獣人のよろずやさん

京衛武百十

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第四部

伍長の身の上話

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伍長は、生まれつき、途轍もない筋力を持っていたそうです。赤ん坊に見られる<把握反射>で危うく母親の指を折ってしまいそうになるくらいには。

ただ、その時点ではすでに彼の途轍もない筋力のことは把握されていたので、付き添っていたメイトギアというロボットが母親より先に指を触れさせたものの、伍長はそのメイトギアの指を折ってしまったと。いくら標準仕様だったとはいえ、普通の人間の力ではそうそう簡単には折れないメイトギアの指を、生まれて間もない新生児が握っただけで折ってしまう。

母親の指が握られていたらそれこそ指の骨が粉々になっていた可能性さえあったそうです。

その事態に、伍長の両親は恐れおののき、彼を早々に施設に預けてしまったとのこと。いえ、それ自体はむしろ賢明な判断だったでしょう。とても普通の人間には対処できるような事態ではなかったのですから。

それでも、施設には預けながらも、両親はことあるごとに面会には訪れていたそうですから、愛情はあったのだと思われます。けれど、並の人間の親が見せる程度の愛情では、到底対処できるようなものではなかったのも事実。

何しろ伍長は、たった三日で二体のメイトギアを破損させてしまったのです。こうなるともう標準仕様のメイトギアでは対処できないとして、施設側は、要人警護仕様のメイトギアという、標準仕様とは比較にならない強度を備えたロボットを新たに用意し、対応したと。

これらの話は、伍長がここに来てから話してくださった内容です。それまでに私達が彼の身の上として聞いていたそれとは部分的に異なっていたりもします。

それ自体は、やはり個人のプライバシーに関わることなので、敢えて正確ではない話がされていたとしても不思議ではありませんね。

ですから、私は気にしません。もしかすると伍長自身が語ったそれも実は正しい内容ではないかもしれませんが、彼自身の身体能力の高さはまぎれもない事実であり、嘘を吐く必要もないでしょう。けれど彼は自身の経験を基に自らの在り方を決めているのは事実。

しかも、命をいかにまっとうするかということについて考えてくれているのなら、私達も協力するだけです。

まあ、その割には伍長自身は自らの命を大切にしていないかのような振る舞いが目立ちますけどね。ただそれも、彼自身には何らかの確信があってのことなのかもしれないというのは、ここまで付き合ってきて感じることではありますが。

本能的に察しているものがある可能性はありますね。

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