブスはニコニコと笑いながら、お願い事を言い残して、帰っていったのだった。




「ミユキさん! お部屋に案内しますよ」

 サルモーがにこにこしながら走り寄ってきた。ありがたいけれど、その前に、とミユキは腰を落として目線を合わせる。

「よければ、お母さんに挨拶させていただけますか? おごちそうとお宿のお礼におまじないをさせてください」

「っ」

「おまじないは効かないかもしれないけれど、まあ、気は心、ものは試しって言うしね。私の国では一宿一飯の恩という言葉もありまして、とにかく泊めていただく以上は試させてください」

「サルモー?」

 スクイラが訝しげに息子を見たので、ミユキは立ち上がって、愛想よく説明した。

「え~、実はワタクシは遠い国からやってきたまじない屋でございます。勇者様達に混じって、間違いでこの世界にやってきてしまいましたが、勇者様達の力には遠く及ばないとはいえ、一子相伝の我が家に伝わるおまじないで、家内安全商売繁盛交通安全安産祈願、皆様が健康でいらっしゃいますよう細々とお願いをして回っているのでございます」

 なんだかすらすらと舌先三寸よく回るようになってきた。ちょっと詐欺師っぽいけども。

「はぁ」

「父さん! お願い!」
「おじさん、お願いします」

 なんだかんだで手を惹かれるようにして、厨房の奥の部屋の前まで案内されていく。全員がついてきていた。子供達、もしかしてずっと、言い出せなかったのか?

「母さん、起きてる?」
 小さくノックをしてサルモーがドアを開けた。薄暗い部屋の奥の窓際にベッドがあり、布団の下で人が身じろぎしたのがわかる。

「失礼します」
 部屋に入り、枕元の小さな灯りを頼りにベッドに近づくと、つらそうに身を起こそうとする女性がいた。

「妻のモラです。ここ数ヶ月、ずっとこんな感じで……」

 息が荒い。ずっと……微熱が続いているのだろうか? かなり痩せている。原因も何もわからないけれど、こんな病気も治るのだろうか?

 とりあえず、気合を入れまくってやってみることにした。そっとモラの手を握り唱えだす。

「なーおる治る 何でも治る~ルルラララ~」

 気合を入れまくっても、出てくる呪文はテキトーであった。

「ぴぴ○まぴぴる○ぷり○んぱ ぱぱ○ほぱぱれ○ど○みんぱ」

 は! これじゃ大人になってしまう。だってサルモー君の頭を見てたらこれしか浮かばないんだもの。
 病気の元は消えてしまえ~~   とにかくとにかく元気にな~れ

 妙にあせりながら目をつぶって念じていると、気づかないうちに緑色の光が部屋中に充満していた。

「こ、これは……?」

 驚くスクイラにサルモーがしっと口に指を当てて黙らせる。開け放してあったドアから緑色の淡い光は厨房に抜け、食堂いっぱいに広がり、宿全体を包み込み、更に隣の酒場、両隣の家に広がっていった。その光は更に広がり、家路を急ぐシルーシス達も包み込んで広がっていく。そして、街全体を飲み込む勢いで追い越して行った。

「な……に?   これ……まさか?」
「おい、これって……」
「あーあ……   ここまで届くんだ」

 呆れたようにロンブスが笑う。

「先に帰ってて。ちょっと用事を思い出したから」

 ライト、と小さく呟くと足元を照らしてロンブスは走り出した。2人も慌てて追いかける。

 息を切らして宿に戻ると、淡い光がすっと身体に溶けていった。奥から悲鳴のような声が聞こえる。

「わあぁぁぁっ!   父さん!?」

「どうしました!?」

 ロンブスが駆け込んだ先には、ベッドの上で笑い転げるサルモーの母親と、ピンクブロンドの髪を、艶やかになびかせるスクイラが呆然と立ち尽くす姿があったのだった。






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