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ギャナンの章
シュー・ア・ラ・クレーム
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森の中での異変などまるで気付くこともなく、ギャナンは以前と同じようにパン屋の男の家で暮らし始めた。
パン屋の男はやはりギャナンを虐げはしなかったものの仕事が忙しく、構ってやることはできていなかった。それをいいことに、アラベルは、何かと言って彼の体をつねりあげたりして、自身の憂さを晴らした。当然、普段は服に隠れて見えない部分をだ。万が一見えたとしても、
『また暴れてぶつけて』
と言って誤魔化すだけだが。ギャナンも、帰ってはきたもののだからと言って母親に対する恋慕の情も特に見せるわけでもなく、不穏な表情で睨みつけるだけだった。
おそらく余人にはまったく理解できないであろう異様な関係だった。さりとて、それが崩壊するのも時間の問題だろう。
ギャナンの中に蓄積されたそれは、もう、いつ臨界点を迎えてもおかしくないものだったからだ。
その一方で、ギャナンとアラベルの異常な関係性など周囲の人間達には何も関係ないわけで、ごくごく平凡な日常を送っているだけだった。
パン屋の裏にある靴屋もそうだった。そこに住む父と娘は、当時では珍しいくらいの<いい人>だった。
まあそれは、パン屋の男がお人好しだったことで向こうも刺々する必要がなかったからというのもあるのだろうが。
売れ残ったパンを、惜しみなく渡したりするのだ。すると向こうも、靴の修理などを無償で行ってくれたりもした。
「いつも悪いね」
ギャナンの靴が傷んでいたので修理を頼み、それが出来上がったのを受け取る代わりに、パン屋の男がいつものように売れ残ったパンを渡しながら言った。
「いやいや、それはこっちこそだよ。上手いパンがこうして食えて本当に助かってる」
これまた人の好さを絵に描いたような温和な表情をした靴屋の主人がパンを受け取りながら微笑う。すると、その背後から顔を覗かせている者がいた。何と言うか、第一印象としては、<シュー・ア・ラ・クレーム(シュークリーム)>をそのまま人間にしたような、いかにも甘い味がしそうなふんわりした印象の少女だった。年齢は八歳。ギャナンよりはわずかに上である。
なお、この時点ではまだ<シュー・ア・ラ・クレーム(シュークリーム)>は庶民の口に入るようなものでなく、そもそもその存在すら一般には知られていなかっただろうが。などという余談はさておき、
「ほら、ララもお礼を言って」
靴屋の主人が声を掛けると、少女は、
「ありがとう」
いっそう、甘そうな笑顔になって礼を口にした。
そんな<ララ>を見て、パン屋の男は、
「いつか、ララみたいなお菓子を作れたらと思ってるんだよ」
と、目を細めたのだった。
パン屋の男はやはりギャナンを虐げはしなかったものの仕事が忙しく、構ってやることはできていなかった。それをいいことに、アラベルは、何かと言って彼の体をつねりあげたりして、自身の憂さを晴らした。当然、普段は服に隠れて見えない部分をだ。万が一見えたとしても、
『また暴れてぶつけて』
と言って誤魔化すだけだが。ギャナンも、帰ってはきたもののだからと言って母親に対する恋慕の情も特に見せるわけでもなく、不穏な表情で睨みつけるだけだった。
おそらく余人にはまったく理解できないであろう異様な関係だった。さりとて、それが崩壊するのも時間の問題だろう。
ギャナンの中に蓄積されたそれは、もう、いつ臨界点を迎えてもおかしくないものだったからだ。
その一方で、ギャナンとアラベルの異常な関係性など周囲の人間達には何も関係ないわけで、ごくごく平凡な日常を送っているだけだった。
パン屋の裏にある靴屋もそうだった。そこに住む父と娘は、当時では珍しいくらいの<いい人>だった。
まあそれは、パン屋の男がお人好しだったことで向こうも刺々する必要がなかったからというのもあるのだろうが。
売れ残ったパンを、惜しみなく渡したりするのだ。すると向こうも、靴の修理などを無償で行ってくれたりもした。
「いつも悪いね」
ギャナンの靴が傷んでいたので修理を頼み、それが出来上がったのを受け取る代わりに、パン屋の男がいつものように売れ残ったパンを渡しながら言った。
「いやいや、それはこっちこそだよ。上手いパンがこうして食えて本当に助かってる」
これまた人の好さを絵に描いたような温和な表情をした靴屋の主人がパンを受け取りながら微笑う。すると、その背後から顔を覗かせている者がいた。何と言うか、第一印象としては、<シュー・ア・ラ・クレーム(シュークリーム)>をそのまま人間にしたような、いかにも甘い味がしそうなふんわりした印象の少女だった。年齢は八歳。ギャナンよりはわずかに上である。
なお、この時点ではまだ<シュー・ア・ラ・クレーム(シュークリーム)>は庶民の口に入るようなものでなく、そもそもその存在すら一般には知られていなかっただろうが。などという余談はさておき、
「ほら、ララもお礼を言って」
靴屋の主人が声を掛けると、少女は、
「ありがとう」
いっそう、甘そうな笑顔になって礼を口にした。
そんな<ララ>を見て、パン屋の男は、
「いつか、ララみたいなお菓子を作れたらと思ってるんだよ」
と、目を細めたのだった。
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