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第十四話
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シルバーウィークというものは、大学生にはほとんど無関係だ。でも接客業をしている場合はもろに打撃を受ける。真はカフェチェーン店のカウンター内を忙しく動き回る葉を眺めて、大変だなと他人事のように思った。
葉のことがよく見える窓際の席は真が選んだわけではない。向かいに座る美しい男の、謂わば定位置なのだ。
「はあ、葉くん」
そう彼が漏らすのは何度目だろう。流石にうるさいなと思っていたら、隣の席の綺麗な男がクスリと吹き出した。彼はスケッチブックを左手で支えて、右手で握った鉛筆でサラサラと何か描いている。少し覗き込むと、笑顔の葉と、憂いを帯びた晴の横顔が描かれていた。
「さすが透くん。上手いね」
「ありがとう。僕の力作、他にもあるんだけど見てくれる?」
「うん、見たい」
真がそう答えると、葉のことばかりを見ていた晴がやっと真たちの方を見て「あの絵はダメだからね」と言った。
「なんで?僕の絵だよ」
「色までつけたらプレゼントしてくれるんでしょ。でも他の人には見せないでよ」
「ほぼ抽象画だから、誰が描かれてるかなんてわからないよ」
「それでもダメ。あの時の絵は俺が宝物にするの」
「わがままなモデルだな」
透はそう言うと、スケッチブックを膝の上に置いてミルクティーを一口飲んだ。真から見て、透は葉のことが好きなのだと思う。でもそれを割り切っているのか、虎視眈々と時を待っているのか、晴が嬉しそうに葉を構っても顔色を変えずにいるのだ。
最近では偶然が何度も重なったこともあり、四人で一緒に過ごすことがあった。今日は葉以外の三人はすでにバイト終わりで、十七時に仕事が終わる葉のことを待ち、揃って夕食に行こうかと話している。ついでに近所で催される秋祭りに顔を出せたら良い。祭りは先月葉と地元の夏祭りに行って以来だ。あの時、葉は多分片思いに苦しんで、色々血迷っていた。そこまで考えた時、ふと頭に浮かんだ顔に睨まれた気がした。
「あ、そういえば忘れてたな」
「何を?」
「朔に連絡しろって、葉に言うの」
「朔って?」
「葉の弟」
「弟いたの!?なんで俺知らないの?」
いつかのように晴が驚愕の声をあげて、それを見た透が吹き出した。
「そうか。朔ちゃん、いくつになったんだろう」
「確か、高校二年だよ」
「そんなに大きくなったんだ」
透の呟きとほぼ同時だった。真たちのテーブルの隣に、店のカウンターを隠すように誰かが立ちはだかる。あまりにも不審な様子に、その誰かをふと見上げてみた。
「……あっ、朔」
「え、朔ちゃん?」
真が上た声に、透が驚きの声をあげる。晴はただ真顔だ。でもそこにいたのは、確かに葉の弟の朔だ。切れ長の目も、スラリと高い背も、葉とはまるで異なるのに、甘栗色の髪は確かに天川家を感じる。遺伝子とはすごいものだ。
「こんにちは」
太々しい態度のくせに挨拶を欠かさないところがちょっと可愛らしい。テーブル席に座った三人で挨拶を返すと、そんなことはどうでもいいとでも言うように、「葉は?」と尋ねてきた。
「いや、それよりも、どうしてここに?」
「葉の様子を見にきたんだ」
開襟シャツに黒のスラックスという高校生スタイルで、背中には黒いリュックを背負っている。学校に行くのと違わないこの出立ちで、バスに電車に新幹線を乗り継いできたというのだろうか。
「葉なら、まだ働いてるよ。あと三十分くらい」
「……真ちゃんも、ここで働いてるの?」
「いや、俺のバイト先は別だけど。でもこの子が一緒に働いてるよ」
真が透を指し示すと、透はすっと席を立って朔にニコリと笑いかけた。
「こんにちは。葉ちゃんと同じ幼稚園だった、京極透です」
「……こんにちは。天川朔です」
朔は透に挨拶を返してから、今度はちらりと晴を見た。無表情な晴に、まさかトンデモ発言をしないだろうなと不信感が募る。気がついたら晴の代わりに真が口を開いていた。
「こちらは葉と俺と同じ大学の久遠晴くん。よくつるんでるの」
晴は真の言葉に不服そうな顔をしたけれど、余計なことは言わずに「よろしく」と言った。そんな晴を一瞥してから一応ぺこりと頭を下げるのは、朔なりの負けん気と敬意なのだろう。まだまだ素直なその姿に、思わず笑みが溢れた。
「朔、なんか飲むか」
「自分で買ってくる」
「ほら、葉がレジに出てきた。一緒に行ってみよう」
「だから、自分で行ける」
不満そうな朔の肩を勝手に抱いてレジまで促してやる。朔の住む田舎にこんな立派な店はほとんどない。だから買い方も知らないだろうと思ったのだ。案の定、天井近くのメニュー表を一生懸命に見つめる横顔に、彼のプライドを守ってやらねばと気合を入れた。少しして順番が回ってきて、笑顔の葉が自然と朔を見上げる。その瞬間、まん丸に見開かれた目に、朔は嬉しそうに笑顔を浮かべた。まったく、クールぶってるくせにまだまだ子供だ。
「朔、どうしたの?な、なんでここに?」
「葉が心配かけるからだよ」
「俺が?え、どうやって来たの?」
「一人で来たに決まってるじゃん」
得意気な朔をしばらく見つめてから、葉が真を見た。まったく、手のかかる兄弟だなと思いながら、「とりあえず注文しよう」と朔を促してみる。
「アイスコーヒー、一つ」
「サイズは?」
「一番でっかいやつ」
朔の注文に、葉が心配そうに「冷えるから、せめて中くらいのにしな」と言った。
「そうそう。中くらいのも十分でっかいから。朔、一緒に何か食べるか?」
「いらないよ」
「あ、朔!チョコレートケーキあるよ?俺も好きなんだ」
「葉も?……じゃあ、それ一つ」
きっと葉が自分の好みを覚えていてくれたことが嬉しかったのだろう。モゾモゾしながら答えた朔に、葉も満足そうにしている。会計は真が払った。多分葉の性格からして、あとで真に返金してくれるだろう。そういうところはきちんと兄貴らしいんだよなと思いつつ、真はこの先の波乱を案じて少しだけ気が遠くなった。
葉のことがよく見える窓際の席は真が選んだわけではない。向かいに座る美しい男の、謂わば定位置なのだ。
「はあ、葉くん」
そう彼が漏らすのは何度目だろう。流石にうるさいなと思っていたら、隣の席の綺麗な男がクスリと吹き出した。彼はスケッチブックを左手で支えて、右手で握った鉛筆でサラサラと何か描いている。少し覗き込むと、笑顔の葉と、憂いを帯びた晴の横顔が描かれていた。
「さすが透くん。上手いね」
「ありがとう。僕の力作、他にもあるんだけど見てくれる?」
「うん、見たい」
真がそう答えると、葉のことばかりを見ていた晴がやっと真たちの方を見て「あの絵はダメだからね」と言った。
「なんで?僕の絵だよ」
「色までつけたらプレゼントしてくれるんでしょ。でも他の人には見せないでよ」
「ほぼ抽象画だから、誰が描かれてるかなんてわからないよ」
「それでもダメ。あの時の絵は俺が宝物にするの」
「わがままなモデルだな」
透はそう言うと、スケッチブックを膝の上に置いてミルクティーを一口飲んだ。真から見て、透は葉のことが好きなのだと思う。でもそれを割り切っているのか、虎視眈々と時を待っているのか、晴が嬉しそうに葉を構っても顔色を変えずにいるのだ。
最近では偶然が何度も重なったこともあり、四人で一緒に過ごすことがあった。今日は葉以外の三人はすでにバイト終わりで、十七時に仕事が終わる葉のことを待ち、揃って夕食に行こうかと話している。ついでに近所で催される秋祭りに顔を出せたら良い。祭りは先月葉と地元の夏祭りに行って以来だ。あの時、葉は多分片思いに苦しんで、色々血迷っていた。そこまで考えた時、ふと頭に浮かんだ顔に睨まれた気がした。
「あ、そういえば忘れてたな」
「何を?」
「朔に連絡しろって、葉に言うの」
「朔って?」
「葉の弟」
「弟いたの!?なんで俺知らないの?」
いつかのように晴が驚愕の声をあげて、それを見た透が吹き出した。
「そうか。朔ちゃん、いくつになったんだろう」
「確か、高校二年だよ」
「そんなに大きくなったんだ」
透の呟きとほぼ同時だった。真たちのテーブルの隣に、店のカウンターを隠すように誰かが立ちはだかる。あまりにも不審な様子に、その誰かをふと見上げてみた。
「……あっ、朔」
「え、朔ちゃん?」
真が上た声に、透が驚きの声をあげる。晴はただ真顔だ。でもそこにいたのは、確かに葉の弟の朔だ。切れ長の目も、スラリと高い背も、葉とはまるで異なるのに、甘栗色の髪は確かに天川家を感じる。遺伝子とはすごいものだ。
「こんにちは」
太々しい態度のくせに挨拶を欠かさないところがちょっと可愛らしい。テーブル席に座った三人で挨拶を返すと、そんなことはどうでもいいとでも言うように、「葉は?」と尋ねてきた。
「いや、それよりも、どうしてここに?」
「葉の様子を見にきたんだ」
開襟シャツに黒のスラックスという高校生スタイルで、背中には黒いリュックを背負っている。学校に行くのと違わないこの出立ちで、バスに電車に新幹線を乗り継いできたというのだろうか。
「葉なら、まだ働いてるよ。あと三十分くらい」
「……真ちゃんも、ここで働いてるの?」
「いや、俺のバイト先は別だけど。でもこの子が一緒に働いてるよ」
真が透を指し示すと、透はすっと席を立って朔にニコリと笑いかけた。
「こんにちは。葉ちゃんと同じ幼稚園だった、京極透です」
「……こんにちは。天川朔です」
朔は透に挨拶を返してから、今度はちらりと晴を見た。無表情な晴に、まさかトンデモ発言をしないだろうなと不信感が募る。気がついたら晴の代わりに真が口を開いていた。
「こちらは葉と俺と同じ大学の久遠晴くん。よくつるんでるの」
晴は真の言葉に不服そうな顔をしたけれど、余計なことは言わずに「よろしく」と言った。そんな晴を一瞥してから一応ぺこりと頭を下げるのは、朔なりの負けん気と敬意なのだろう。まだまだ素直なその姿に、思わず笑みが溢れた。
「朔、なんか飲むか」
「自分で買ってくる」
「ほら、葉がレジに出てきた。一緒に行ってみよう」
「だから、自分で行ける」
不満そうな朔の肩を勝手に抱いてレジまで促してやる。朔の住む田舎にこんな立派な店はほとんどない。だから買い方も知らないだろうと思ったのだ。案の定、天井近くのメニュー表を一生懸命に見つめる横顔に、彼のプライドを守ってやらねばと気合を入れた。少しして順番が回ってきて、笑顔の葉が自然と朔を見上げる。その瞬間、まん丸に見開かれた目に、朔は嬉しそうに笑顔を浮かべた。まったく、クールぶってるくせにまだまだ子供だ。
「朔、どうしたの?な、なんでここに?」
「葉が心配かけるからだよ」
「俺が?え、どうやって来たの?」
「一人で来たに決まってるじゃん」
得意気な朔をしばらく見つめてから、葉が真を見た。まったく、手のかかる兄弟だなと思いながら、「とりあえず注文しよう」と朔を促してみる。
「アイスコーヒー、一つ」
「サイズは?」
「一番でっかいやつ」
朔の注文に、葉が心配そうに「冷えるから、せめて中くらいのにしな」と言った。
「そうそう。中くらいのも十分でっかいから。朔、一緒に何か食べるか?」
「いらないよ」
「あ、朔!チョコレートケーキあるよ?俺も好きなんだ」
「葉も?……じゃあ、それ一つ」
きっと葉が自分の好みを覚えていてくれたことが嬉しかったのだろう。モゾモゾしながら答えた朔に、葉も満足そうにしている。会計は真が払った。多分葉の性格からして、あとで真に返金してくれるだろう。そういうところはきちんと兄貴らしいんだよなと思いつつ、真はこの先の波乱を案じて少しだけ気が遠くなった。
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