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Past#4 東町-easttown-
Past#4 東町-easttown- 12
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『明』は彼を裏切った。
そして四年で死ぬことができなかった彼もまた、契約を裏切った。
<裏切りには、死を>
契約を裏切った彼は、その言葉に従い死に殉じる。
けれど、彼にはその前に、余分な時間を生きてしまったことを外部の人間に知られないため、彼の存命を知る第三者の存在を抹殺する義務が生まれた。
この場合、その第三者は僕とシズさんだ。
だから彼は、首を絞め続ける。
そして力を緩めて、言外に語る。
さぁ、抵抗しろと。
アンタの正当防衛が成立する条件は、整ったろう?
「……っ」
どんな局面においても。
どんな状況でも。
彼の目的はただ一つ。
僕が彼を殺さなくても、裏切り者の彼は、死の運命を逃れない。
ただ、今ここで僕が彼を殺さなければ、自分とシズさんを殺す、と彼は僕を脅す。
ここで僕が彼を殺しても、僕が罪に問われることはないのだと、なだめる。
さぁ、だから、殺せ。
彼は、告ぐ。
……彼のしがみつく一本は、変わらないんだ。
初めてあったときから、少しも。
そうして彼は、自分が僕に殺されるように、策略の糸をめぐらせ続けるのだ。
すべてが彼の作戦だ。
そんな作戦に乗せられるかと。
そんなのは分かっている。分かってはいるけれど。
彼は本気だ。
自分が抵抗しなければ、しないままに彼は本気で自分を殺す。
そうしてまた、最適な『相手』を探すだけ。
彼にためらいなどない。
ぐったりと伸びた自分の上体を立たせ、手を離した。
次いで、大きく右腕を振りかぶった彼の姿を、霞がかかる意識のうちに捕らえる。
思い起こすは、そのに巻かれた、赤黒の包帯に潜む固定器具(ギプス)。
人を助ける道具は時に、
人を殺める凶器となる。
彼を殺したくなどない。
でも死にたいわけじゃない。
彼を止めなきゃいけない。
でも、現実はそんなに優しくない。
――殺される。
動け動け動け。
放り出された両手を何とか動かした。何も見えなかった。感じていたのはスローに近づく、腕。こぶし。その時、指先に触れたものがあって必死に寄せて、掴んで。
ただ必死だった。
それだけだったんだ。
降り下ろされた腕が、竹刀に見えたのは一瞬。
小さい頃から自分は、ずっと剣道をやってきた。
倒れても、転がっても、勝負の終わらない剣道をやってきた。
掴んだ何かを、転がった状態のまま火事場ゆえに沸いた力で構え、くるはずの衝撃を無意識下にいなす。
そのまま、無防備な懐に握った棒状のものを叩き込み、胴を取って、腹部を抑え呻く相手の下から逃れる。
右足がやけに熱い気がした。でも、体に染み付いた慣れが、自分の行動を止めずに動かす。
相手の上位を取って、右足を左足より斜め前に、手に持つものを高く頭上に。
こけで相手が降参をとればそれで試合は終了。
戦意を見せれば、面を――
「やれよ」
腹部を抑えて俯くその顔は見えないけれど。
今日はじめて、彼は二週間前の彼のように、笑った気がした。
「ッ!!」
言葉に反応し緊張の抜けない体が動く。
いつもならいい。あくまで竹刀、叩き込むのは竹刀であり、相手は防具を付けてる。
でも今は、今は?
握っているのは硬い錆びたパイプ。
彼が纏うのはパーカー1枚、防具は、ない。
これを頭に叩き込む?
「ま――ッ!!」
体の主導権を奪還する。でも遅い、遅すぎた。降り下ろす勢いに重力が加わってそのまま鉄は落ちていく。落とされる。
「……ッ!!!!!」
目は、瞑れなかった。
そして四年で死ぬことができなかった彼もまた、契約を裏切った。
<裏切りには、死を>
契約を裏切った彼は、その言葉に従い死に殉じる。
けれど、彼にはその前に、余分な時間を生きてしまったことを外部の人間に知られないため、彼の存命を知る第三者の存在を抹殺する義務が生まれた。
この場合、その第三者は僕とシズさんだ。
だから彼は、首を絞め続ける。
そして力を緩めて、言外に語る。
さぁ、抵抗しろと。
アンタの正当防衛が成立する条件は、整ったろう?
「……っ」
どんな局面においても。
どんな状況でも。
彼の目的はただ一つ。
僕が彼を殺さなくても、裏切り者の彼は、死の運命を逃れない。
ただ、今ここで僕が彼を殺さなければ、自分とシズさんを殺す、と彼は僕を脅す。
ここで僕が彼を殺しても、僕が罪に問われることはないのだと、なだめる。
さぁ、だから、殺せ。
彼は、告ぐ。
……彼のしがみつく一本は、変わらないんだ。
初めてあったときから、少しも。
そうして彼は、自分が僕に殺されるように、策略の糸をめぐらせ続けるのだ。
すべてが彼の作戦だ。
そんな作戦に乗せられるかと。
そんなのは分かっている。分かってはいるけれど。
彼は本気だ。
自分が抵抗しなければ、しないままに彼は本気で自分を殺す。
そうしてまた、最適な『相手』を探すだけ。
彼にためらいなどない。
ぐったりと伸びた自分の上体を立たせ、手を離した。
次いで、大きく右腕を振りかぶった彼の姿を、霞がかかる意識のうちに捕らえる。
思い起こすは、そのに巻かれた、赤黒の包帯に潜む固定器具(ギプス)。
人を助ける道具は時に、
人を殺める凶器となる。
彼を殺したくなどない。
でも死にたいわけじゃない。
彼を止めなきゃいけない。
でも、現実はそんなに優しくない。
――殺される。
動け動け動け。
放り出された両手を何とか動かした。何も見えなかった。感じていたのはスローに近づく、腕。こぶし。その時、指先に触れたものがあって必死に寄せて、掴んで。
ただ必死だった。
それだけだったんだ。
降り下ろされた腕が、竹刀に見えたのは一瞬。
小さい頃から自分は、ずっと剣道をやってきた。
倒れても、転がっても、勝負の終わらない剣道をやってきた。
掴んだ何かを、転がった状態のまま火事場ゆえに沸いた力で構え、くるはずの衝撃を無意識下にいなす。
そのまま、無防備な懐に握った棒状のものを叩き込み、胴を取って、腹部を抑え呻く相手の下から逃れる。
右足がやけに熱い気がした。でも、体に染み付いた慣れが、自分の行動を止めずに動かす。
相手の上位を取って、右足を左足より斜め前に、手に持つものを高く頭上に。
こけで相手が降参をとればそれで試合は終了。
戦意を見せれば、面を――
「やれよ」
腹部を抑えて俯くその顔は見えないけれど。
今日はじめて、彼は二週間前の彼のように、笑った気がした。
「ッ!!」
言葉に反応し緊張の抜けない体が動く。
いつもならいい。あくまで竹刀、叩き込むのは竹刀であり、相手は防具を付けてる。
でも今は、今は?
握っているのは硬い錆びたパイプ。
彼が纏うのはパーカー1枚、防具は、ない。
これを頭に叩き込む?
「ま――ッ!!」
体の主導権を奪還する。でも遅い、遅すぎた。降り下ろす勢いに重力が加わってそのまま鉄は落ちていく。落とされる。
「……ッ!!!!!」
目は、瞑れなかった。
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