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「やっぱり力出ないな」
「そりゃそうですよ。魔力封じの手枷なんですから」
今志郎の左手首とビスカの右手首には、黒くまがまがしい輪っかがはめられ、その間を同じく黒くまがまがしい鎖が繋がれていた。
「ふーん。これが魔力封じの手枷か。すごいなこれ。ほんとに力でないもんな」
マジマジと手枷を見てうなる志郎。
カンダールの港に着いた二人は下船すると瞬く間に魔族に囲まれた。それもあっという間にビスカを人質にとられ志郎はチートな力を発揮することなくビスカとともに魔力封じの手枷をはめられたのだった。
「ちょっとあんたら!この鎖はずしなさいよ!」
その大声で魔族たちがビクッとなりビスカを見た。
「トイレ行く時どうすんのよ!まさかシロー様と一緒に行けって言わないわよね!」
と目を吊り上げて怒るビスカ。
「えと、あの、その時ははずしますから心配ないです」
一人の魔族がおどおどしながらビスカに答えたがビスカの迫力に押され気味だ。
「本当なんでしょうね!」
「は、はい。えと、その時はおっしゃってください。魔族の女が付き添いますので、はい」
「ふう。まあ、いいわ。それよりさ、今の状況ってどうなってるの?見たところカンダールは魔族に落とされたみたいだけど」
今志郎とビスかの二人は馬車に乗せられカンダール城に向かっている。
「あとで話するんで待っててくれませんか」
と身体を縮こま背ながらそういう魔族。
「ちょっとあんた!それくらい話してもいいじゃないの。それともあんたはこの町の状況を把握してないっていうの?それほどあんたの状況把握力は劣ってるの?そんなことでよく偉そうなことが言えるわね。ほんっと、あきれた」
ゴミでも見るような目でその魔族を睨んだ。
「おいおいビスカ、そこまで言わなくても……。ほら見ろ、あの魔族俯いたぞ」
「ふんっ。それらな説明してちょうだい」
腕組みをして魔族を見下ろすビスカ。
「わ、わかりましたよっ。もう、そんなに言わなくてもいいじゃないですか」
「いいから話しなさい」
「わかりましたよ、ほんと怖いなぁこの人。……えと、今から三か月ほど前、俺達魔王軍はカンダールに攻め入ったんです。で、抵抗はあったんですが我らの敵ではなかったです。一週間ほどで城を落としカンダール王を捉え町の民を解放したということです。これでいいですか?」
魔族はちょっとだけふてくされたように話をした。
「おいちょっと待て。今なんて言った?カンダール王を捕らえ民を解放したって?その言い方だとカンダール王が民を虐げてたように聞こえるんだが?」
と志郎。
「あ、まあ、そういうことなんですけど?何か?」
「い、いや、俺はさ、カンダールが魔族に攻めてこられて滅亡しかけてるから助けてくれって頼まれたんだけど……。ビスカ、そうだったよな?」
「……」
目を伏せるビスカ。
「ビスカ?」
心配そうな志郎。
「……シロー様、私……。私、やっぱり、カンダールに騙されてたみたいです」
と馬車の窓から外を見る。そこには魔族と楽しそうに話をするカンダールの人々がいた。
「入ってください」
志郎たちを連れてきた腰の低い魔族が豪華で煌びやかで華美な装飾された謁見室のドアを開けて志郎とビスカに入室を促した。
中に入ると真っ赤なカーペットが真っすぐ敷いてあり、その先には数段の階段。そしてそこにはこれでもかと色とりどりの宝石が散りばめられた、あまり趣味がいいとは言えないような豪華で煌びやかな王座があった。
「たぶん魔王が来るんだよな」
「はい。たぶんそうだと思います」
二人はとりあえず階段の下まで行くと立ち止まった。
そして30秒もたたないうちに誰かが壇上に現れた。
頭の上には捩じれたツノが二本。肌は浅黒く耳まで避けた口からは鋭い牙が一本覗いていた。そしてその顎には白く立派な顎髭。
「魔王……か?」
「たぶん……、でも……」
二人がその魔族を見て不思議に思ったのも無理はない。その魔族は手に抱えたものをその豪華すぎる椅子のすぐ前に置くとそこによっこらしょと座った。そう、魔族が抱えていたものはパイプ椅子だった。
「こほん」
わざとらしい咳払いをすると魔族は志郎たちを見た。だがビスカは気になって気になってしょうがない。つい口に出してしまった。
「なんで牙が一本?」
「うっ……」
ビスカが聞こえないような声で呟いたがどうやら魔王には聞こえてたようだ。
「ふぉっふぉっふぉっ。この牙はな実はバナリンゴをかじったら折れてしまってな。わははは。恥ずかしいからあまり見んでくれますかな」
と本当に恥ずかしそうに両手で口を隠した。
「「は、はあ……」」
脱力する二人。
「コほん。ま、まあ、そんなことはどうでもいいんです。あなたたちのことが重要なのです。いくつか尋ねさせてくださらんかな?」
と魔王は仕切り直しとばかりにわざとらしく咳払いをした。
「あ、そうだな。えと、魔王のじいさん」
「ふぉっふぉっふぉっ。ワシが魔王とよくわかりましたな。まあ、しかたありませんな。魔王としてのオーラは隠せるものじゃありませんからな」
今度はカッカッカッと笑う魔王。おまけに胸をそっくり返している。椅子に背もたれがなければ絶対に後ろに倒れて頭を撃ってただろう。
「あなたたちは何者でしょうかな?そしてあなた方二人はなぜ今頃ここカンダールに戻ってきたのですかな?」
真剣に二人に尋ねる魔王。
「えーとだな。何から離せばいいのやら。なあ、ビスカ」
「あ、はい。それじゃ私がお話しましょうか」
ビスカが二人の素性を話し出した。
「私はビスカ。カンダール魔術団所属の召喚魔法師。五か月前に異世界勇者召喚の儀式をしました。そしてここにおられるシロー様を召喚しました。でも、何かの手違いでカンダールより南に千キロの孤島にシロー様は召喚されてしまい、私がお迎えに行ったのです」
志郎をチラット見るビスカ。
「ああ。そうだ」
そしてまたビスカが話し出した。
「私は生まれつき魔力がとても強く、そして召喚魔法の適正がとても強かった。それを知ったカンダール王は私がまだ子供の時、強制的に登城させられました。そしてそれから一度も城からでることなくこれまで生きてきました。私の召喚魔法は平和なカンダールを襲いくる対魔族にとても効果的だと教えられて来て疑うこともなかった。けど、シロー様の召喚トラブルの時にわかったのです」
ビスカは一息つくとまた話し出した。
「十隻の船団でシロー様を迎えに行く海の上で船長と騎士団長が話しているのを聞いたのです。魔族が来たら愚民たちの金や食料、女たちを自由にできなくなってしまうと」
俯き口を強く結ぶビスカ。深呼吸をすると前を向いて魔王を見つめた。
「シロー様と無事出会えカンダールに戻ってみれば……。魔族と民たちが仲良くしている光景が目に入ってきました。そして民たちはとても幸せそうでした。船長と騎士団長の言ってたことが真実なんだとわかりました。私、私は……」
何かを言おうとしたが魔王がそれを制した。
「そうでしたか。もう、もういいのですよ。そのような辛いことはもうこの先起こりませんよビスカさん」
「ま、魔王様……」
ビスカは両手で顔を覆うと号泣した。
「さて、シローさんでしたかな?確かビスカさんが勇者と言っておられましたな」
「あ、ああ。一応勇者ってことになってるけど、俺なーんにもしてないぞまだ」
「ふぉっふぉっふぉっ。そうじゃな。で、お前さん、これからどうする?」
「どうするって……」
「勇者としての仕事もなくなったんじゃよ。この世界にいてもしかたないと思いますがな」
と魔王。
「そ、そうだよな。なあビスカ。俺はどうやったら元の世界に戻れるんだ?」
「えと、あの……」
「もしかして還れないとか?」
「いえ、還れますが、今はちょっと無理なんです。あの魔法陣を起動させるのにはたくさんの魔力が必要なんですが、私には注ぎ込む魔力が少なく、たぶん数ヶ月はかかると思います。すみません」
「でも数ヶ月たてば還れるんだよな」
「は、はい……」
「だいたい何か月くらいかかりそうだ?」
「えと……。たぶん七か月くらいかと……。すみません」
と涙目のビスカ。
「七か月くらいか」」
「あ、はい」
「わかったよ。そんな悲しそうな顔しなくていいぞ。還れることがわかってるなら安心だ」
微笑む志郎。
「それじゃ俺、この町の復興の手伝いするよ。まあ、俺にできることだけだけどな」
「ありがとうございます」
とうれしそうなビスカ。
「ところで魔王のじいさん。カンダールの王様は今どうしてるんだ?」
「あの愚王ですか。ぐふふふふ。もうこの世にはいませんよ」
それを聞いて驚いたのはビスカだった。
「もしかして死んだの?」
「ワシらが城を落とし王を引きずって城から出たら民たちが王を渡してくれと頼んできてな、それで暴れる王を民に渡した」
そして続けてこう言った。
「民に取り囲まれた王はしばらく苦悶の声や絶叫をあげていたが次第に聞こえなくなってな。民が引き上げたあとには何やらミンチが残っておったよ。ぐはははは」
愉快愉快と笑う魔王。こんなところはやはり魔王なんだなとしみじみ思う志郎とビスカだった。
そして志郎が召喚されてから一年。
ここはカンダール城の中庭。
その芝生の上には複雑怪奇な魔法陣がピカピカと明滅を繰り返している。
「世話になったなビスカ」
「すみませんシロー様。七ヶ月でご帰還できるのに一年も町の復興を手伝っていただき申し訳ございませんでした」
「いや、気にすんなビスカ。俺が勝手に復興を手伝いたかっただけだから」
「ありがとうございましたシロー様。感謝いたします」
深々と叩頭するビスカ。
「私、この平和なカンダールを護っていけるように頑張ります」
「ああ。頑張れよ」
「はい!」
志郎に笑顔を向けるビスカ。
「さて、ビスカさん。そろそろじゃよ」
「あ、はい。魔王様」
ビスカは今では魔王の許で魔術団長をしている。カンダールを発展させたいと魔王に頼み家臣にしてもらったのだった。
「さあシロー様。魔法陣の中央へ」
「ああ」
志郎はそう返事をすると魔法陣の中心にピョンと飛び移った。
「それではシロー様。ありがとうございました」
「ああ。みんな元気でな」
「帰還魔法陣、発動!」
ビスカは両手に持った煌びやかな杖を魔法陣目掛け振り下ろした。
いままで明滅を繰り返していた魔法陣は白く強い光を放った。そして十数秒後、ゆっくりと光は消えた。
そこには志郎の影も形もなく、そして魔法陣もきれいになくなっていた。
「シロー様」
ビスカは青い空を仰ぎ見てうれしそうに微笑んだ。
「あっ、お還り~!」
「うぐっ!ふがががが!」
白い光がまぶしくて目を瞑った志郎、そろそろいいかと目を開くと目の前に迫る大きな大きな大きな二つの山。山頂にはピンク色に輝く突起物。
志郎はそれが何かと認識をした瞬間その山の谷間に挟まれて息ができなくなった。
「ようやく還ってこられたのねえ。お姉さんうれしいわぁ~!」
「ふごっ!ふがふがっ!い、息が……できん!」
じたばたもがく志郎だがガッチリと頭をホールドされててまったくビクともしない。
「……し、死ぬぅ……」
その言葉が耳に入ったのだろうあわてて志郎の顔を解放した。
「あはははは、ごめーん。苦しかったぁ?あははは」
と笑う金髪緑目の美女。
「ぐほっ!がはっ!ごほごほっすーはー、すーはー。く、苦しかったぁ。死ぬかと思ったぞこのエロ女神ぃ!」
というと志郎は机の上に置いてあった新聞を丸めると女神の頭目掛けフルスイングした。
バシッ!
「いったぁぁぁぁぁぁい!」
頭を押さえて涙目になる女神ターシァ。
「何すんのよぉ!痛いじゃない!愛の抱擁をしただけなのにぃ~」
「黙れエロ女神!……って今回も全裸か!服を着ろ、服を!変態エロ女神!」
「あはん。いやん。そんなに怒らなくてもぉ」
と言いながら身体をくねくねくねらせる女神。
「く、くそっ!逆効果か!」
脱力する志郎。
「も。もういい。おいエロ女神。異世界のカンダールは平和になったぞ。俺の仕事も終わったから元の世界に戻してくれ」
「え、ええええええ!も、もう戻っちゃうの!あたしとはまだあんなこともこんなこともしてないのにぃ~!プウー!」
と頬を膨らませる女神ターシァ。
「せん!なーんにもせん!だから早く元の世界に還せ!」
丸めた新聞を再び振り上げる志郎。
「わわわわわかった、わかったからぶたないでぇ!痛いのはいや~ん、うふっ」
とニヤニヤしながら頭を抑えた。
「うっ……。ま、まあいい。どうでもいいから早くしろ」
「んもう。わかったわよ。……って言ってもその襖の向こうはもう元の世界よ」
志郎の後ろの襖を指さすとほほ笑むターシァ。
「へ?そうなのか。わかった。それじゃあな」
志郎はサッと立つとターシァに背を向けると襖に手をかけた。
「ところで時間軸はどうなってる?元の世界の時間も進んでるのか?」
「いいえ。こっちに来た時の同じ時間に戻るから大丈夫よ。シローは行方不明になってないから安心して」
「そっか。それなら安心だ。ありがとなエロ女神」
「うん」
「それじゃあな」
志郎は襖を開けて元の世界に還っていった。
「そりゃそうですよ。魔力封じの手枷なんですから」
今志郎の左手首とビスカの右手首には、黒くまがまがしい輪っかがはめられ、その間を同じく黒くまがまがしい鎖が繋がれていた。
「ふーん。これが魔力封じの手枷か。すごいなこれ。ほんとに力でないもんな」
マジマジと手枷を見てうなる志郎。
カンダールの港に着いた二人は下船すると瞬く間に魔族に囲まれた。それもあっという間にビスカを人質にとられ志郎はチートな力を発揮することなくビスカとともに魔力封じの手枷をはめられたのだった。
「ちょっとあんたら!この鎖はずしなさいよ!」
その大声で魔族たちがビクッとなりビスカを見た。
「トイレ行く時どうすんのよ!まさかシロー様と一緒に行けって言わないわよね!」
と目を吊り上げて怒るビスカ。
「えと、あの、その時ははずしますから心配ないです」
一人の魔族がおどおどしながらビスカに答えたがビスカの迫力に押され気味だ。
「本当なんでしょうね!」
「は、はい。えと、その時はおっしゃってください。魔族の女が付き添いますので、はい」
「ふう。まあ、いいわ。それよりさ、今の状況ってどうなってるの?見たところカンダールは魔族に落とされたみたいだけど」
今志郎とビスかの二人は馬車に乗せられカンダール城に向かっている。
「あとで話するんで待っててくれませんか」
と身体を縮こま背ながらそういう魔族。
「ちょっとあんた!それくらい話してもいいじゃないの。それともあんたはこの町の状況を把握してないっていうの?それほどあんたの状況把握力は劣ってるの?そんなことでよく偉そうなことが言えるわね。ほんっと、あきれた」
ゴミでも見るような目でその魔族を睨んだ。
「おいおいビスカ、そこまで言わなくても……。ほら見ろ、あの魔族俯いたぞ」
「ふんっ。それらな説明してちょうだい」
腕組みをして魔族を見下ろすビスカ。
「わ、わかりましたよっ。もう、そんなに言わなくてもいいじゃないですか」
「いいから話しなさい」
「わかりましたよ、ほんと怖いなぁこの人。……えと、今から三か月ほど前、俺達魔王軍はカンダールに攻め入ったんです。で、抵抗はあったんですが我らの敵ではなかったです。一週間ほどで城を落としカンダール王を捉え町の民を解放したということです。これでいいですか?」
魔族はちょっとだけふてくされたように話をした。
「おいちょっと待て。今なんて言った?カンダール王を捕らえ民を解放したって?その言い方だとカンダール王が民を虐げてたように聞こえるんだが?」
と志郎。
「あ、まあ、そういうことなんですけど?何か?」
「い、いや、俺はさ、カンダールが魔族に攻めてこられて滅亡しかけてるから助けてくれって頼まれたんだけど……。ビスカ、そうだったよな?」
「……」
目を伏せるビスカ。
「ビスカ?」
心配そうな志郎。
「……シロー様、私……。私、やっぱり、カンダールに騙されてたみたいです」
と馬車の窓から外を見る。そこには魔族と楽しそうに話をするカンダールの人々がいた。
「入ってください」
志郎たちを連れてきた腰の低い魔族が豪華で煌びやかで華美な装飾された謁見室のドアを開けて志郎とビスカに入室を促した。
中に入ると真っ赤なカーペットが真っすぐ敷いてあり、その先には数段の階段。そしてそこにはこれでもかと色とりどりの宝石が散りばめられた、あまり趣味がいいとは言えないような豪華で煌びやかな王座があった。
「たぶん魔王が来るんだよな」
「はい。たぶんそうだと思います」
二人はとりあえず階段の下まで行くと立ち止まった。
そして30秒もたたないうちに誰かが壇上に現れた。
頭の上には捩じれたツノが二本。肌は浅黒く耳まで避けた口からは鋭い牙が一本覗いていた。そしてその顎には白く立派な顎髭。
「魔王……か?」
「たぶん……、でも……」
二人がその魔族を見て不思議に思ったのも無理はない。その魔族は手に抱えたものをその豪華すぎる椅子のすぐ前に置くとそこによっこらしょと座った。そう、魔族が抱えていたものはパイプ椅子だった。
「こほん」
わざとらしい咳払いをすると魔族は志郎たちを見た。だがビスカは気になって気になってしょうがない。つい口に出してしまった。
「なんで牙が一本?」
「うっ……」
ビスカが聞こえないような声で呟いたがどうやら魔王には聞こえてたようだ。
「ふぉっふぉっふぉっ。この牙はな実はバナリンゴをかじったら折れてしまってな。わははは。恥ずかしいからあまり見んでくれますかな」
と本当に恥ずかしそうに両手で口を隠した。
「「は、はあ……」」
脱力する二人。
「コほん。ま、まあ、そんなことはどうでもいいんです。あなたたちのことが重要なのです。いくつか尋ねさせてくださらんかな?」
と魔王は仕切り直しとばかりにわざとらしく咳払いをした。
「あ、そうだな。えと、魔王のじいさん」
「ふぉっふぉっふぉっ。ワシが魔王とよくわかりましたな。まあ、しかたありませんな。魔王としてのオーラは隠せるものじゃありませんからな」
今度はカッカッカッと笑う魔王。おまけに胸をそっくり返している。椅子に背もたれがなければ絶対に後ろに倒れて頭を撃ってただろう。
「あなたたちは何者でしょうかな?そしてあなた方二人はなぜ今頃ここカンダールに戻ってきたのですかな?」
真剣に二人に尋ねる魔王。
「えーとだな。何から離せばいいのやら。なあ、ビスカ」
「あ、はい。それじゃ私がお話しましょうか」
ビスカが二人の素性を話し出した。
「私はビスカ。カンダール魔術団所属の召喚魔法師。五か月前に異世界勇者召喚の儀式をしました。そしてここにおられるシロー様を召喚しました。でも、何かの手違いでカンダールより南に千キロの孤島にシロー様は召喚されてしまい、私がお迎えに行ったのです」
志郎をチラット見るビスカ。
「ああ。そうだ」
そしてまたビスカが話し出した。
「私は生まれつき魔力がとても強く、そして召喚魔法の適正がとても強かった。それを知ったカンダール王は私がまだ子供の時、強制的に登城させられました。そしてそれから一度も城からでることなくこれまで生きてきました。私の召喚魔法は平和なカンダールを襲いくる対魔族にとても効果的だと教えられて来て疑うこともなかった。けど、シロー様の召喚トラブルの時にわかったのです」
ビスカは一息つくとまた話し出した。
「十隻の船団でシロー様を迎えに行く海の上で船長と騎士団長が話しているのを聞いたのです。魔族が来たら愚民たちの金や食料、女たちを自由にできなくなってしまうと」
俯き口を強く結ぶビスカ。深呼吸をすると前を向いて魔王を見つめた。
「シロー様と無事出会えカンダールに戻ってみれば……。魔族と民たちが仲良くしている光景が目に入ってきました。そして民たちはとても幸せそうでした。船長と騎士団長の言ってたことが真実なんだとわかりました。私、私は……」
何かを言おうとしたが魔王がそれを制した。
「そうでしたか。もう、もういいのですよ。そのような辛いことはもうこの先起こりませんよビスカさん」
「ま、魔王様……」
ビスカは両手で顔を覆うと号泣した。
「さて、シローさんでしたかな?確かビスカさんが勇者と言っておられましたな」
「あ、ああ。一応勇者ってことになってるけど、俺なーんにもしてないぞまだ」
「ふぉっふぉっふぉっ。そうじゃな。で、お前さん、これからどうする?」
「どうするって……」
「勇者としての仕事もなくなったんじゃよ。この世界にいてもしかたないと思いますがな」
と魔王。
「そ、そうだよな。なあビスカ。俺はどうやったら元の世界に戻れるんだ?」
「えと、あの……」
「もしかして還れないとか?」
「いえ、還れますが、今はちょっと無理なんです。あの魔法陣を起動させるのにはたくさんの魔力が必要なんですが、私には注ぎ込む魔力が少なく、たぶん数ヶ月はかかると思います。すみません」
「でも数ヶ月たてば還れるんだよな」
「は、はい……」
「だいたい何か月くらいかかりそうだ?」
「えと……。たぶん七か月くらいかと……。すみません」
と涙目のビスカ。
「七か月くらいか」」
「あ、はい」
「わかったよ。そんな悲しそうな顔しなくていいぞ。還れることがわかってるなら安心だ」
微笑む志郎。
「それじゃ俺、この町の復興の手伝いするよ。まあ、俺にできることだけだけどな」
「ありがとうございます」
とうれしそうなビスカ。
「ところで魔王のじいさん。カンダールの王様は今どうしてるんだ?」
「あの愚王ですか。ぐふふふふ。もうこの世にはいませんよ」
それを聞いて驚いたのはビスカだった。
「もしかして死んだの?」
「ワシらが城を落とし王を引きずって城から出たら民たちが王を渡してくれと頼んできてな、それで暴れる王を民に渡した」
そして続けてこう言った。
「民に取り囲まれた王はしばらく苦悶の声や絶叫をあげていたが次第に聞こえなくなってな。民が引き上げたあとには何やらミンチが残っておったよ。ぐはははは」
愉快愉快と笑う魔王。こんなところはやはり魔王なんだなとしみじみ思う志郎とビスカだった。
そして志郎が召喚されてから一年。
ここはカンダール城の中庭。
その芝生の上には複雑怪奇な魔法陣がピカピカと明滅を繰り返している。
「世話になったなビスカ」
「すみませんシロー様。七ヶ月でご帰還できるのに一年も町の復興を手伝っていただき申し訳ございませんでした」
「いや、気にすんなビスカ。俺が勝手に復興を手伝いたかっただけだから」
「ありがとうございましたシロー様。感謝いたします」
深々と叩頭するビスカ。
「私、この平和なカンダールを護っていけるように頑張ります」
「ああ。頑張れよ」
「はい!」
志郎に笑顔を向けるビスカ。
「さて、ビスカさん。そろそろじゃよ」
「あ、はい。魔王様」
ビスカは今では魔王の許で魔術団長をしている。カンダールを発展させたいと魔王に頼み家臣にしてもらったのだった。
「さあシロー様。魔法陣の中央へ」
「ああ」
志郎はそう返事をすると魔法陣の中心にピョンと飛び移った。
「それではシロー様。ありがとうございました」
「ああ。みんな元気でな」
「帰還魔法陣、発動!」
ビスカは両手に持った煌びやかな杖を魔法陣目掛け振り下ろした。
いままで明滅を繰り返していた魔法陣は白く強い光を放った。そして十数秒後、ゆっくりと光は消えた。
そこには志郎の影も形もなく、そして魔法陣もきれいになくなっていた。
「シロー様」
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「あっ、お還り~!」
「うぐっ!ふがががが!」
白い光がまぶしくて目を瞑った志郎、そろそろいいかと目を開くと目の前に迫る大きな大きな大きな二つの山。山頂にはピンク色に輝く突起物。
志郎はそれが何かと認識をした瞬間その山の谷間に挟まれて息ができなくなった。
「ようやく還ってこられたのねえ。お姉さんうれしいわぁ~!」
「ふごっ!ふがふがっ!い、息が……できん!」
じたばたもがく志郎だがガッチリと頭をホールドされててまったくビクともしない。
「……し、死ぬぅ……」
その言葉が耳に入ったのだろうあわてて志郎の顔を解放した。
「あはははは、ごめーん。苦しかったぁ?あははは」
と笑う金髪緑目の美女。
「ぐほっ!がはっ!ごほごほっすーはー、すーはー。く、苦しかったぁ。死ぬかと思ったぞこのエロ女神ぃ!」
というと志郎は机の上に置いてあった新聞を丸めると女神の頭目掛けフルスイングした。
バシッ!
「いったぁぁぁぁぁぁい!」
頭を押さえて涙目になる女神ターシァ。
「何すんのよぉ!痛いじゃない!愛の抱擁をしただけなのにぃ~」
「黙れエロ女神!……って今回も全裸か!服を着ろ、服を!変態エロ女神!」
「あはん。いやん。そんなに怒らなくてもぉ」
と言いながら身体をくねくねくねらせる女神。
「く、くそっ!逆効果か!」
脱力する志郎。
「も。もういい。おいエロ女神。異世界のカンダールは平和になったぞ。俺の仕事も終わったから元の世界に戻してくれ」
「え、ええええええ!も、もう戻っちゃうの!あたしとはまだあんなこともこんなこともしてないのにぃ~!プウー!」
と頬を膨らませる女神ターシァ。
「せん!なーんにもせん!だから早く元の世界に還せ!」
丸めた新聞を再び振り上げる志郎。
「わわわわわかった、わかったからぶたないでぇ!痛いのはいや~ん、うふっ」
とニヤニヤしながら頭を抑えた。
「うっ……。ま、まあいい。どうでもいいから早くしろ」
「んもう。わかったわよ。……って言ってもその襖の向こうはもう元の世界よ」
志郎の後ろの襖を指さすとほほ笑むターシァ。
「へ?そうなのか。わかった。それじゃあな」
志郎はサッと立つとターシァに背を向けると襖に手をかけた。
「ところで時間軸はどうなってる?元の世界の時間も進んでるのか?」
「いいえ。こっちに来た時の同じ時間に戻るから大丈夫よ。シローは行方不明になってないから安心して」
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王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
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