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第一話
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葉の髪は、葉特有の甘栗色をしている。きっと染めているわけでもないのだろう。話すようになってすぐの頃、話のタネに「いい髪色だね」と言ってみたら、「昔から太陽をいっぱい浴びたからかな」とほにゃほにゃ意味がわからないことを言っていた。今日も太陽をいっぱい浴びたのだろう甘栗色を一番後ろの席から眺める。ちょっと癖っ毛なところが彼らしい。
学科が異なる葉とは、時たま基礎科目で講義が重なることがある。葉はだいたい所属する生物学科の友人と窓際の前の方の席で受講するため、後方の座席を好む晴が話しかける機会はほとんどなかった。友人に笑いかける横顔は若葉みたいだ。葉は今日みたいに木々が青々と綺麗な時期の生まれだろうか。少し考えてみるだけでも、葉という名前はなるほど随分と趣深い。
「また見てる」
隣から聞こえてきた声に思わず体を跳ねさせた。反射で振り向くと、親友の真が目を細めて晴のことを見ている。
「……なんだよ」
「今、葉のこと見てたね」
確かに見ていたから、図星すぎてきまりが悪い。「見てねえよ」と小さく言うと、「へえ、そうですか」と雑な相槌が言葉が返ってきた。
この真という男は、端正で気が利いて、誰よりも誠実な男だ。でも葉のことになると途端に面倒な人間になる。それは多分、二人が幼馴染同士であるからなのだろう。葉を晴へ紹介したのは真であるくせに、やけに晴の行動に厳しいのだ。
「本当、葉のこと好きだね」
揶揄うように言われると、つい反論したくなる。それでも否定的なことは言いたくなくて言葉に詰まった。
「俺は晴を心配してるんだよ」
「……心配?」
唐突に始まった先の読めない話に、真の放った単語を繰り返す。
「そう。葉の高校時代までの異名、知らないだろ」
「異名って、何それ」
「その名も、イケメンホイホイ。意味わかるか」
イケメンホイホイ、と口の中で呟いてみる。つまり、葉の周りにはイケメンが寄ってくるということだろうか。確かに葉は可愛らしいイメージだけれど、間違いなく男なのだ。中庭で蝶々を追いかける葉にイケメンが群がる様子を想像してみたら少し面白い。
「意味わかんない」
「わからないだろ。葉も本当は女の子に好かれたいらしいよ」
「そうだろうね」
男という生き物ならば、当然可愛い女の子に好かれたいに決まっている。女の子は可愛い。晴を遊びに誘ってくれる子たちは、みんな欠かさずおしゃれをして、晴を立てて気持ち良くしてくれる。
「まあ、葉だって女の子にモテないわけではないけどさ」
「……」
真の言葉は事実なのだろう。わかっているつもりでも納得がいかないことはある。葉は、朗らかで明るくて、穏やかだ。外見も爽やかで可愛らしい。虫や生物を変態的に愛しているというだけで、異性から好まれないわけではないことくらい理解できる。でも、妙に納得がいかない。なぜだかすごく嫌なのだ。全く面白くない。
黙ったまま不貞腐れた晴を見て、真が自らの眉間を指差した。おそらく皺が寄っていることを晴に教えているのだろう。
「晴って面白いな」
「なにがだよ」
「お前、女の子が好きだろ?」
「はあ?」
「今日も南さんたちと遊ぶくせに」
「真も行くだろ」
「まあ、行くけど」
そう白々しく返した親友に肩を竦めて、それから自然と葉の方を見た。それは本当に、なんとなく見てしまっただけなのだ。また真に何か言われると慌てて視線を逸らそうと思った時、友人に囲まれて楽しそうにしていた葉と目が合った気がした。その瞬間、パッと表情を明るくした彼の様子に、心がふわっと晴れやかになる。晴は嬉しそうに手を振る葉へ応えるために手を軽くあげた。でもそれとほぼ同時に不安になったのは、隣の真が慣れたように手を振ったからだ。葉は誰に手を振りたかったのだろう。真だけに向けてだとしたら恥ずかしすぎる。それでもあげかけた手を下げるわけにはいかないから、葉へ向けてひらりと手のひらを向けてみせた。
「晴が見過ぎたせいで気づいたね」
面白そうにそう言った真の言葉は「ふん」と無視して、今度は緑が茂る中庭へと視線を向けるのだった。
学科が異なる葉とは、時たま基礎科目で講義が重なることがある。葉はだいたい所属する生物学科の友人と窓際の前の方の席で受講するため、後方の座席を好む晴が話しかける機会はほとんどなかった。友人に笑いかける横顔は若葉みたいだ。葉は今日みたいに木々が青々と綺麗な時期の生まれだろうか。少し考えてみるだけでも、葉という名前はなるほど随分と趣深い。
「また見てる」
隣から聞こえてきた声に思わず体を跳ねさせた。反射で振り向くと、親友の真が目を細めて晴のことを見ている。
「……なんだよ」
「今、葉のこと見てたね」
確かに見ていたから、図星すぎてきまりが悪い。「見てねえよ」と小さく言うと、「へえ、そうですか」と雑な相槌が言葉が返ってきた。
この真という男は、端正で気が利いて、誰よりも誠実な男だ。でも葉のことになると途端に面倒な人間になる。それは多分、二人が幼馴染同士であるからなのだろう。葉を晴へ紹介したのは真であるくせに、やけに晴の行動に厳しいのだ。
「本当、葉のこと好きだね」
揶揄うように言われると、つい反論したくなる。それでも否定的なことは言いたくなくて言葉に詰まった。
「俺は晴を心配してるんだよ」
「……心配?」
唐突に始まった先の読めない話に、真の放った単語を繰り返す。
「そう。葉の高校時代までの異名、知らないだろ」
「異名って、何それ」
「その名も、イケメンホイホイ。意味わかるか」
イケメンホイホイ、と口の中で呟いてみる。つまり、葉の周りにはイケメンが寄ってくるということだろうか。確かに葉は可愛らしいイメージだけれど、間違いなく男なのだ。中庭で蝶々を追いかける葉にイケメンが群がる様子を想像してみたら少し面白い。
「意味わかんない」
「わからないだろ。葉も本当は女の子に好かれたいらしいよ」
「そうだろうね」
男という生き物ならば、当然可愛い女の子に好かれたいに決まっている。女の子は可愛い。晴を遊びに誘ってくれる子たちは、みんな欠かさずおしゃれをして、晴を立てて気持ち良くしてくれる。
「まあ、葉だって女の子にモテないわけではないけどさ」
「……」
真の言葉は事実なのだろう。わかっているつもりでも納得がいかないことはある。葉は、朗らかで明るくて、穏やかだ。外見も爽やかで可愛らしい。虫や生物を変態的に愛しているというだけで、異性から好まれないわけではないことくらい理解できる。でも、妙に納得がいかない。なぜだかすごく嫌なのだ。全く面白くない。
黙ったまま不貞腐れた晴を見て、真が自らの眉間を指差した。おそらく皺が寄っていることを晴に教えているのだろう。
「晴って面白いな」
「なにがだよ」
「お前、女の子が好きだろ?」
「はあ?」
「今日も南さんたちと遊ぶくせに」
「真も行くだろ」
「まあ、行くけど」
そう白々しく返した親友に肩を竦めて、それから自然と葉の方を見た。それは本当に、なんとなく見てしまっただけなのだ。また真に何か言われると慌てて視線を逸らそうと思った時、友人に囲まれて楽しそうにしていた葉と目が合った気がした。その瞬間、パッと表情を明るくした彼の様子に、心がふわっと晴れやかになる。晴は嬉しそうに手を振る葉へ応えるために手を軽くあげた。でもそれとほぼ同時に不安になったのは、隣の真が慣れたように手を振ったからだ。葉は誰に手を振りたかったのだろう。真だけに向けてだとしたら恥ずかしすぎる。それでもあげかけた手を下げるわけにはいかないから、葉へ向けてひらりと手のひらを向けてみせた。
「晴が見過ぎたせいで気づいたね」
面白そうにそう言った真の言葉は「ふん」と無視して、今度は緑が茂る中庭へと視線を向けるのだった。
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