Rainy Cat

mito

文字の大きさ
105 / 140
Past#5 名前-name-

Past#5 名前-name- side.az

しおりを挟む


実態は要らないとされた『死神』。

だから『死神』が誰かであるかは、この世界に入ると共に秘密事項となった。

何人もの『死神』も生まれた。


そうして『死神』は、元は俺の異名でありながら俺のものではなくなり、俺が明と養子縁組を汲んで以来、完全に俺とは切り離され、俺自身がその名で呼ばれることはなくなった。


『死神』でない俺は『ヒロ』と呼ばれた。
とはいえ実際そう呼んだのは明だけで、他は俺を『ヒロ』と認識していても、決して呼びはしなかったが。

だから俺の本名を知るのも、今や明だけだろう。


元々、養子を組んだ際に名字が変わったのもあるが、それ以前にも戸籍上の名字も度々変わっている。戸籍は全ての名字を記録しているだろうが、人の記憶はそのようにはいかない。

基本的に人間は自分の生活とは無関係になった人間の名前など、覚えていない。ましてや俺は常に関わりたくない側の人間だった。早速と記憶からデリートされていることだろう。


もし、記憶にあったとしても欠片程度。
俺の身代わりをさせられた男の名が『ヒロ』、もしくは似た響きのものであったら。

または俺と良く似た背格好で、実は朝比奈に潜入していた武藤派だった、そう仲間内で納得してしまうような、行いを繰り返していたとしたら。

……それこそ、組の薬を武藤に流していた、とかな。

表の世界裏の世界関係なく、人々は容易く身代わりの男を俺と錯覚し、俺の死亡を信じるだろう。

加えて、武藤狩り。
武藤派の、二度と帰ってこない行方不明者たち。彼らの届けと共に間違った届出が一枚混在していても、気づかれはしない。


混乱する情勢の中だからこそできた、この策を、考えた『誰か』は間違いなく目の前に。



「もう一度聞く――アンタ、何者だ?」

「しつこいですねぇ。私は富岡静流です、何度もいっているでしょう?」


富岡静流、この男。


「俺はアンタの旧姓が聞きたい」


「へぇ?」


面白いそうなものを見るようにして、彼は俺の言葉を薄く笑った。


「既に貴方は自身で答えを導き出している様子。なのに、私に名前を尋ねるんですか」

「俺が持つのはただの仮説に過ぎない」

「つまり根拠を持たない、と?」

「あぁ」


ゆっくり、俺の目線の先で唇が横に広がる。
この一連の出来事を俺に語り始めた時点で、彼は既に素性を隠すつもりもなかったのだと思われる。

彼が言った策を施行するには、『誰か』が朝比奈内部を好きに動かせる立場にいなければならない。それは明白なこと。


「私は、」


微かに開いた空間からまさに言葉が飛び出そうとした時、どこからか重く鈍い鐘の音が届いた。


それを聞き、俺を見ていた彼の目が壁に掛かった時計へ移る。長針と短針はそれぞれ12と5を指している。
ふぅ、と一度開いた唇が閉じた。


「……せっかくですが、私の名前についてはまた今度にしましょう。これから長い付き合いになるんです。そう急く話でもない。それよりも私は、コタが帰ってくる前に、貴方に確認しなければならないことがあります」

すっと、笑みを称えていた富岡静流の顔が表情を消す。

「貴方は、コタが貴方につけた名前を覚えていますか?」


旧姓については、追求をやめて問いかけに、考える。曖昧な薄闇の記憶の中で、その声だけは鮮明に響く。


『アズミ。今日から貴方はアズミです』


「……あぁ」


アズミ。
ただの名前にしては重すぎた響きを持った、何か決死を覚悟したような呟きでもって、付けられた名前。

富岡静流は言った。


「その名前は、貴方にとってはただの名前でしょう。ですが、コタにとってはそうではない」

「親の名か?」

「いいえ」

ゆっくりと、首が二度横に振られる。


「それは猫の名です」



猫、口の中で富岡静流の言葉を繰り返した。



「あの子が初めて拾った、猫の名。それが『アズミ』です」




単に、猫の名をあやかっただけか、とは思えなかった。
彼、”コタ”にとって猫が、他人と同価値にないことを、俺は既に知っている。


「貴方は、私はあの子に甘すぎる、と思っているかもしれませんが。
……いえ、確かに甘い自覚もありますが。それでもヤクザを拾い、まして細工まで施して引き取ることを承認するほど甘くはない。貴方を引き取ることは、私ばかりでなくあの子にとっても危険な事です。もし、貴方がアズミ以外の名前をつけられたのであったなら、私は一般人であることを貫き、必ずコタを諦めさせたでしょう」


彼にとって存在意義の高い、猫。その中でも、その『アズミ』は別格だということか。


「『アズミ』は、小太郎にとっていわばスイッチのようなものです」


スイッチ。


「あの子の感情をあそこまで不安定にさせるのは、後にも先にも『アズミ』だけでしょう。何故かを私は語らない。どんな猫であったかも、何故コタが『アズミ』に執着するかも、私から語るつもりはありません。私が貴方を引き取ると決めたのは、あの子に『アズミ』の二番煎じを与えるためではないからです」

「つまり?」

「貴方には、『アズミ』を変えて頂く」




スイッチたる『アズミ』に伴う記憶、感情を塗り替える。
それが彼が俺に求めること。

しかし、と思う。




「俺が『アズミ』になることは、今まで以上に"コタ"に悪影響を与えるんじゃないのか?」


彼は、猫を、自身を肯定する存在として依存している傾向が見られる。
『アズミ』がスイッチになってしまったのもその関係からだろう。

そこで、俺みたいのが『アズミ』になることは、余計彼に『アズミ』への依存、執着を掻き立てるのではないか。


「私もそれは思いました。けれどコタは貴方をアズミと名付けてしまった。その上で貴方を見捨てることは、彼の抱える、『アズミ』の名に伴うトラウマを今まで以上に酷くする可能性が高い。そしてその方がリスクも高いんですよ」


苦々しい顔は、吐き捨てるように言い募る。


確かに俺を『アズミ』とし引き取ることで、コタは人間の形をした『アズミ』に、依存するかもしれない。
しかし、俺を『アズミ』にすることで、彼は『アズミ』の呪縛から解き放たれるかもしれない。


なるほど、俺を与えた方が可能性の選択肢は増える。そして当然、富岡静流が俺に求めるのは、コタが後者の可能性を得るよう仕向けることだ。


「だがどうやって? 俺は俺としてしか生きられない」


「簡単なことです。言ったでしょう? 貴方はコタが良いと言うまで、例え瀕死の瀬戸際でも、生きることにしがみついてもらう、と。それでいいんです」



まぁ、貴方にとっては何より難しいことかもしれませんが、と富岡静流は皮肉交じりに付け加えた。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

シスルの花束を

碧月 晶
BL
年下俺様モデル×年上訳あり青年 ~人物紹介~ ○氷室 三門(ひむろ みかど) ・攻め(主人公) ・23歳、身長178cm ・モデル ・俺様な性格、短気 ・訳あって、雨月の所に転がり込んだ ○寒河江 雨月(さがえ うげつ) ・受け ・26歳、身長170cm ・常に無表情で、人形のように顔が整っている ・童顔 ※作中に英会話が出てきますが、翻訳アプリで訳したため正しいとは限りません。 ※濡れ場があるシーンはタイトルに*マークが付きます。 ※基本、三門視点で進みます。 ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

この胸の高鳴りは・・・

暁エネル
BL
電車に乗りいつも通り大学へと向かう途中 気になる人と出会う男性なのか女性なのかわからないまま 電車を降りその人をなぜか追いかけてしまった 初めての出来事に驚き その人に声をかけ自分のした事に 優しく笑うその人に今まで経験した事のない感情が・・・

あなたの隣で初めての恋を知る

彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

あの部屋でまだ待ってる

名雪
BL
アパートの一室。 どんなに遅くなっても、帰りを待つ習慣だけが残っている。 始まりは、ほんの気まぐれ。 終わる理由もないまま、十年が過ぎた。 与え続けることも、受け取るだけでいることも、いつしか当たり前になっていく。 ――あの部屋で、まだ待ってる。

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

処理中です...