宿角玲那の生涯

京衛武百十

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宿角玲那編

宿角健侍

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高校を卒業してからは大学には通わず、玲那はアルバイトをしながら家計を支えた。宿角健雅すくすみけんがも<仕事>はしていたのだがそれは実際には表に出せるような仕事ではなかった。危険ドラッグの売買や、振り込め詐欺等の不法行為を生業としていたからである。

玲那も薄々そのことには感づいていたが、どうせ自分には関係のないことと気にもしなかった。それよりは、自身の復讐を果たす機会を窺うことが忙しい。

その間、思いがけないことも起こった。母親の京子けいこが健雅の子を妊娠したのだ。しかも、法律上は娘である玲那が自分の子を産んだとなれば面倒なことになるからと人工妊娠中絶をさせたというのに、京子けいことの子は我が子として受け入れることにしたようだった。

『……これは一体、何の冗談……?』

玲那にとってはそれが正直な気持ちだった。

生まれた子は男の子だった。それを健雅は喜び、健侍けんじと名付けた。<健やかな侍>とは、実にシャレがきつい。

それだけではない。健侍けんじの世話は、殆ど玲那がやらされた。

「母親は忙しいんだから、姉のお前が弟の面倒見るのは当然だろ!?」

京子けいこはそう言って健侍けんじの面倒を押し付けて、自分はパチンコ三昧だった。母乳は二ヶ月ほどで早々に止まってしまってそれからは全てミルクだったから、余計に押し付けやすかったのだろう。

玲那は赤ん坊の世話の仕方もネットで調べた。ミルクの作り方も与え方もゲップのさせ方も全てだ。京子けいこは玲那を生んだ時も殆どまともに世話をしていなかったので何も覚えておらず、彼女に何一つ教えることができなかった。

健雅はそれこそ、気が向いたら健侍けんじの顔を見にくるだけで何も手伝う様子はなかった。

「ガキの世話は女の仕事。父親は躾だけしてりゃいーんだよ」

だそうだ。

それでも玲那は従順に振る舞い、言われた通りに異父弟おとうとの世話をした。もっとも、彼女が異父弟おとうとの世話をしたことで母性に目覚めたとか愛情を感じるようになったなどということは欠片もなかったが。ただひたすら自分の仕事として事務的に接していただけだ。アルバイトに行ってる間は保育園に預け、仕事が終わったら迎えに行く。それを淡々と繰り返す。

玲那の育児はそれこそロボットが作業をこなすように味気ないものだったが、泣かせると健雅に殴られるので、少しでもぐずりそうになったら抱っこして落ち着くまで根気強くあやした。ネットをする時にも健侍けんじを膝に抱きながら揺りかごのようにゆらゆらと揺らしていた。そのおかげか、本当の母親の京子けいこがたまに抱いたり健雅が相手をしようとするとすぐにぐずりだすのに、玲那が抱いている時はすごく落ち着いていた。健侍けんじは、玲那に一番懐いていたのだ。

それとなぜか不思議なことに、健雅の友人である見城けんじょうにも懐いているのか、彼が抱くと泣かなかった。この時、見城も結婚していて妻を連れて頻繁に宿角家に遊びに来ていた。泊りがけで遊んでいくこともざらにあった。

「なんか、オレの子供みてーだな」

妻との間には子供のいなかった見城は、健侍けんじを抱いてそんな風に笑った。その様子を玲那はくすりとも笑うことなく黙って見ていた。

玲那にとってはここは<家庭>などではなかった。ペットのような異父弟おとうとの世話をさせられ、夜になれば母の京子けいこと交代で健雅の姓処理の相手をさせられ、奴隷どころか家畜のように扱われるだけの監獄にも劣る場所だった。

しかも、日に日に大きくなる健侍けんじを見ていると、得体の知れない何かが胸の中をざわざわと動き回るのも感じた。先にも触れたが、愛情ではない。母性などでもない。それよりは、健雅や京子けいこの顔を見た時によぎるものに間違いなく近い感覚。

そう、それは間違いなく<憎悪>だった。健侍けんじの姿を見ていると頭に浮かんできてしまうのだ。人の形をしていないただの赤い肉の塊として自分のはらの中から出てきた我が子の亡骸が……

自分のはらの中にいたそれは、人の形にさえなることなく死んだ。なのにこいつは何故こんなに大きくなっていく…? あれとこれの違いはいったいなんだ…? 自分のはらに宿ったからあれは死んだのか? 自分は子を産むことさえ許されないのか? 自分は、あの男の排便ならぬ<排精>の為の便器だとでもいうのか?

……

……

……ふざけるな……

……ふざけるな……!

自分はそんなことの為に生まれてきたというのか? 自分は人間として生きることさえ許されないというのか……!?

ようやく言葉としても表現できる程に形になりつつあった自分の中に湧き上がる思いを、玲那はネットの中にぶちまけた。それは呪いの言葉であっただろう。

誰かが死ねば『ザマアwwwwwww』と嘲り、悩みを打ち明けている者がいれば『はい、ワロスワロスwwwwww』と蔑んだ。そうして誰かが感情的になって反論してきたりすればその様子に胸が躍って、唇の端が勝手に吊り上がり笑みの形を作り上げた。

自殺志望の人間が集まるというサイトにも現れ、『さっさと市ねwwwwww』と罵った。

この頃はもう既にアニメは殆ど見ておらず、アニメを見る暇があれば掲示板やコメント欄で他人を罵倒し憂さを晴らした。ただ、復讐劇を描いたアニメやドラマだけは熱心に見ていたようだ。

そのアニメについてまとめたサイトのコメント欄では復讐の意義について他の利用者と大いに盛り上がり、自分も復讐の機会を虎視眈々と狙ってると嬉々としてコメントを残した。

だがある日、SNSのニュースサイトに掲載された殺人事件のコメント欄でいつものように復讐の必要性についてコメントしてると、そこに、

『復讐? くだらねえ。そんなもん、幼稚な奴の考えることだ』

と、その場の流れに冷や水を掛けるようなコメントをする者が現れた。当然、他の利用者も次々とそのコメントに噛み付き、

『出たよ綺麗事wwwwww』

『お花畑乙wwwwww』

『こういうこと言う奴に限って自分の子供とか殺されたら手の平クルックルなんだろなwwwwww』

と集中攻撃を行った。だが、そのコメントの主は、

『どうした? 言いたいことはそれだけか?』

などと返してくる。もちろんその程度ならただの強がりにしかこの時点では見えなかった。この程度の返しはよくあることだ。しかしそいつは言う。

『復讐劇に巻き込まれた人間の苦しみが、お前らには分からないか?』

『俺の姉は、復讐劇の巻き添えを食って今は寝たきりだ』

『お前らがスカッとする復讐劇とか、所詮はただのフィクションだ』

『リアルな復讐劇がどんなものか、頭の中で妄想してるだけのお前らには分からないんだろうな』

『俺から見たらお花畑はお前らの方だ』

何人もの利用者からいくら集中攻撃を受けてもそいつは淡々とコメントを返してきた。

「なんだよ…こいつ……!」

玲那自身もいくつもコメントを付けて攻撃した。なのにそいつはまるで堪えていないようにも見えた。

「ムカつく……っ!!」

玲那はそのページを閉じ、他の盛り上がってるところに移って口直しをした。そこでは自分と同じように復讐の必要性を語ってる者達ばかりだった。それが心地よくて、ホッとするのを感じていた。

そうだよ。これだよ。こうじゃなくちゃ!

ミルクが終わった健侍けんじを膝に抱いて寝かしつけながら、また気分が高揚してくるのを堪能する。

彼女がそんな風に感じられるのは、そこにしかなかったのだった。

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