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Past#4 東町-easttown-
Past#4 東町-easttown- 11
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底のない黒に導き堕とすように、長い腕で彼は自分を抱きこむ。
身じろぎも許さない。
一本一本絡みついた指が柔く自分を撫で。
爪を立て。
強い痛みを刻み込む。
見える景色がじわりじわりと染まっていった。
何色をも呑み込む漆黒に。
「俺に、まだ生きろって?」
「ッはな、」
「『お前』との契約はどうなる?」
……"契約"?
「四年、待ったろう? これ以上、俺が生きる理由はないだろう?」
ばらばらと落ちる雨と言葉の数々に、呆然とその落下を見つめるしかない。彼の目に見えているものは何であるのか。分からないまま、彼の言葉は続く。
「『俺』は、死ぬことでこそ価値の生まれる存在だと、未来を決めたのは『お前』自身だ」
滝のように、髪から滴り落ちる黒の雨。
その奥。真っ暗な洞穴の奥底から。
糸のような黄色の猫の目が、自分を鋭く射抜いている気がした。
風が路地を通りすぎる、うなり声を上げる。
通りに放置されたトタン板をたたき、問いを残す。
未来とはどんなものか。
未来は他人に決められるものか。
未来は自分で決めるものなのか。
「俺の価値は、そこにしかない」
問う。
価値とは何で生まれるのか。
価値は何が、そして誰が生むものなのか。
「あぁ、それとも。『お前』の約束は、生きた状態での死だったって?」
彼の腕が一度離れる。
「社会的抹消ってやつ? 生きながら、でも誰にも存在を知られないように、」
その隙を突いて本能的に逃げようとした自分の襟を、彼の左手がぐっと掴み上げる。
「そのために俺が生き残っちまったことを知る人間一人残らず、」
足が地を離れ。
最後までもがいて抵抗を試みた体が、ふわりと浮いて。
「殺せって?」
「ッ!!!!!!」
彼の服をとっさに掴もうとした手が空気を切り、瞬間、衝撃が全身を襲った。
「かはッ!! った……!!」
投げ飛ばされた。
そう分かったのは、道端に立てかけられていたはずのトタン板が大きな音を立てて、地面に転がった自分に倒れてきたから。
背中に走った衝撃に息が詰まって咳き込む。咳き込んだ拍子に泥が口の中に入って、喉が詰まった。雨にも勝る金属の奏でる音の余韻が、近づく影へ警告を発するが、動けない。
動かない、右足が。
「悪いが、『お前』との契約は物理的な『死』だ、――明」
陽炎のようにゆらりと揺らいだ大きな体躯が、屈む。
冷たい指先が、容赦なく自分の襟元を閉めて食道を圧迫する。
自分ではない誰かを『見』て、声を一段と低くする。
「《裏切りには死を》。『お前』の口癖だったよな」
「自分は『明』じゃない!!」
裏返った声が路地に響いた。でも、豪雨が声を掻き消す。だから、あらん限りの声を、今出る声を張り上げる。
「自分は、小太郎だ!! 明じゃない! 貴方を殺す契約なんてしてない!!」
「……あぁ、そうか」
突如、腕の力を緩めず声音だけが空気の抜けたようになったと思えば、続いた平坦な声に瞠目するしかなくなった。
「『お前』、もう死んだんだっけ」
見開いた自分の目には、今いっぱいに彼の姿が映っている。
彼の、微かにさえ変化のない表情を映している。
混乱する頭が必死に情報を整理しようとするけれど、わからない。
わからないことだらけだ。
『明』とは誰か。
『契約』とは何か。
何より目の前の彼は本当に、自分が拾った彼なのか?
一度糸が切れたようになって、それから生きる、という言葉がトリガーとなって突如饒舌に語りだした彼。
彼はたぶん、自分と『明』という人物を混同し、その人と言葉を交わす幻を見ていた。
彼を殺すと約束しながら、約束を反故にした『明』に彼は、「裏切りには死を」という言葉を突きつけて、殺そうとした。
そこまでは、納得がいく。
でもだったら。
だったら、何で
『明』ではないとわかった今もなお、自分の首を、彼はまだ変わらない力で絞め続ける?
「かっ……は、」
息が吸えない、苦しい。
必死に空気を求める肺が、言葉を発しようとした自分を戒めるように、悲鳴を上げる。
ひゅ、と何かものの詰まったような音が喉を通り抜け、少しずつ、でも確実に彼の声が遠ざかっていく。
「『俺』を物理的に殺す、そう契約したのになぁ? 勝手に殺されやがって」
熱い。
冷たい雨が降り注いでいる。
冷たい視線が自分を貫いて、感情のない声が宣告する。
「お陰で余計に生きちまった上に、今日まで『俺』が生き残ったことを知る人間、全部抹殺する義務が生まれちまった……こんな風に」
「ま、さつ……?」
「『お前』の計画じゃ、『俺』がこの数日でも生きてたことを、外部に知られるわけにはいかねぇだろ。でもって契約通り死ねなかった俺も裏切りだ。余分な死体だけ増やすだけで、ホントろくでもねぇよな、『お前』」
淡々と語る彼が、少しずつ指の先から力を抜いている。
虚ろな瞳の奥に、理性的な彼を見る。
その目に、悟る。
確かに彼は自分と『明』を混同した。
その一方で、彼は自分を『小太郎』であると認識していたのだと。
もし本当に『明』だとしかっていないなら、その内容をわざわざ語る必要はまったくない。
彼は僕に、状況を説明している。
身じろぎも許さない。
一本一本絡みついた指が柔く自分を撫で。
爪を立て。
強い痛みを刻み込む。
見える景色がじわりじわりと染まっていった。
何色をも呑み込む漆黒に。
「俺に、まだ生きろって?」
「ッはな、」
「『お前』との契約はどうなる?」
……"契約"?
「四年、待ったろう? これ以上、俺が生きる理由はないだろう?」
ばらばらと落ちる雨と言葉の数々に、呆然とその落下を見つめるしかない。彼の目に見えているものは何であるのか。分からないまま、彼の言葉は続く。
「『俺』は、死ぬことでこそ価値の生まれる存在だと、未来を決めたのは『お前』自身だ」
滝のように、髪から滴り落ちる黒の雨。
その奥。真っ暗な洞穴の奥底から。
糸のような黄色の猫の目が、自分を鋭く射抜いている気がした。
風が路地を通りすぎる、うなり声を上げる。
通りに放置されたトタン板をたたき、問いを残す。
未来とはどんなものか。
未来は他人に決められるものか。
未来は自分で決めるものなのか。
「俺の価値は、そこにしかない」
問う。
価値とは何で生まれるのか。
価値は何が、そして誰が生むものなのか。
「あぁ、それとも。『お前』の約束は、生きた状態での死だったって?」
彼の腕が一度離れる。
「社会的抹消ってやつ? 生きながら、でも誰にも存在を知られないように、」
その隙を突いて本能的に逃げようとした自分の襟を、彼の左手がぐっと掴み上げる。
「そのために俺が生き残っちまったことを知る人間一人残らず、」
足が地を離れ。
最後までもがいて抵抗を試みた体が、ふわりと浮いて。
「殺せって?」
「ッ!!!!!!」
彼の服をとっさに掴もうとした手が空気を切り、瞬間、衝撃が全身を襲った。
「かはッ!! った……!!」
投げ飛ばされた。
そう分かったのは、道端に立てかけられていたはずのトタン板が大きな音を立てて、地面に転がった自分に倒れてきたから。
背中に走った衝撃に息が詰まって咳き込む。咳き込んだ拍子に泥が口の中に入って、喉が詰まった。雨にも勝る金属の奏でる音の余韻が、近づく影へ警告を発するが、動けない。
動かない、右足が。
「悪いが、『お前』との契約は物理的な『死』だ、――明」
陽炎のようにゆらりと揺らいだ大きな体躯が、屈む。
冷たい指先が、容赦なく自分の襟元を閉めて食道を圧迫する。
自分ではない誰かを『見』て、声を一段と低くする。
「《裏切りには死を》。『お前』の口癖だったよな」
「自分は『明』じゃない!!」
裏返った声が路地に響いた。でも、豪雨が声を掻き消す。だから、あらん限りの声を、今出る声を張り上げる。
「自分は、小太郎だ!! 明じゃない! 貴方を殺す契約なんてしてない!!」
「……あぁ、そうか」
突如、腕の力を緩めず声音だけが空気の抜けたようになったと思えば、続いた平坦な声に瞠目するしかなくなった。
「『お前』、もう死んだんだっけ」
見開いた自分の目には、今いっぱいに彼の姿が映っている。
彼の、微かにさえ変化のない表情を映している。
混乱する頭が必死に情報を整理しようとするけれど、わからない。
わからないことだらけだ。
『明』とは誰か。
『契約』とは何か。
何より目の前の彼は本当に、自分が拾った彼なのか?
一度糸が切れたようになって、それから生きる、という言葉がトリガーとなって突如饒舌に語りだした彼。
彼はたぶん、自分と『明』という人物を混同し、その人と言葉を交わす幻を見ていた。
彼を殺すと約束しながら、約束を反故にした『明』に彼は、「裏切りには死を」という言葉を突きつけて、殺そうとした。
そこまでは、納得がいく。
でもだったら。
だったら、何で
『明』ではないとわかった今もなお、自分の首を、彼はまだ変わらない力で絞め続ける?
「かっ……は、」
息が吸えない、苦しい。
必死に空気を求める肺が、言葉を発しようとした自分を戒めるように、悲鳴を上げる。
ひゅ、と何かものの詰まったような音が喉を通り抜け、少しずつ、でも確実に彼の声が遠ざかっていく。
「『俺』を物理的に殺す、そう契約したのになぁ? 勝手に殺されやがって」
熱い。
冷たい雨が降り注いでいる。
冷たい視線が自分を貫いて、感情のない声が宣告する。
「お陰で余計に生きちまった上に、今日まで『俺』が生き残ったことを知る人間、全部抹殺する義務が生まれちまった……こんな風に」
「ま、さつ……?」
「『お前』の計画じゃ、『俺』がこの数日でも生きてたことを、外部に知られるわけにはいかねぇだろ。でもって契約通り死ねなかった俺も裏切りだ。余分な死体だけ増やすだけで、ホントろくでもねぇよな、『お前』」
淡々と語る彼が、少しずつ指の先から力を抜いている。
虚ろな瞳の奥に、理性的な彼を見る。
その目に、悟る。
確かに彼は自分と『明』を混同した。
その一方で、彼は自分を『小太郎』であると認識していたのだと。
もし本当に『明』だとしかっていないなら、その内容をわざわざ語る必要はまったくない。
彼は僕に、状況を説明している。
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