宿角玲那の生涯

京衛武百十

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宿角玲那編

結末

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今回の事件による犠牲者及び被害者は以下の通りである。

宿角健雅すくすみけんが。容疑者である宿角玲那すくすみれいなの義理の父親。享年、三十三歳。遺体の損傷が激しく死因は特定されなかった。

宿角京子すくすみけいこ。容疑者である宿角玲那すくすみれいなの実の母親。享年、三十九歳。夫の兼雅と同じく遺体の損傷が激しく死因は特定されていない。

宿角健侍すくすみけんじ。健雅と京子の長男。享年、七ヶ月と十七日。両親と同じく遺体の損傷が激しかった為にやはり死因は特定できず。

伊藤判生いとうばんせい。容疑者である宿角玲那すくすみれいなの実の父親。享年、三十九歳。死因、外傷性ショックに伴う心不全。

見城和真けんじょうかずま。健雅の友人。たまたま宿角家に泊りがけで遊びに来ていたところ、容疑者の放火による火災に巻き込まれて負傷。全身の七十パーセントに及ぶ重度の火傷により歩くことさえままならない障害を負った。

見城貴陽美けんじょうきよみ。見城和真の妻。夫と共に宿角家に泊りがけで遊びに来ていたところ事件に巻き込まれて負傷。全身の六十パーセントに及ぶ重度の火傷に加え、心肺停止の影響を受けて低酸素脳症を併発。辛うじて意識はあるものの意思の疎通も困難という状態で寝たきりとなる。

来支間敏文きしまとしふみ。この事件の最初の被害者にしてこの後の犯行のきっかけとなった人物と目されている。腹部をナイフで刺され重傷を負ったが、それは彼が容疑者の宿角玲那を襲撃した際に反撃されたことによる負傷である。このことにより小腸の三十パーセントと大腸の五十パーセントを失い、その後遺症に生涯苦しめられることとなった。

また、この事件とは直接関係はないが、事件の背景が明らかになることで被害者の一人である来支間敏文が起こした過去の事件も改めて注目を浴びることとなり、それに伴って世間の批判に晒された父親の来支間克仁きしまかつひろとその妻が自殺を図り、克仁が死亡するという事件も発生している。

実に、凄惨かつ救いのない事件だった。

証言の裏を取る為に容疑者自身を医師が検査・診察した結果、容疑者の全身には無数の古い痣があり、特に股間や尻の間などには煙草を押し付けられたと思しき火傷の痕も散見され、さらには体内から採取された体液を分析した結果、被害者である宿角健雅による性的暴行があった疑いが濃厚になり、容疑者が今回の犯行に至った動機には、両親による虐待に対する報復という面が色濃くあるということを窺わせた。

この事実は、ネット上の<祭り>にさらに燃料を投下する形となり、ますます盛り上がってしまった。

だが、この事件をまるでイベントのように楽しんで盛り上がっている人間達は分かっているのだろうか。自分達がこの事件が起こってしまった原因の一端を担っているのだということを。宿角玲那の後押しをしてしまったのは自分達だということを。

恐らく分かってはいないのだろう。自分達の行いは当然の権利を行使したにすぎず、誰にも文句をつけられる筋合いのものではないと思っているのだろうから。でなければ、来支間敏文の両親が自殺を図るほどに追い詰め、しかもそれを悪びれることもなく『ザマアwwwwww』『世論大勝利wwwwww』とはしゃいだりはしないだろう。

『命には命で償うべき』と言いながら、自らは匿名を隠れ蓑にして集団で個人を袋叩きにして死に追いやっても反省すらしない。言行不一致とはまさにこのことか。何故そこまで他人には厳しくて自分には甘いのか。

そして彼らは、当然のように玲那に対しても容赦のない罵声を浴びせた。

無論、玲那のやったことは許されるものではない。自らの復讐の為に四人の人間を次々と殺し、三人に回復不可能な障害を負わせたのだから、それに対しては強い非難が向けられて当然である。ましてや産まれて僅か七ヶ月の健侍が命を奪われなければならない理由はそれこそ何もない。それだけでも強い非難を受けるのに値するだろう。

さりとて、玲那にあらん限りの罵詈雑言をぶつけていた者達のそれは、本当に義憤からだったのか?。単なる憂さ晴らしではなかったのか? 既に逮捕されて反撃してくる可能性のない相手を安全なところから攻撃して己の正義感に酔いたいだけではないのか? 一体、何を、どれだけ真剣に考えた上での行動だというのだろうか。何しろ、犠牲者である健雅や判生の人物像が明らかになるにつれて『自業自得だろwwwwww』といったコメントが見られ始め、さらにその行いが週刊誌によってすっぱ抜かれたことで事態はさらに混沌とした様相を見せ始めるくらいの有様だったのだから。

それまで玲那を攻撃していた者達の一部が手の平を返し、今度は健雅や判生らを攻撃し始めたのである。

幼い少女だった頃から長きにわたって性的虐待を受け続けた女性が加害者たる父親らに遂に報いを受けさせた<復讐劇>として持ち上げだしたのだ。それは、容疑者である玲那が、美人と言って差し支えない容姿をしていたことも影響しているのかもしれない。中には酷い写りの写真などもあったりしたものの、彼女の写真としてネット上に晒されたものの多くは美しいもの愛らしいものであった。

さらに、玲那を持ち上げた者達の中には彼女を<姫>と称し、悲劇のヒロインとして祀り上げる人間さえ現れた。

だがこれもまたおかしな話なのだ。宿角健雅や伊藤判生のしたことは確かに許されることではない。かと言って命まで奪われなければならない程のことだったのだろうか? 玲那に対して危害を加えていない見城夫妻が、ましてや生後七ヶ月の健侍がその巻き添えを食わなければいけないことだったのだろうか?

そのことに疑問を呈しても彼らは、『DQNの血は根絶やしにするのが当然だろwwwwww』と歯牙にもかけない。

結局、玲那に罵詈雑言をぶつける者達も、玲那を持ち上げ被害者側に罵詈雑言をぶつける者達も、単に攻撃対象が違うだけで、本質はどちらも同じでしかないということなのだろう。

しかしそんなネットの熱狂とは裏腹に、当の玲那自身は、まるで憑き物が落ちたかのように無気力で虚ろな様子で淡々と取り調べに応じていた。すべての罪を認め、異議さえ唱えなかった。国選弁護人から『都合の悪いことには答えなくてもいいんですよ』とアドバイスを受けてもとりあおうともしなかった。

取調室で彼女は刑事に向かって言ったという。

「もうどうでもいいから早く死刑にしてください……でないと私、もっと人を殺しますよ……」

冷淡で、まるで感情が込められていない平板な言葉にも拘らず、そこには一つも嘘がないことを、その場にいた刑事達は感じたそうだ。

彼女の苛烈な過去が明らかになるとその境遇に同情した弁護士達によって自主的に弁護団が結成され、検察側と徹底的に争う姿勢を表明した。もっとも、玲那本人は「余計なことはしないでください…」と吐き捨てたそうだが。

裁判でも玲那は一切反論しようとせず、弁護団のことを「邪魔者」と切り捨て、裁判官や裁判員の前でも、

「早く死刑にしてください……私、今でも人を殺したくて仕方ないんです……」

と言ってのけ、法廷をざわつかせたりもした。

自らも宿角玲那に対する殺人未遂で裁判中だった来支間敏文が証人として証言台に立ち、

「こいつをすぐに死刑にしてください! 死刑にならないんなら僕がこいつを殺します!!」

と叫んで暴れだし、退廷させられるという一幕もあった。

すると、そういう、裁判官にも検事にも証人にも世間にも臆さず超然としている玲那の姿に何かを見出したのか、彼女を<姫>と称して祀り上げていた者達の中にはさらに心酔し、まるで教祖のように崇め始める者さえ現れ始めた。

このように、玲那の周囲は時間を経るほどに混沌としていったのだった。

なのに当の玲那自身はやはりそういう騒ぎには一切関心を持つこともなく、拘置所で一日本を読んで静かに過ごすという毎日を送っていた。

一審で当然のように死刑判決が言い渡された時にも彼女はまるで動じず、「何か言いたいことはありますか?」と裁判長に問われても、

「ありがとうございます…」

と、頭を下げることさえなくただ呟くように漏らしただけであった。

その後、弁護団が玲那の意向に関係なく控訴・上告を繰り返して最高裁まで持ち込んで争い、四年の時間を費やして結局は死刑判決が確定してもなお再審請求を出すなどして徹底的に抵抗する姿勢を見せた。それでも、玲那はまるで他人事のように沈黙し、ただ拘置所で静かに本を読んでいるだけだったのだという。

そして2017年8月。弁護団が再審請求を出している最中、死刑囚・宿角玲那に対する死刑が執行されたのだった。

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