剣豪、未だ至らぬ

萎びた家猫

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影鬼と小鬼

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「クソッ!!」

 試合開始から数分が経過し未だ攻めあぐねているロイに、疲労による焦りが次第と見え始めていた。

「まさか自分と戦うのがこんなにやりづらいなんて……ッ!?」

 そうつぶやいている最中にロイの眼前を影人の剣先が横切った。ロイはその攻撃を愚痴を漏らしながらも、辛うじて影人の攻撃を避ける。

 しかしロイの体力が限界に近いというのは、観客の誰から見ても明らかであった。

 そんなロイに対して疲労という概念が存在しない影人は、ロイの状態を見て防御一点の戦法から積極的な攻撃姿勢へと変化させていく。

「戦法を変えてきた!?クソッ自分の分身ながら、いやらしい戦法使いやがって!!」

 影人が大幅に戦法を変えたことで、ロイは一瞬たじろいでしまう。影人はその隙を見逃さず、一気に攻め続けると次第に攻防が逆転していた。

(このままじゃやられる!! どうすれば……)

  ロイは影人の剣での攻撃を剣でいなしながら、逆転の目を考える。

どうすれば相手の裏をかけるか?

先生やレヴィルさんならどう切り抜けるか?

もし自分なら次にどう切り抜けるか!?

 考えれば考えるほどに、思考は底無しの沼へとハマってゆく。そしてついに…

「痛っ……!?」

 影人の斬撃がロイの右脇腹をかすめた。幸い戦闘続行が不可能なほどの重症ではないが、確実に次の行動には支障が来す程度の傷。

 ロイのしまったという思考は、影人のさらなる攻撃によって中断させられる。

「グッ……!? 重っ!?」

  影人が剣を横に振るった勢いを利用して繰り出した回転蹴りが、たった今傷を負った箇所に直撃する。

 だがロイもただ黙ってやられているわけではない。ロイは直撃した脚を片腕でがっしりとホールドし、足首の関節を締め上げる。

 急に脚を固定されたことで影人は、次の攻撃を出すことを中断せざるを得なくなった。その光景をロイは見逃さず次の行動に移る。

 それは過去に自らの父に習った、相手のバランスを崩しながら極めた部位を破壊する体技。

「捕まえたぞ真っ黒野郎!!」

堅豪流【締崩《しめくず》し】

 影人の足首を腕で縛りながらロイは、影人の脚を回転させバランスを崩させようとするが…

「……ッ!? やっぱり無理か……!?」

 その攻撃を受けた影人は、急にもう片方の脚で地面を力強く蹴って飛び上がった。そして飛び上がった反動と体全体の反りを利用し、無理やりロイの拘束を引き剥がして距離を取る。その攻防に観客は歓声を上げる。

 試合場内は観客の声は聞こえないものの、姿は見えているので盛り上がっていることは見て取れる。その熱狂的な姿は声が聞こえなくともロイの闘志を僅かながらに勢いづける。

「今度はこっちから行くぞ真っ黒野郎!! 再度攻防逆転だ!!」

 ロイは気がついていた。自らと同じ流派、同じ思考、同じ体格の持ち主と戦うことの難しさを……だが同時に決して勝てない相手ではない、ということにも気がつく。

(こいつは先生やレヴィルさん、騎士団のみんなと比べたら全然強くない。自分の思考がわかるから相手はここまで善戦できているだけ…じゃあ逆だって同じだ)

 ロイは難しく考えるのをやめた。ただ俺なら俺の攻撃をどう対応するのか……ただその一点のみに思考を集中する。

(裏の裏まで読み切ろうなんて考えは無駄だ。今の僕にはそんな事できない。そう……出来ないんだ)

「だったら俺の思考を再現したお前も同じだろ!!」

 ロイは一気に攻める。縦横斜めの斬撃を絶え間なく放つ。勿論それだけでは相手にすぐパターンを読まれてしまう。

 だから自分の持てる技や魔法をすべて使う。果ては幻術から奇術まで……自分が知る全ての力を使い切り相手を撹乱させる。

堅豪流はなんでもありの流派。

 強くなるためならば一切のためらいも持たずに、普通なら忌避される外法にすら手を伸ばす。

 どこまでも純粋な……強さへの渇望が生み出した忌々しい武術。だがそんな武術の中で最も異彩を放つのが……

「喰らえ!!」

 ロイの連撃の末にとうとう、影人の肩付近に剣が突き刺さる。影人は咄嗟に剣を握りこれ以上動かすのを食い止めようとする。

 しかしその行動を見たロイが叫ぶ……

「無駄だ!!」

 ロイは剣を握りながら、後ろを向きを変え…まるで釣り竿を遠くへ投げるように、全身全霊で剣を振るう。

「うぐぐっ……!! おっりゃあ!!」

 なんとロイは突き刺した剣を影人ごと、思いっきり自らの前方へと振り落とす様に投げてしまった。

堅豪流 【霊落《たまお》とし】

 そう堅豪流の真髄は……その異様な筋力を身につけるための鍛錬と身体強化。ロイは旅に出てからもその鍛錬だけは欠かさず、更にはウィルの師事で身体や魔法の操作練度を向上させていた。

「このまま叩きつけて終いだああああ!!」

 真っ逆さまに投げ落とされている影人は、片腕を頭の上にかかげ、どうにか受け身を取ろうとするも……その抵抗もむなしく腕ごと頭を地面に強打した。腕はあらぬ方向へとへし折れ、頭部は明らかに元の形から変形している。

 もしこれが人間であれば即死。助かる見込みゼロのえげつない一撃を放った少年……ロイを目の当たりにした観客は静まり返ってしまう。

「僕の…勝ちだ!!」

 しかしそんな事を知らないロイは、高々に腕を上げ勝利を宣言する。すると観客から一斉に歓声が上がった。





「これはちょっと予想できなかったですね」

 試合場で勝ち名乗りを上げるロイを見ながら、レヴィルは心底驚いた表情をしている。

「ああ、まさかあそこまで上手くやるとはな……」

 それはウィルも同じであるらしく、表情を崩さないまでもその言葉には驚愕の感情がこもっていた。

「予想は一部外れてしまいましたが、十分修行の成果は合ったのではないですか?」

「いや、予想は当っていたようだ」

「えっと、それって……?」

 ウィルの発言に困惑するレヴィルは、ウィルの手元を確認すると何やら小さい紙が握られている。

「もしかしてウィル様もロイ様にかけていらしたんですか?」

「……」

「興味がないなんて意外……とは思っていましたがすでに買っていたのなら納得です」

 そう言いながらレヴィルはクスクスと笑う。ロイも少し気まずそうに話し始める。

「……まあ、オレも男だからなこういうのにはそれなりに興味はある」

 そこでレヴィルはウィルがいくら賭けたのか確認しようと尋ねる。

「因みにいくら賭けたんですか?」

「3万エリスだ」

「へ?」

 ロイの発言にレヴィルは完全に固まる。

「ロイが相手を死傷させて勝つに3万エリス賭けた」

「えっと…つまりは……」
 
 レヴィルは上のボードを恐る恐る確認する。そこに書かれていたのは……

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
本日の最高獲得倍率
勝利での決着 & 致死による決着
獲得倍率……9.25倍
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 つまるところ賭け額の3万エリスが獲得倍率9.25倍の、277,500エリスへと化けてしまったということになる。

 ギルド中堅の平均月収が2~3万エリスであるこの世界の基準で考えると、目が飛び出すほどの金額。文字通り数年は遊んで暮らせる額である。

「す……スゴい。騎士団の特別給料より多い額を見たのは初めてです……」

 騎士団における特別給料は国から直接与えられる褒賞であり、命の危機がある任務などで支給さる。主に戦争等がその対象である。

「これであの魔法具が買えるのだな?」

「ええ、買えはしますが……ウィル様、この様な賭け方は今回限りにしたほうがよろしいかと……」

「そもそもこういった場でしか賭けはしない」

「それなら良いのですが……」

 ウィルの思いっきりの良い賭け方……というよりも頭の悪い賭け方に若干引くレヴィルは本気で心配している。それがわかっているウィルも今後はこういったことは控えるように誓う。

「それよりもうすぐロイも戻って来る。オレ達も払い戻しに行こうか」

「それもそうですね。ウィル様のは流石に大金ですから、ちゃんと管理専用の魔道具に入れてくださいね?」

「何だそれは」

「……まさかそのまま袋に入れて持ち歩くつもりではないんですよね?」

「そのつもりだったが」

「……わかりました。私の魔道具を貸しますので、しばらく使ってください。国からの支給品なので後で返してくれたら構いませんので」

 そう言いながらレヴィルは懐にしまい込んでいた、小さな紙を取り出す。

「これを受付に渡すと私が預けていた魔道具をにお金を収納してくれます。それを受け取ってください」

「便利なものがあるのだな」

「そこまで値の張るものではありませんので、2つくらいは持っていると便利ですよ」

 そんな話をしながら二人は受付へと向かった。受付2到着し受付嬢に賭けの紙を渡すと、受付嬢が金額を見てを青ざめながら裏に引っ込んでいった。

「なんなんだあれは?」

「アハハ……まあまあ金額が金額ですからね……」

 そうやってしばらく受付で待っていると、今度は偉そうな人物が出てきた。そして裏の専用ルームでお話があると言い二人を案内しそれに従うようについて行く。

 結論から言うと……金額が多いため、しばらく時間を要するというものだった。交換用のチケットと、後日お金を入れた魔道具を交換するという流れで両者納得し話が終った。

一方のロイは……

「あれぇ? 先生達どこいったんだろう?」

 観客席で観客達にもみくちゃにされながら、居ない二人を探すために彷徨っていた。

 結局3人が合流できたのはそれから30分後であった。
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