JC邪神の超常的な日常

京衛武百十

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日守こよみの章

寄生虫

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「それで、って、あんたねぇ…! …あーもう、分かってるわよ、怒るだけ無駄なのは!」

一人で怒って一人で納得してる月城こよみはさておいて、黄三縞亜蓮きみじまあれん私はを見た。なるほど、焼き尽くす禍神カハ=レルゼルブゥアか。これはまた厄介な奴に憑かれたな。だが。

「で? そいつをどうしたいんだ?」

私は冷酷に黄三縞亜蓮に問うた。戸惑った表情で私を見上げるこいつに、改めて問う。

「だから、そいつを始末したいのかどうかと訊いている。始末したいのなら、今なら簡単だ。腹の中の胎児ごと捻り潰せばいい。何なら今ここで捻り潰してやってもいいぞ?」

その私の言葉に、黄三縞亜蓮は酷く狼狽えた。

「捻り潰すって、この子を殺すっていうことですか!?」

今までで一番、大きな声だった。絶叫と言ってもいいだろう。その様子に、月城こよみと肥土透も驚いたように視線を向けた。

「ダメです、そんなの! だって…、だってこの子は生きてるんですよ!? 嫌です! この子を殺さないで!!」

黄三縞亜蓮は自分の腹を庇うように腕で押さえ、体を丸めた。さすがの私もこの反応には少し驚かされた。だから確認する。

「それは、古塩貴生ふるしおきせいの子供なんだろう? お前、古塩貴生のことは本当は好きじゃないんじゃなかったのか? 何故その子供を庇う?」

私の言葉に、黄三縞亜蓮が激しく頭を振る。

「違います! この子は古塩君の子供なんかじゃない! この子は私の子供です! 私の赤ちゃんです! この子は生きてるんです! 誰にも殺させない!!」

そう言う黄三縞亜蓮の姿は、明らかに、単なる母性の発露や胎児に対する同情によるものだけではなかった。胎児というものに対する、やや偏執的な執着をうかがわせた。

だが、私にとってはそんなことはどうでもよかった。始末するなら始末する、そのままにするならそのままにする、その結果がどうなろうが、私の関知するところではない。この胎児に憑いたカハ=レルゼルブゥアがこのまま産まれ出でてもし私と敵対するなら、その時は改めて相手をしてやる。ただし、その戦いで人間やこの地球がどうなるかは、保証の限りじゃないがな。

「ねえ、カハ=レルゼルブゥアだけを追い払うってことは出来ないの…?」

椅子に座ったままうずくまる黄三縞亜蓮を悲痛な表情で見詰めながら、月城こよみが問うてきた。しかし私はあくまで冷酷だった。

「カハ=レルゼルブゥアが自ら離れるならそれも不可能じゃないが、奴がそれを拒むなら私にはどうにも出来ん。完全に一体化してるからな。あくまで力の弱い今のうちに胎児ごと潰すか、それこそブラックホールにでも放り込むかして追い払うしかない」

その言葉に黄三縞亜蓮はビクッと反応し、月城こよみはギョッとした表情になった。そう言えばこいつ、ハスハ=ヌェリクレシャハをブラックホールに放り込んだんだったな。お前も見た訳だ。あの地獄を。あの、<何もないのにただ無限に潰され続けるだけの永劫の牢獄>を。

まあもっとも、ブラックホールと言えど宇宙の一部でしかない。この宇宙が消えればもろとも消えるから、それ自体は永遠でもなんでもないんだがな。

「それはそれとして、結局どうするんだ? 私はどっちでも構わんが」

改めてそう問うと、黄三縞亜蓮が顔を上げ、私を睨み付けながら言った。

「産みます。この子は、誰にも殺させない…!」

凄まじく強固な意志を感じさせる黄三縞亜蓮の言葉に、月城こよみも肥土透も、何も言えなくなってしまっていた。

「なら、好きにしろ」

私は吐き捨てるようにそう言ってやったのだった。



私の家を後にした黄三縞亜蓮と月城こよみと肥土透は、人間として今後の相談をするべく黄三縞亜蓮の家に集まることになった。

「どうぞ、上がって…」

そう言って黄三縞亜蓮が二人を招き入れた家は、月城こよみの家よりも明らかに大きく、しかもまだ真新しいものだった。

「すげえな…」

肥土透が呆然と呟き、月城こよみは言葉もなく頷いた。

「亜蓮さん、おかえりなさい。お友達ですか?」

三人が家に入ると、黄三縞亜蓮とよく似た女性がひどく低姿勢な様子でそう声を掛けてきた。それはもはや卑屈と言ってもいい様子だった。それを見た黄三縞亜蓮が「ちっ」っと小さく舌打ちをし、不機嫌な表情になった。

「お茶とか用意した方がいいですか?」

あくまで低姿勢なその女性に対し、黄三縞亜蓮の態度は尊大かつ横柄だった。

「要らない。私がやるから。二階には来ないで。あなたは自分の仕事だけしてて」

そんな様子に、月城こよみと肥土透は戸惑いを隠せずに互いに顔を見合わせた。明らかにこの家庭も大きな問題を抱えてると感じさせられていた。

二階に上がり、黄三縞亜蓮が自室らしき部屋の前で鍵を取り出し開ける様子を見ながら、月城こよみは小さな声で言った。

「ねえ、あの人、黄三縞さんのお母さんだよね。あんな言い方していいの?」

自分の両親に対する不平不満を散々こぼしていることを棚に上げそう訊くと、黄三縞亜蓮は忌々しげに吐き捨てるように言葉を漏らした。

「いいのよ、あんなの、ただの寄生虫だから…!」

その言葉に、月城こよみも二の句を継げなかった。自分にも心当たりがあったからだ。父親の収入だけでそれなりの暮らしをしながら自分の相手も碌にしない己の母親に対して同じように思ってたことがあったのだ。『寄生虫!』と。

それは肥土透も同じだった。肥土透の母親もずっと家に居ながら新興宗教にハマりそれへの寄付と称して父親の収入から作った貯えの殆どをつぎ込んでしまったりして、それに対して憤ってたことがあったのだった。いや、実際には過去形ではなく、現在もその金の大部分は戻ってきておらず、現在進行形で肥土家が抱える問題として存在したのだが。

それぞれ自らの抱える問題を突きつけられた形になった三人は、それ以上何も言えず、鍵が開けられた黄三縞亜蓮の部屋に入って行ったのだった。

その部屋は、いかにもおしゃれに目覚めた思春期の女の子が考えましたという、絵に描いたような可愛らしい部屋だった。それと同時に男性アイドルのポスターなども貼られ、ミーハーさしか伝わってこなかった。しかも見れば、部屋の中に、冷蔵庫も備えたキッチンがあり、トイレ、バスと書かれた札が貼られたドアもあった。完全にこの一室だけで生活ができる部屋だった。個室と言うより、もはやこれ自体が<自宅>と言ってもいいかも知れん。鍵を使ってドアを開けたことも、まさにここが黄三縞亜蓮にとって自宅であることを物語っているようだった。

にも拘らず、その部屋に入った黄三縞亜蓮の表情は晴れることがなかった。自分の部屋、いや、自宅に戻ってきても、寛ぐような気配さえない。まあ、今のこいつが抱えてる問題を考えれば無理もないのかも知れんが、一息吐こうとする様子さえないのが、月城こよみにとっては微かな違和感として残った。

「その辺に適当に座っててくれていいから…」

そう言いながら黄三縞亜蓮は冷蔵庫の中からオレンジジュースを取り出し、グラスに注いでカーペットの上に腰を下ろした二人に手渡した。頭を下げながらそれを受け取った月城こよみが、意を決したように口を開く。

「まず、状況を整理したいんだけど、黄三縞さんのお腹の赤ちゃんの生物学上の父親は、古塩君で間違いないんだね?」

問われて、ベッドに腰を下ろした黄三縞亜蓮はうつむいたまま、

「たぶん…古塩君としかしたことないから……」

と呟くように応えた。

それを聞いて、月城こよみと肥土透は、痛々しい感じで顔を合わせたのだった。

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