悪魔を狩る者 ~ツェザリ・カレンバハの生涯~

京衛武百十

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ギャナンの章

天賦の才

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赤ん坊を生み捨て、左官屋の男の家から家財道具を持ち逃げしたアラベルがどうしたかと言うと、彼女の一体どこがいいのか、またも男の家に転がり込んでいた。ギャナンと共に。

ギャナン自身、いい加減にこんな母親を見限って逃げればいいものを、彼にはその発想がないらしい。まだ七歳の子供だから当然と言えば当然なのかもしれないが……

いずれにせよ、左官屋の男の家から持ち逃げした家財道具をやはり古道具屋に売って金にしたアラベルだったが、実はこの時、男の部屋から持ち出した左官で使う道具がそこそこの値段で買い取ってもらえたことで、いい感じに酔っぱらっていたところで今度は女房を病で亡くしたパン屋を営む男と意気投合。またも家に転がり込むことに成功したのだ。

なんとも、そういう男を見付け出すことに関しては<天賦の才>とでも言うべきものが備わっているのかもしれない。

この女には。

なお、ギャナンのことは、

「事故で頭を怪我して、それからおかしくなってしまって……」

などと、しおらしい様子で涙ながらに大嘘を吐き、パン屋の男の同情を買って、

「俺んとこに来い。子供ともども幸せにしてやる」

と、酒の勢いとはいえ言わせてみせたのだ。

パン屋の男も、酒に酔った勢いとはいえどアラベルのことは気に入ったので、その通り、二人を家に迎え入れてくれた。そしてアラベルは、ここでさらに意外な才能を発揮して、男のパン作りを手伝ってみせたのである。

「お前、パン作りの経験があるのか?」

男はそう感心するものの、

「ううん、全然。でも、なんか楽しいね。これ」

笑顔でアラベルはそう返したのだ。

もしかすると、最初からこの才能に気付いてパン屋にでも務めていれば、今よりずっとマシな人生を歩んでいたかもしれない。が、『でも』も『しかし』も過去を変えてくれはしない。ギャナンにとっても、この母親の下に生まれたことで多くの不幸を味わった事実は変わらない。そして、彼の中に芽生えたものも……

アラベルは、今度こそ楽な生活を逃したくないと考え、パン屋の男の前では一緒にパン屋を切り盛りする<良い女房>のフリをしつつ、しかしその裏では、

<良い女房の仮面を被ることによって生じるストレス>

を、ギャナンにぶつけることで解消した。多少、そこで物音を立てても、

『事故で頭がおかしくなったギャナンが時々暴れる』

として、周囲の目を欺いてきた。

なお、<ガキ>という意味であるギャナンの名については、

「この子の父親がロクデナシで、そう呼んでいて変えられなかったの……」

などと抜け抜けと語っていたのである。

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