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悪役が言っていたのを思い出す

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 昔、一真のスマホで一緒に見たアニメで、
『自分達は虐げられてきたから、幸せな奴から取り立てることでしか幸せになれない』
 的なことを悪役が言っていたのを思い出す。けれど、今の琴美は明確にそれに対して、
『否! 断じて否!』
 と口にすることができた。
 確かに、両親に対しては恨みもある。復讐してやりたいという気持ちもある。けれど、だからといって他の幸せな人間から<取り立て>を行ってそれが何になる?
 今、自分がかろうじて幸せを掴めそうになっているのは、
『幸せな誰かから取り立てた』
 からじゃないと断言できる。なぜなら、そのアニメに出ていた悪役は、超常の力を持っていたからだ。普通の人間では全く手も足も出ない超常の力で蹂躙することができたから『取り立てる』こともできた。けれど自分にも一真にもそんな力はない。むしろその悪役に蹂躙される側の<普通の人間>だ。そんな自分達が<取り立て>を行おうとして上手くいくか? いくはずがないと思ったから今の生き方を選んだ。そうしたら幸せを掴めそうになったのだ。あのアニメの悪役のようなことをしようとしたら、結人ゆうと達の力を得ることはできていなかっただろう。
 なるほど、両親が宝くじの高額当選を引き当てて家を出て行ったのはただの幸運だったかもしれない。けれど、たとえそうやって両親が出て行ってくれたとしても、結人達と知り合っていなければ、一真が結人達と友人になっていなければ、こんな風に引っ越しなどをとんとん拍子に決められて、安心できる環境を作れなかっただろう。そして引っ越しを行えたとしても、その費用は琴美の奨学金を使うことになっただろうし、両親が出した小火ボヤの件でも多額の修繕費を請求されてさらに奨学金を使うことになっていたかもしれない。
 また、一真が結人達と同じ学校に通っていたのもただの偶然だろうが、その偶然を今の結果に繋げられたのは、間違いなく一真と琴美の生き方のはずなのだ。
『自分が不幸だったから、他の幸せな誰かから取り立ててやろう』
 なんて考えずにやってきたからこそ、助力が得られた。そうでなければ、一真は結人達と友人になどなっておらず、自分も一真も、きっと今でもあのアパートの一室で、いつ両親が戻ってくるかもしれないという不安に苛まれながら息を殺して生きていたに違いない。
 そして今、大森海美神とりとんとこうして一緒に学校に通ったりしていなかったに違いない。
 あの両親の下に生まれてくることは、自分達では選べなかった。けれど、自分達の選んだ生き方が今に繋がってる。
 それは間違いなくあるはずなのだ。

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