Rainy Cat

mito

文字の大きさ
102 / 140
Past#5 名前-name-

Past#5 名前-name- side.az

しおりを挟む




"要求を呑む"


俺は、要求を呑んだろうか。
そもそも、どんな要求だった?


ぼんやりと、はっきりとした形を為さない記憶に、眉をしかめる。
確かに覚えているのは、俺が理性を留めおくことのできた所までだ。
彼の猫と出会ったところ、まで。


しかし朧ながら、あの闇にまみれた路地でアイツと会話した、そんな気はしている。


会話の内容なんかは覚えがなくとも、どうせ死にたがりと生かしたがりの攻防だろう、そう安易に想像つくもんだが。


しかし耳に入り込んできた声に、目を見張った。



「生きたい、と言ったそうじゃないですか」




……俺が?



死にたがりの俺が、『生きたい』?



「そいつは、また」


「えぇ。私もそれは聞き間違いだろうと思ってますが。でも、貴方があの子のものになったことは事実でしょう?」



あの子のものに。



それは言葉上のだけの"契約"だろう、そう頭では分かっているが、この男が言うと本当に、俺に対する一切の権限がアイツに譲渡された気がするもんだから、不思議だ。


漂う沈黙の中で、考える。
そういえば、何か言ったような気もする。
意識も朦朧の状態で無理矢理引きずられて歩いた、あの時。


確かにあのまま雨に打たれて居ても、体力と出血の問題で生死問題に陥ったことは間違いない。
だからアイツの判断が誤っていたとは思わない。



だが俺は別に痛覚がないわけじゃない。
そりゃ人より馴れてる分耐性はあるだろうが、痛みに強いわけでも、ましてや好む、なんて性癖は持たない。

余りの痛撃に意識を手放すこともある。
あの瞬間、多分もう俺は意識がなかった。


今も鎮痛剤のお蔭で、喋れてるだけなんだろう。
静かに訪れる靄のような感覚に、抗うことなく目を閉じる。




「そんなに、俺が欲しい?」




誰が、と言わない。言わなくても伝わるはずだ。
厄介ばかりを抱えた俺を、この男が欲しがるわけがない。


「生きて『欲しい』そうですよ」


声から、綺麗な顔を歪め、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
そんな情景が目に浮かぶようで、失笑がこぼれる。



「じゃぁやるよ」



誰が、と明言しなかったように、誰に、とも言わない。
言う必要がなくとも、本来は明言すべきのだが。



何故ならこれは契約だった。


彼らにその気がないにしても、俺には今までがそうであったように、

新たな肩書きを与えられると共に、俺は俺の『死神』の異名を利用する権利を彼らに売り、彼らは俺に対価として、俺を引き取り最期の仕様までを決める。

そんな契約が、再び結ばれるだけのようにしか思えなかった。



一つ契約が破棄されれば、すぐに異なる契約を結ぶことになる。


思えば俺の人間として当然の権利など、武藤に『俺』を売り、死を契約したあの時からなかったのかもしれない。


だから、俺が生きるためには、契約を結び続けるしかないのか。


苦笑がもれる。しかし、それをかき消すように、あの男の大仰なため息が部屋の空気を震わせた。



「やるよ、も何も言ったでしょう。何を勘違いしてるか知りませんが、貴方は既にあの子のモノ。あの子の所有物である以外に、貴方に価値はないんです。つまり髪一本たりとも貴方のものではない。生死の采配の権利もあなたにはない、そういうことですよ」


シズと呼ばれる男の言葉は、俺がかつて結んできた契約と同じようで、全く異なる。
何かがおかしい。気づいたのはこの時だった。



「そもそも、もう『貴方』という人間は、この世に存在しないのですから」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

シスルの花束を

碧月 晶
BL
年下俺様モデル×年上訳あり青年 ~人物紹介~ ○氷室 三門(ひむろ みかど) ・攻め(主人公) ・23歳、身長178cm ・モデル ・俺様な性格、短気 ・訳あって、雨月の所に転がり込んだ ○寒河江 雨月(さがえ うげつ) ・受け ・26歳、身長170cm ・常に無表情で、人形のように顔が整っている ・童顔 ※作中に英会話が出てきますが、翻訳アプリで訳したため正しいとは限りません。 ※濡れ場があるシーンはタイトルに*マークが付きます。 ※基本、三門視点で進みます。 ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

この胸の高鳴りは・・・

暁エネル
BL
電車に乗りいつも通り大学へと向かう途中 気になる人と出会う男性なのか女性なのかわからないまま 電車を降りその人をなぜか追いかけてしまった 初めての出来事に驚き その人に声をかけ自分のした事に 優しく笑うその人に今まで経験した事のない感情が・・・

あなたの隣で初めての恋を知る

彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

あの部屋でまだ待ってる

名雪
BL
アパートの一室。 どんなに遅くなっても、帰りを待つ習慣だけが残っている。 始まりは、ほんの気まぐれ。 終わる理由もないまま、十年が過ぎた。 与え続けることも、受け取るだけでいることも、いつしか当たり前になっていく。 ――あの部屋で、まだ待ってる。

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

処理中です...