70 / 112
牢獄の女怪
痛み
しおりを挟む
「……」
折れた前歯と裂けた口内の痛みにただただ耐えていたミカは、牢の中の環境に意識を向ける余裕がなかった。
だがそのおかげで、はっきり言ってまっとうな神経では数分と耐えられないようなそれを気にせずにすんだのかもしれない。
ウルフェンスをはじめとしてそれなりに人格者の多いように思えるルパードソン家ではあったものの、その歴史の中ではあまり表に出せないような行いもあったのだろう。その辺りの<負の遺産>がこの地下牢なのだと思われる。
燭台に立てられた蝋燭の灯が辛うじて届くだけの暗い空間だが、それだけでも、石で組まれた壁や床に得体の知れない染みが残されていることが察せられた。明るいところで見ればそれこそ吐き気を催すような環境だろう。
皮肉にも、痛みに耐える間にこの異様さにも慣らされていったのかもしれない。
なお、外の光がまったく届かないものの、遠くの方からかすかな物音が届いてくることで、人が活動していることを伝えてくる。
それにより、
静寂に包まれている=深夜。
人が絶え間なく動いている気配がする=昼間。
だと推測できた。
そして人の気配がしている間に、一回、食事が運ばれてきた。
「おらよ」
看守としてここに配されたであろう元兵士と思しき若い男が、面倒くさそうに檻越しにパンを投げて寄越す。
バゲットと呼ばれる硬いパンに良く似たそれは不規則に刎ねて、ミカが蹲っていた場所とは反対側に転がった。
それを見届けると男は早々に立ち去ってしまう。
水は、檻の前に桶が置かれていてそこに入っているものを手で掬って飲むのだが、前歯が折れて剥き出しになった歯髄と裂けた口内にしみるのでほとんど唇を湿らせる程度しか飲めなかった。
そんな状態なので硬いパンなどそれこそ食べられそうにない。
なのでミカは、普通なら絶対に食べようとは思わないであろう不潔な床に転がったパンを拾って取り敢えず自分の衣服にくるんでおいた。今は無理でも食べられるようになってから食べるためだ。
明らかに一日以上経ってから初めて与えられた食事なので、毎日必ずもらえるとは限らないだろうと予測しての対応だった。そしてミカの予測は的中する。
剥き出しになった歯髄がもたらす痛みに加え、裂けた口内は口内炎も併発し、ミカを責め苛む。
その後、少なくとも二回、静寂と僅かな人の気配というサイクルを繰り返す間、誰も訪れなかったのだ。食事の提供も水の交換もない。
なお、食べられなくとも、人体は出すものは出す。それはどうやら、牢の隅に置かれた桶にしろということのようだったので、ミカは素直にそうした。
若い女性としては耐えられないようなその仕打ちにも、彼女は何も言わなかったのだった。
折れた前歯と裂けた口内の痛みにただただ耐えていたミカは、牢の中の環境に意識を向ける余裕がなかった。
だがそのおかげで、はっきり言ってまっとうな神経では数分と耐えられないようなそれを気にせずにすんだのかもしれない。
ウルフェンスをはじめとしてそれなりに人格者の多いように思えるルパードソン家ではあったものの、その歴史の中ではあまり表に出せないような行いもあったのだろう。その辺りの<負の遺産>がこの地下牢なのだと思われる。
燭台に立てられた蝋燭の灯が辛うじて届くだけの暗い空間だが、それだけでも、石で組まれた壁や床に得体の知れない染みが残されていることが察せられた。明るいところで見ればそれこそ吐き気を催すような環境だろう。
皮肉にも、痛みに耐える間にこの異様さにも慣らされていったのかもしれない。
なお、外の光がまったく届かないものの、遠くの方からかすかな物音が届いてくることで、人が活動していることを伝えてくる。
それにより、
静寂に包まれている=深夜。
人が絶え間なく動いている気配がする=昼間。
だと推測できた。
そして人の気配がしている間に、一回、食事が運ばれてきた。
「おらよ」
看守としてここに配されたであろう元兵士と思しき若い男が、面倒くさそうに檻越しにパンを投げて寄越す。
バゲットと呼ばれる硬いパンに良く似たそれは不規則に刎ねて、ミカが蹲っていた場所とは反対側に転がった。
それを見届けると男は早々に立ち去ってしまう。
水は、檻の前に桶が置かれていてそこに入っているものを手で掬って飲むのだが、前歯が折れて剥き出しになった歯髄と裂けた口内にしみるのでほとんど唇を湿らせる程度しか飲めなかった。
そんな状態なので硬いパンなどそれこそ食べられそうにない。
なのでミカは、普通なら絶対に食べようとは思わないであろう不潔な床に転がったパンを拾って取り敢えず自分の衣服にくるんでおいた。今は無理でも食べられるようになってから食べるためだ。
明らかに一日以上経ってから初めて与えられた食事なので、毎日必ずもらえるとは限らないだろうと予測しての対応だった。そしてミカの予測は的中する。
剥き出しになった歯髄がもたらす痛みに加え、裂けた口内は口内炎も併発し、ミカを責め苛む。
その後、少なくとも二回、静寂と僅かな人の気配というサイクルを繰り返す間、誰も訪れなかったのだ。食事の提供も水の交換もない。
なお、食べられなくとも、人体は出すものは出す。それはどうやら、牢の隅に置かれた桶にしろということのようだったので、ミカは素直にそうした。
若い女性としては耐えられないようなその仕打ちにも、彼女は何も言わなかったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる