蝶々の夏

月丘きずな

文字の大きさ
15 / 16

第十四話

しおりを挟む
 シルバーウィークというものは、大学生にはほとんど無関係だ。でも接客業をしている場合はもろに打撃を受ける。真はカフェチェーン店のカウンター内を忙しく動き回る葉を眺めて、大変だなと他人事のように思った。
 葉のことがよく見える窓際の席は真が選んだわけではない。向かいに座る美しい男の、謂わば定位置なのだ。
「はあ、葉くん」
 そう彼が漏らすのは何度目だろう。流石にうるさいなと思っていたら、隣の席の綺麗な男がクスリと吹き出した。彼はスケッチブックを左手で支えて、右手で握った鉛筆でサラサラと何か描いている。少し覗き込むと、笑顔の葉と、憂いを帯びた晴の横顔が描かれていた。
「さすが透くん。上手いね」
「ありがとう。僕の力作、他にもあるんだけど見てくれる?」
「うん、見たい」
 真がそう答えると、葉のことばかりを見ていた晴がやっと真たちの方を見て「あの絵はダメだからね」と言った。
「なんで?僕の絵だよ」
「色までつけたらプレゼントしてくれるんでしょ。でも他の人には見せないでよ」
「ほぼ抽象画だから、誰が描かれてるかなんてわからないよ」
「それでもダメ。あの時の絵は俺が宝物にするの」
「わがままなモデルだな」
 透はそう言うと、スケッチブックを膝の上に置いてミルクティーを一口飲んだ。真から見て、透は葉のことが好きなのだと思う。でもそれを割り切っているのか、虎視眈々と時を待っているのか、晴が嬉しそうに葉を構っても顔色を変えずにいるのだ。
 最近では偶然が何度も重なったこともあり、四人で一緒に過ごすことがあった。今日は葉以外の三人はすでにバイト終わりで、十七時に仕事が終わる葉のことを待ち、揃って夕食に行こうかと話している。ついでに近所で催される秋祭りに顔を出せたら良い。祭りは先月葉と地元の夏祭りに行って以来だ。あの時、葉は多分片思いに苦しんで、色々血迷っていた。そこまで考えた時、ふと頭に浮かんだ顔に睨まれた気がした。
「あ、そういえば忘れてたな」
「何を?」
「朔に連絡しろって、葉に言うの」
「朔って?」
「葉の弟」
「弟いたの!?なんで俺知らないの?」
 いつかのように晴が驚愕の声をあげて、それを見た透が吹き出した。
「そうか。朔ちゃん、いくつになったんだろう」
「確か、高校二年だよ」
「そんなに大きくなったんだ」
 透の呟きとほぼ同時だった。真たちのテーブルの隣に、店のカウンターを隠すように誰かが立ちはだかる。あまりにも不審な様子に、その誰かをふと見上げてみた。
「……あっ、朔」
「え、朔ちゃん?」
 真が上た声に、透が驚きの声をあげる。晴はただ真顔だ。でもそこにいたのは、確かに葉の弟の朔だ。切れ長の目も、スラリと高い背も、葉とはまるで異なるのに、甘栗色の髪は確かに天川家を感じる。遺伝子とはすごいものだ。
「こんにちは」
 太々しい態度のくせに挨拶を欠かさないところがちょっと可愛らしい。テーブル席に座った三人で挨拶を返すと、そんなことはどうでもいいとでも言うように、「葉は?」と尋ねてきた。
「いや、それよりも、どうしてここに?」
「葉の様子を見にきたんだ」
 開襟シャツに黒のスラックスという高校生スタイルで、背中には黒いリュックを背負っている。学校に行くのと違わないこの出立ちで、バスに電車に新幹線を乗り継いできたというのだろうか。
「葉なら、まだ働いてるよ。あと三十分くらい」
「……真ちゃんも、ここで働いてるの?」
「いや、俺のバイト先は別だけど。でもこの子が一緒に働いてるよ」
 真が透を指し示すと、透はすっと席を立って朔にニコリと笑いかけた。
「こんにちは。葉ちゃんと同じ幼稚園だった、京極透です」
「……こんにちは。天川朔です」
 朔は透に挨拶を返してから、今度はちらりと晴を見た。無表情な晴に、まさかトンデモ発言をしないだろうなと不信感が募る。気がついたら晴の代わりに真が口を開いていた。
「こちらは葉と俺と同じ大学の久遠晴くん。よくつるんでるの」
 晴は真の言葉に不服そうな顔をしたけれど、余計なことは言わずに「よろしく」と言った。そんな晴を一瞥してから一応ぺこりと頭を下げるのは、朔なりの負けん気と敬意なのだろう。まだまだ素直なその姿に、思わず笑みが溢れた。
「朔、なんか飲むか」
「自分で買ってくる」
「ほら、葉がレジに出てきた。一緒に行ってみよう」
「だから、自分で行ける」
 不満そうな朔の肩を勝手に抱いてレジまで促してやる。朔の住む田舎にこんな立派な店はほとんどない。だから買い方も知らないだろうと思ったのだ。案の定、天井近くのメニュー表を一生懸命に見つめる横顔に、彼のプライドを守ってやらねばと気合を入れた。少しして順番が回ってきて、笑顔の葉が自然と朔を見上げる。その瞬間、まん丸に見開かれた目に、朔は嬉しそうに笑顔を浮かべた。まったく、クールぶってるくせにまだまだ子供だ。
「朔、どうしたの?な、なんでここに?」
「葉が心配かけるからだよ」
「俺が?え、どうやって来たの?」
「一人で来たに決まってるじゃん」
 得意気な朔をしばらく見つめてから、葉が真を見た。まったく、手のかかる兄弟だなと思いながら、「とりあえず注文しよう」と朔を促してみる。
「アイスコーヒー、一つ」
「サイズは?」
「一番でっかいやつ」
 朔の注文に、葉が心配そうに「冷えるから、せめて中くらいのにしな」と言った。
「そうそう。中くらいのも十分でっかいから。朔、一緒に何か食べるか?」
「いらないよ」
「あ、朔!チョコレートケーキあるよ?俺も好きなんだ」
「葉も?……じゃあ、それ一つ」
 きっと葉が自分の好みを覚えていてくれたことが嬉しかったのだろう。モゾモゾしながら答えた朔に、葉も満足そうにしている。会計は真が払った。多分葉の性格からして、あとで真に返金してくれるだろう。そういうところはきちんと兄貴らしいんだよなと思いつつ、真はこの先の波乱を案じて少しだけ気が遠くなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

闇に咲く花~王を愛した少年~

めぐみ
BL
―暗闇に咲き誇る花となり、その美しき毒で若き王を  虜にするのだ-   国を揺るがす恐ろしき陰謀の幕が今、あがろうとしている。 都漢陽の色町には大見世、小見世、様々な遊廓がひしめいている。 その中で中規模どころの見世翠月楼は客筋もよく美女揃いで知られて いるが、実は彼女たちは、どこまでも女にしか見えない男である。  しかし、翠月楼が男娼を置いているというのはあくまでも噂にすぎず、男色趣味のある貴族や豪商が衆道を隠すためには良い隠れ蓑であり恰好の遊び場所となっている。  翠月楼の女将秘蔵っ子翠玉もまた美少女にしか見えない美少年だ。  ある夜、翠月楼の二階の奥まった室で、翠玉は初めて客を迎えた。  翠月を水揚げするために訪れたとばかり思いきや、彼は翠玉に恐ろしい企みを持ちかける-。  はるかな朝鮮王朝時代の韓国を舞台にくりひげられる少年の純愛物語。

手紙

ドラマチカ
BL
忘れらない思い出。高校で知り合って親友になった益子と郡山。一年、二年と共に過ごし、いつの間にか郡山に恋心を抱いていた益子。カッコよく、優しい郡山と一緒にいればいるほど好きになっていく。きっと郡山も同じ気持ちなのだろうと感じながらも、告白をする勇気もなく日々が過ぎていく。 そうこうしているうちに三年になり、高校生活も終わりが見えてきた。ずっと一緒にいたいと思いながら気持ちを伝えることができない益子。そして、誰よりも益子を大切に想っている郡山。二人の想いは思い出とともに記憶の中に残り続けている……。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

僕たち、結婚することになりました

リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった! 後輩はモテモテな25歳。 俺は37歳。 笑えるBL。ラブコメディ💛 fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。

聖者の愛はお前だけのもの

いちみりヒビキ
BL
スパダリ聖者とツンデレ王子の王道イチャラブファンタジー。 <あらすじ> ツンデレ王子”ユリウス”の元に、希少な男性聖者”レオンハルト”がやってきた。 ユリウスは、魔法が使えないレオンハルトを偽聖者と罵るが、心の中ではレオンハルトのことが気になって仕方ない。 意地悪なのにとても優しいレオンハルト。そして、圧倒的な拳の破壊力で、数々の難題を解決していく姿に、ユリウスは惹かれ、次第に心を許していく……。 全年齢対象。

処理中です...