剣豪、未だ至らぬ

萎びた家猫

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試合と仕立屋

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「…はい、これでエントリーは完了です。今回出場されるロイ様は選手控室での待機をお願いします」

 そう言いながら闘技場の受付嬢は自身の後方にある入口へロイを案内をする。

「先生、レヴィルさん行ってきます!!」

「ああ」

「はい、頑張って下さい!!」

 二人にしばしの別れを軽く済ませたロイは受付嬢の後ろをついて行く。その姿が見えなくなるとロイとレヴィルは観客専用の入口へと向かった。

「ロイ様は大丈夫でしょうか…先日目をつけられるようなことをしてしまった手前、正直少し心配です」

 観客専用エリアへと移動している最中にレヴィルは、先日起こった騒動について憂いていた。その事を知らないウィルは不思議に思い何があったのか尋ねるが、レヴィルは少し言いづらそうな面持ちで白状する。

「実は…」カクカクシカジカ

「…お前も意外と抜けているところがあるのだな?ここでそんな事をすれば問題になることなどすぐわかるだろうに…」

「はい、私も冷静になって考えて…やってしまったなぁ、と…」

「まあ、ロイのことだ何かしらあっても上手くやるだろう」

 そんな会話をしていると闘技場の観客専用エリアへと到着する。観客専用エリア内は先日とは違い多くの人でごった返していた。基本的に選手用のエリアしか入ったことのないウィルはこの闘技場の観客専用エリアにいる人の多さを見て少し驚く。

「ここは普段からこんなに人が多いものなのか?」

 ウィルの質問を聞いたレヴィルは、闘技場の天井付近に垂れ下がっている掲示板に書かれた出場選手の一覧を確認する。

「えぇと…あ、どうやら今日はランカー同士の試合が組まれているようですね。恐らくそれが原因でしょう」

「ランカー同士か。昔はあまり人同士の戦闘は人気がないと思っていたのだが、最近はそうではないのか?」

「そうですね。最近は逆に人同士の戦闘のほうが人気が高いですよ。ただこの試合が人気なのは最低でも順位が100位以上…つまりランカーしか参加できない試合形式ということもあるとは思います。下位同士の戦いを観たがる方はあまりいませんからね」

「それはそうか。それでロイはいつ頃出るんだ」

「ロイ様は…どうやら3試合目のようですね。ちょうどランカー同士の試合の次に試合を組まれているようです」

「なるほど。賭けはここに慣れているお前に任せるがそれでいいか?」

「ええ構いませんよ。試合は早くても2時間ほどはかかると思われますが、ウィル様はどうされますか? 私はここで他の方の試合など観戦しながら待とうかと考えています」

「少し外を散策してくる。ロバートがいたせいで最近は殆ど動けていなかったからな。体を少しは動かさないと鈍ってしまう」

「了解しました。ではこちらをお渡ししておきますね」

 そう言うと懐から何やら青色の小さい石を取り出しウィルへと渡す。それを受け取ったウィルはマジマジとその石を見ながらこれが何なのかを尋ねた。

「これは?」

「念關《ねんせき》と呼ばれる魔道具です。簡単に説明するとお互いと意思疎通が困難な状況下で、簡単な信号を遠隔で送ることが出来る物になります」

 そう言うとのレヴィルはもう一つ懐から念關《ねんせき》を取り出し魔力を込める。するとウィルが受け取った念關《ねんせき》が少し震える。

「この様に特定の波長を持った念關《ねんせき》の片方に何かしらの異常を感知しすると震えたり、光ったりするんです」

「便利だな。狩りなどで使えそうだ」

「残念ながらこれはそれなりに高価なものなので、終わった回収させていただきますね? それはともかく時間が近づいたらこちらの念關《ねんせき》に魔力を通しますので、ウィル様が持った念關《ねんせき》が震えたら戻ってきてください」

 最初は念關《ねんせき》をいくつか譲ってもらおうかと考えていたが、貴重なものであることを聞いたウィルは回帰石と似たようなものか…と素直に諦めた。

「ああ、わかった」

 そう言うとウィルは軽くてを上げて別れの挨拶をした後に観客専用エリアの出口へと向かって行き、その後ろ姿をレヴィルは静に手を振りながら見送った。





 ウィルは闘技場を出ると正面にある広場を抜け、人通りの少ない路地裏へと入っていった。

 ウィルが入った路地裏は昔来たときと同様に嫌に湿っており、地面の至る場所に苔が生え、虫が大量に這っている。普通の人であればあまり長居はしたくないような場所をウィルは気にする様子もなく進んでいく。

 そのまま迷路の様に入り組んだ路地裏を数分進んでいくと急に行き止まりへと差し掛かる。

「場所も変わらずか」

 ウィルは一言そうつぶやくと行き止まりの壁へと向かって歩いてゆく。そして…

 ウィルは壁へとぶつかること無く通り抜け先程の裏路地とは別の場所へと移動…いや、転移した。

 その場所を表現するなら屠畜場…それも解体しているのは動物ではなく恐らくは人間と思われる肉塊を吊るしている。そしてその肉塊を解体している二人の人物へとウィルは声をかけた。

「相変わらず悪趣味な革細工を作っているのか【仕立屋《レザーマン》】?」

 そう言うウィルに解体作業をしていた一人が手を大きく広げながら近づいてきて、もう一人の男は軽く頭だけを下げ作業を再開した。

「おや?おやおやおやぁ? これは懐かしいお客さんが来ましたねぇ。いらっしゃいウィルさん、今回はどんなご要件で?」

 近づいてくる【仕立屋《レザーマン》】と呼ばれた人物は大きめのエプロンを身にまとい、顔には目元以外が隠されているマスクを付けていた。ウィルは【仕立屋《レザーマン》】と呼ばれるこの男と数年前に知り合い何度か仕事の依頼をしていた。

 その仕事内容は…

「ああ、仕入れてほしい情報がある」

 情報の売買であった。先日ウィルが王都で会った【繋屋《つなぎや》】はあくまでも依頼の結果を契約している依頼発注者に伝える役割を任せられた者達の総称である。

 今回会った【仕立屋《レザーマン》】は契約先の受注者である。

「ほう、貴方が私に依頼するということは相当な内容なのでしょうね。さて一体どんな情報ですか?」

 ウィルが【仕立屋《レザーマン》】に依頼をするときは決まって大きな事件や重要な仕事であることを知っているため、【仕立屋《レザーマン》】本人もふざけること無く真剣に耳を傾ける。

「ここ数ヶ月に起こった【虎牙の剣鬼】が関与している事件とその殺害方法だ」

 【虎牙の剣鬼】という単語を聞いた【仕立屋《レザーマン》】は何かに気がついたように顎に手を当てながら答える。

「ああ、それなら知っていますよ。先日情報を売りに来た人がいたので、資料はいくらか揃ってますよ」

「そうか。いくらだ?」

「内容を確認しないでもいいんですか?」

「お前らが下手な情報を交渉の場で使わないことは誰でも知っているからな」

「へへ…それでも完全に信用してくれてるのはウィルさんくらいなのもんですよ?まあ、だからあらかじめ用意しておいてるんですがね?」

 あらかじめ用意しているという発言にウィルは一瞬眉をひそめる。
 
「やはり動向を探っていたのか」

「そういう商売なものでね。もちろんウィルさんが生きてる内は売ったりなんかしませんよ?死にたくないですからねぇ」

「それならいい。それで値段は?」

 さっさと終わらせたいウィルに対して【仕立屋《レザーマン》】は少しも考える素振りをする。

「そうですねぇ。正直この情報はウィルさん以外買いたがる方はいませんから安めにしておきますよ。3000エリスでどうでしょう」

「わかったこれが金だ」

 そう言うとウィルは金が入った袋を近くのテーブルに置く。その袋の中身を確認するとマスクの穴の奥でニヤリと目が歪む笑うのが見える。

「確かにいただきました。じゃあ、ここで少し待っていてくださいね? マイケル貴方も少し休んでいて下さい。」

「…」

  作業をしていた人物が作業する手を止め、無言で頷くと【仕立屋《レザーマン》】は屠畜場の奥へと引っ込んでいった。残されたウィルとマイケルと呼ばれた人物は静に戻ってくるのを待った。
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