魔法使いは廃墟で眠る

しろごはん

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第十六章

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「椿くん、すぐに治療を!」
 「僕は大丈夫だから先にキキョウを診てあげて?」
 「ですが……」
 「頼むよ」
 「……わかりました」
 渋々と言った様子で飛鳥が頷く。すぐにキキョウの元へと向かってくれた。
 戦いは終わり、静寂だけが廃墟に残る。
 「終わった――」
 その言葉でようやく実感が出てきた。緊張の糸が切れた。疲れが溢れてくる。
 飛鳥の前では強がってみたものの身体中傷だらけ。無事な箇所を見つける方が難しい。少し座って休憩しよう。そう思った時だった。
 「痛、い――」
 突如左眼に激痛が走る。手で眼を押さえる。痛みは引くどころかどんどん増していく。
 やがて痛みは熱へと変わり椿を蝕む。まるで、まだ何も終わっていないというかの様に。
 「椿くん!?」
 痛みに耐えきれず、地面に倒れ込んだ。思わず蹲る。異変に気づいて飛鳥とキキョウが駆け寄ってきてくれた。
 「――これは」
 椿の様子を見たキキョウが何かに気付く。その瞬間だった。

「ははははは!! やるじゃないか!! まさかここまで追い込まれるとは思わなかったよ!! 敬意を込めて全力で相手をさせてもらおう!!」

 黒い何かが迸る。心臓を穿たれたはずのアーサーがゆっくりと立ち上がる。
 (なんだ?)
 一体何が起こっているのか。脳の理解が追いつかない。
(黒い、炎?)
 黒炎。それ以外に形容のしようがない。
 それは絶望の色。遠い日の夢に視た全てを飲み込む破壊の業火。
 ――ああ、そうか。これこそが、

「これこそが僕の魔法、『炎翼神威(えんよくかむい)』だ!!」

 炎で形状される漆黒の翼。アーサーの魔法。
キキョウの槍は確かに心臓を捉えた。そう思い込んでいた。ギリギリの瞬間に魔法の発動が間に合い槍の直撃を防ぐことができたのか。だが完全に防ぐことは出来なかったらしい。血が止めどなく流れている。
 とはいえ奴にとってそんなことは大した問題ではない。此方にはあの魔法を破る術などありはしないのだから。
 焔が襲い掛かる。同時にまた眼が痛む。脳裏に昔の光景が過ぎる。嗤うアーサー。無残に焼払われ、穿たれた自分。間違いない、十年前にも同じことが行われた。この炎によって自分は殺されたのだ。
 咄嗟に反応したのはキキョウ。残り僅かな魔力を振り絞り障壁を展開する。
 持ちこたえたのは一瞬にも満たない刹那。余りにも呆気なく飲み込まれる。
 その狭間に飛鳥が動いた。椿とキキョウを抱きかかえ横に跳ぶ。
 「くっ……」
 逃げるのが僅かに遅かった。飛鳥の足を黒炎が払う。地面に倒れ込む。
 「もう終わりかい?」
 気が付けばアーサーが眼前にいた。黒炎を宿した腕が飛鳥の首へ。飛鳥は痛みで動けない。持ち上げられる。
 「あっ、う……」
飛鳥が苦悶の表情を浮かべる。それでも剣を握りしめ、アーサー目掛けて突きを放つ。躱された。剣は空しく空を切る。そして、アーサーは飛鳥を地面に叩きつけた。
 「飛鳥さん!」
 叫ぶ。椿が動揺している間にアーサーは次の手を用意していた。
 至近距離から放たれる黒炎。まるで時が止まったかのように世界が遅い。
 (あ、これは死んだな――)
 身体が硬直して動けない。迫りくる絶望を前に何もできない。
 そうして終わりを受け入れた瞬間、誰かに押し倒された。
 さっきまで自分がいた場所を炎が焼き払う。残るのは全てを塗り潰す黒。あのまま固まっていたら間違いなく自分は死んでいた。
 そこでようやく胸にある重さに気付いた。
 「キキョウ!」
 キキョウが自分を庇うようにして倒れている。背中には火傷の後。見ればわかる。彼女が身を挺して護ってくれたのだ。
 「何で――」
 自分なんかを――
 キキョウに意識はない。自分を庇わなければ反撃の機会があったかも知れない。それなのに彼女は自分を助けてくれた。
 灼熱の大地を魔人が歩く。ゆっくりと、しかし確かな絶望を携えて。
 言うことを聞かない脚に力を込める。ふらつき、倒れそうになるたびに己を奮い立たせる。剣を握りしめ構える。その鋒を宿敵へ。
 自分は一体何のためにここに来た。彼女を護るためだろう。護られてどうする。そんな情けない人間だから何もかも奪われてしまうのだ。
 「はあああああああああああああああああああああああ!!」
 斬りかかる。持てる力の全てを込めて。護るべき人のために。奪われた物を取り返すために。
「懐かしいな。あの日と同じだ。憶えているかい? 十年前もこうして君は僕に立ち向かったんだ」
 どれだけ攻めようと黒炎が遮る。熱が椿の身体を焦がす。アーサーに剣がとどくことはない。だが守勢に回れば一瞬で死ぬ。攻めるしかない。
「あの時君はなすすべもなく敗北した。だが今は卓越した剣技を振るい僕に迫る」
 愚直なまでに剣を振るう。自分にはそれしかない。
「あと少し。本当にあと少しだったんだ。キキョウがあの槍に全力を注いでいたら僕は死んでいた」
 (此奴は何を――)
 言っているのか。あの時キキョウが手を抜いたと、本気でそう言っているのか。
「信じられないって顔をしてるね。」
 何かが砕ける音がした。さっきまでそこにあったはずの剣の感触が酷く軽い。
 振り下ろしたはずの剣はアーサーが軽く右手を薙いだだけで呆気なく折れた。

 「君も憶えているだろう? キキョウの眼が両方とも紅かったことを」

此奴は何を言っている。キキョウの眼が両方とも魔眼だったなど、そんなこと――
 ――ありえないといえるのか。記憶が曖昧な今の自分に。
その迷いが隙を生む。黒炎が渦となって襲い掛かる。
 地獄すら生温い業火。まともにくらい吹き飛ばされる。炎を吸い込んで肺がやられた。骨もいくつか砕けただろう。
 折れた剣先を握る。肉が裂け血が流れてくる。大丈夫、身体はまだ動く。
 何を迷っているのか。自分の存在などずっと不確かな物だったではないか。今更そんなことで動揺してなんになる。事の真偽などどうでもいい。彼女が命懸けで護ってくれた。それだけあれば十分だ。
 そうして立ち上がる。視界が霞む。だが関係ない。前へ。ひたすら前へ。倒すべき敵は目の前にいる。
 再び業火に襲われる。身体中が熱い。何も考えられない。
 「立ちなよ」
 そう言ったのは魔人だった。
「どうせ君は最後まで闘うんだろう? 早く立つんだ」
 そんなこと言われるまでもない。体力など残っていない。気力を振り絞り立ち上がる。
「アーサー」
 自然、声に怒気がこもる。憎しみを宿した眼で睨みつける。
「そうだ、それでいい」
 アーサーから先程まであった油断が無くなっている。どこにも隙がない。
「そういえば名前をまだ知らなかった。教えてくれないか」
「――紅蓮院椿」
「椿、いい名前だ。憶えておこう」
 何だ。此奴の狙いは何なんだ。今更名前を知った所で何の意味がある。
「紅蓮院椿、まずは非礼を詫びよう。僕は君を侮っていた。十年前に僕に殺され、三日前に痛めつけられ、そして今なお君は挑む。どれほどの絶望を前にしても臆することなく立ち上がり続け、僕をここまで追い詰めた。最早君を見下すことはない。君は僕と対等の存在。君こそ僕の宿敵だ」
 それは自分を認めたということか。あの悪魔が、魔人が。紅蓮院椿は敬意を表するに値する人間だと。
「アーサー・ロスチャイルド。この魔術世界の頂点に位置する男。そして君の恋敵だ。さあ、挑め。最後の最後まで足掻いて見せろ!」
 きっと今の自分は酷く無様だろう。余りにも醜く傍から見たら愚かな人間としか映らないだろう。だがそれでもいい。諦めるよりはよっぽどいい。
 「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
 剣がないのなら拳を握ればいい。武器がないなど言い訳にもならない。己の持つ命を限界まで燃やし尽くして奴を凌駕する。
 放たれる業火。容易く飲み込まれる。
 視界が黒に染まる。それが炎の色なのか、瞼が落ちたからなのかもわからない。意識が混濁する。
 (結局、僕は――)
――途切れた。



『ごめんなさい』
『私には何もないから』
『何もあげられなくて――』



 左眼に耐えがたい痛みが走る。それで覚醒した。頭が割れるように痛い。記憶が映像となって流れ込んでくる。幼い自分。キキョウ。廃墟での出会い。思い出。膨大な量の情報が氾濫する。
 「あああああああああ!」
 十年前の聖夜。雪。森を駆ける。キキョウへの贈り物。指輪。アーサー。絶望はそこから始まる。殺された。簡単に。キキョウが襲われる。――魔法。
 奴の言葉通り、十年前のキキョウは両眼が紅く輝いていた。幼い体に宿ってしまった大きな力を扱い切れずにいた。
 アーサーが去った後の廃墟。風穴を負った自分は助かる術などなかった。
 それを、彼女は――
 
 
 『だから、せめてこの眼を――』
 
 
 それが十年前の真実。失われた記憶。否、意図的に封じられた記憶。
 全て思い出した。あの日に何があったのかも。自分が何を忘れていたのかも。何故忘れてしまったのかも。
 それは彼女の決意。幼い少女が小さな胸に刻んだ一つの誓い。
 自分はずっとキキョウに護られ続けてきた。彼女は人知れず独りで戦い続けてきた。
 力の大半を失い。独り孤独に打ちひしがれながら。
 ずっと――
 
 
 『ずっと、待ってる』
 
 
 別れの際に交わした口約束を信じ続け――
 
 
 立て。動け。こんな所で寝ててどうする。今闘わないでいつ闘う。
 ここで負けたらあの時と同じだ。認められたとしても何も変わらない。勝たなければ意味がない。結局奪われるだけだろう。肉が裂け骨が砕け腸が潰れようと関係ない。そんなことはどうでもいい。
――護りたいのなら立ち上がれ!
「キキョウに、触るな!!」
 咆哮。己を奮い立たせるために叫ぶ。
 刹那、魔力が氾濫する。この場にいる誰よりも圧倒的な魔力を放出するのは椿自身。
「まさか――何故その眼を――」
椿の左眼が紅く輝く。これは彼女から貰った命。十年前に譲り受けた物。アーサーが知らないのは当然だ。これは二人だけの秘密。彼女はこの秘密を守るためだけに闘い続けてきた。
今こそ解き放とう。
 
 
魔法使いの少女から貰った眼を!


「魔眼(レシュノルディア)解放!!」
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