蝶々の夏

月丘きずな

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プロローグ

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 最近仲良くなった葉という男は、晴に横顔ばかり向けている気がする。キラキラと音がしそうなほど輝いている瞳は、今は赤いチューリップにとまる黄色い蝶に夢中だ。金曜日の五限目の最中だからか、大学の中庭はやけに静かである。この中庭は葉の城だ。花壇の前に二人でしゃがみ込んで、一体どれほど時間が経っただろう。
「ねえ、葉くん」
 隣の彼の名前を呼ぶと、彼は小さな声で「うん」と答えた。その目は未だに蝶を捉えている。そんな葉にムズムズするのは、端的に言えば晴は葉と話がしたいのだ。特に用事があるわけでも無いけれど、くだらないことを話して楽しく笑っていたい。他の友人相手なら願う前に至極当然に叶う願いだろう。もしかしたら当たり前のことでありすぎて願いもしないことかもしれない。それが葉相手になると途端に難易度が高くなるのだから不思議だった。
「葉くん」
 もう一度呼びかけてみると今度は返事もない。この晴を蔑ろにするだなんて、随分といい度胸だ。自分で言うのもどうかと思うけれど、晴は昔から人間関係に苦労したことなどなかった。生きていれば男女問わず人が寄ってきて、晴はいつだって主人公だったのだ。それが葉の前では全く通用しないらしい。少し不貞腐れた気持ちになりながら膝の辺りで頬杖をつく。こんなに相手にされないならそろそろアルバイト先に向かおうか。まだシフトには早い気がするけれど、寂しい気持ちにさせた葉が悪い。一つ息を吐いて、立ちあがろうと足に力を入れる。
「晴」
 もう少しで立ち上がると思ったところで名前を呼ばれた。その声と共に晴を振り返った葉は、なぜだか嬉しそうに笑みを浮かべている。
「なに」
 晴は怒っているのだ。でもやっと晴を見てくれたことが嬉しいのも事実で、心の中に喜びと怒りが複雑に混在している。
「モンキチョウ、可愛いな」
 それはきっと黄色い蝶の名前なのだろう。晴は少しも虫が好きではないから、正確にはよくわからない。でも否定する気持ちにはなれずに、適当に頷いて見せた。それに対して葉はさらに嬉しそうに微笑む。
「晴と一緒にこうしていると、すごく楽しい」
 そこまで言われてしまえば、悪い気はしないというものだ。にやけそうになる頬を強引に引き締めて、「そう?」だなんて言ってみる。葉は丸い目を優しく緩めて「そうだよ」と応えた。
 それから葉は再び蝶を観察し始めてしまった。その横顔を、頬杖をついたままに眺める。まるで落とし穴にハマった気分だ。まんまとたらし込まれて、こうやって彼の隣から離れられない。晴はそんな自分に少し笑って、黄色い蝶が羽ばたくまでそのままでいてやるのだった。
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