蝶々の夏

月丘きずな

文字の大きさ
2 / 16

第一話

しおりを挟む
 葉の髪は、葉特有の甘栗色をしている。きっと染めているわけでもないのだろう。話すようになってすぐの頃、話のタネに「いい髪色だね」と言ってみたら、「昔から太陽をいっぱい浴びたからかな」とほにゃほにゃ意味がわからないことを言っていた。今日も太陽をいっぱい浴びたのだろう甘栗色を一番後ろの席から眺める。ちょっと癖っ毛なところが彼らしい。
 学科が異なる葉とは、時たま基礎科目で講義が重なることがある。葉はだいたい所属する生物学科の友人と窓際の前の方の席で受講するため、後方の座席を好む晴が話しかける機会はほとんどなかった。友人に笑いかける横顔は若葉みたいだ。葉は今日みたいに木々が青々と綺麗な時期の生まれだろうか。少し考えてみるだけでも、葉という名前はなるほど随分と趣深い。
「また見てる」
 隣から聞こえてきた声に思わず体を跳ねさせた。反射で振り向くと、親友の真が目を細めて晴のことを見ている。
「……なんだよ」
「今、葉のこと見てたね」
 確かに見ていたから、図星すぎてきまりが悪い。「見てねえよ」と小さく言うと、「へえ、そうですか」と雑な相槌が言葉が返ってきた。
 この真という男は、端正で気が利いて、誰よりも誠実な男だ。でも葉のことになると途端に面倒な人間になる。それは多分、二人が幼馴染同士であるからなのだろう。葉を晴へ紹介したのは真であるくせに、やけに晴の行動に厳しいのだ。
「本当、葉のこと好きだね」
 揶揄うように言われると、つい反論したくなる。それでも否定的なことは言いたくなくて言葉に詰まった。
「俺は晴を心配してるんだよ」
「……心配?」
 唐突に始まった先の読めない話に、真の放った単語を繰り返す。
「そう。葉の高校時代までの異名、知らないだろ」
「異名って、何それ」
「その名も、イケメンホイホイ。意味わかるか」
 イケメンホイホイ、と口の中で呟いてみる。つまり、葉の周りにはイケメンが寄ってくるということだろうか。確かに葉は可愛らしいイメージだけれど、間違いなく男なのだ。中庭で蝶々を追いかける葉にイケメンが群がる様子を想像してみたら少し面白い。
「意味わかんない」
「わからないだろ。葉も本当は女の子に好かれたいらしいよ」
「そうだろうね」
 男という生き物ならば、当然可愛い女の子に好かれたいに決まっている。女の子は可愛い。晴を遊びに誘ってくれる子たちは、みんな欠かさずおしゃれをして、晴を立てて気持ち良くしてくれる。
「まあ、葉だって女の子にモテないわけではないけどさ」
「……」
 真の言葉は事実なのだろう。わかっているつもりでも納得がいかないことはある。葉は、朗らかで明るくて、穏やかだ。外見も爽やかで可愛らしい。虫や生物を変態的に愛しているというだけで、異性から好まれないわけではないことくらい理解できる。でも、妙に納得がいかない。なぜだかすごく嫌なのだ。全く面白くない。
 黙ったまま不貞腐れた晴を見て、真が自らの眉間を指差した。おそらく皺が寄っていることを晴に教えているのだろう。
「晴って面白いな」
「なにがだよ」
「お前、女の子が好きだろ?」
「はあ?」
「今日も南さんたちと遊ぶくせに」
「真も行くだろ」
「まあ、行くけど」
 そう白々しく返した親友に肩を竦めて、それから自然と葉の方を見た。それは本当に、なんとなく見てしまっただけなのだ。また真に何か言われると慌てて視線を逸らそうと思った時、友人に囲まれて楽しそうにしていた葉と目が合った気がした。その瞬間、パッと表情を明るくした彼の様子に、心がふわっと晴れやかになる。晴は嬉しそうに手を振る葉へ応えるために手を軽くあげた。でもそれとほぼ同時に不安になったのは、隣の真が慣れたように手を振ったからだ。葉は誰に手を振りたかったのだろう。真だけに向けてだとしたら恥ずかしすぎる。それでもあげかけた手を下げるわけにはいかないから、葉へ向けてひらりと手のひらを向けてみせた。
「晴が見過ぎたせいで気づいたね」
 面白そうにそう言った真の言葉は「ふん」と無視して、今度は緑が茂る中庭へと視線を向けるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

サラリーマン二人、酔いどれ同伴

BL
久しぶりの飲み会! 楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。 「……え、やった?」 「やりましたね」 「あれ、俺は受け?攻め?」 「受けでしたね」 絶望する佐万里! しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ! こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

先生と俺

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 ある夏の朝に出会った2人の想いの行方は。 二度と会えないと諦めていた2人が再会して…。 Rには※つけます(7章)。

【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました! 応援ありがとうございました! ******************* その日、澤下壱月は王子様に恋をした―― 高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。 見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。 けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。 けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど―― このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。

病弱の花

雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

処理中です...