天才軍師、顔の良い生首を拾う。~孔明じゃない諸葛さんの怪異譚~

久保カズヤ

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四章

十、斬り捨てろ

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 戦時に置いて軍の規律が乱れているとき、どのように対処をすれば良いのか。
 事態が緊迫し、早急な対応が必要であるとき、最も効果的なのは「恐怖」であった。
 戦争とは人と人との殺し合いであり、誰であろうと殺されたくはない。
 その極限の緊張感のある状況で兵士達に規律を守らせ、前に進ませ、人間を殺させるには、背後に居る大将が眼前の敵よりも恐ろしい存在でなくてはならない。

 戦時で強い軍というのは総じて、そういった「恐ろしい将軍」の率いる部隊である。
 自分に足りないのはそこなのだろう。諸葛恪はそう思い至った。
 叔父"諸葛亮"の率いる軍が強いのは、公正公平な厳しい軍規が徹底されているからであり、それはこの国最強の将"陸遜"の部隊も同様である。
 朱桓のように兵士に慕われるカリスマ性があるならそこまで徹底しなくてもいい。しかし諸葛恪にその長所はない。

「わ、わざわざこんな前線にまで将軍がお越しいただかずとも」
「現場の部隊長らを呼べ」

 諸葛恪は百騎の直属部隊と共に揚州丹陽郡涇県の城に入った。
 宛陵県の西に位置する地であり、現在の黄山や九華山といった数々の名峰が近くに聳える場所である。
 その複雑な地形故に敵襲も盛んで、特に戦役に苦慮している県城の一つだった。

 軍営の外。集められた部隊長達は並んでいるものの、どこか不満げな様子を感じる。
 現場の人間と、後方のお偉いさん。思うところがあるのは当然の話であり、そこに関しては諸葛恪も承知の上であった。

「報告が挙がっている、この涇県の部隊は特に被害が多いと。それを知りたい、県長殿の見解は如何に」

 諸葛恪の側に立つ気弱そうな壮年の男性。この県城の行政責任者である。
 圧のある問いかけに身を竦ませ、もごもごと口を動かし始める。

「その、えっと、賊徒は昼夜を問わず奇襲を仕掛けてきておりまして」
「それを想定した上でこの城の防備は厚く手配している。奇襲如きで揺らぐことは無い。軍部の責任者は誰だ」
「ここに。呂正(りょせい)と申します」

 武官たちの中でも特に大柄な武人であった。しかしまだ顔には幼さが残っており、二十歳にもなっていないという感じがする。
 目に見えてその表情には怒りと不服が見えており、それを隠そうとしないあたりも若さ故なのだろう。

「呂正、なぜ部隊の損失が多い。人命だけではない、物資や軍備もだ」
「戦っているからです」
「…以降の発言は慎重に行え。本営からの指示は交戦を避け、防戦のみを行うようにとのことであったはずだ。しかしお前達は城を出て敵を攻めたというのか」
「通達どおり防衛に徹しております。そして逃げる敵の背を追撃しております」
「追撃も許可していないはずだ」
「されど現場にしか成し得ない判断もあるというのは古来より軍の仕来りでもございます。それに敵の背を追わねば、再び敵は増長し、攻め寄せてきます。叩かねば虫はいつまでも沸くのです」

 周囲の武官たちもまた呂正に同調した。しかしこれは理屈を述べてはいるが、明らかな感情論であった。
 結果的に被害は増えているのだ。それでも判断を改めていないのは、やはり明らかな軍令違反である。
 それでも誰もこの行動を改めようとはしていないし、むしろ当然だという口ぶりであった。

「我々は先の戦場にはいられませんでしたが、王磊殿が如何にして倒れたのか、最後に何を望んだのか、それは聞き及んでおります。そしてその言葉の通りだと思っております。どうか将軍にもご理解をいただきたく」
「もう一度言う、本営は交戦を許可していない」
「将軍はあの場におられたはずです!王磊殿の願いを直接お聞きしているはずです!それなのに将軍は何故、呉人を軽んじ、あの賊徒らを重んじられるのですかっ!?」

 諸葛恪が厳命として諸軍に下している軍令の中で最も重いのが「降伏してきた山民を拘束してはならず、丁重に扱い、所定の郡治所に移送すること」であった。
 これはこの戦役が始まって真っ先に布告した厳命であった。降伏してきた敵を丁重に扱うことは、更なる降伏者を増やすことに繋がる。戦時ではよく用いられる戦術である。
 しかし王磊の無残な死、かねてよりの悪感情などもあって、この厳命は将兵らの大きな反発を招いていたのである。

「言いたいことはそれだけか」
「っ」

 冷たくそう言い放つ諸葛恪の目はとても暗かった。
 思わず呂正も口を噤み、冷や汗を浮かべながら一歩引いてしまう。
 しかし彼もまた呉の武官。一度振り上げた拳を引っ込める事は出来ない。

「呂正、お前は進んで軍令を犯して軍規を乱し、あまつさえ陛下より撫越将軍の任を賜ったこの私に不遜な物言いをした。法に照らして首を斬る」
「お、お待ちを将軍!」
「県長殿、罪人を庇うなら貴殿も罪となる。慎重に発言していただきたい」
「いやっ、そのっ、呂正は確かに軍令を犯しました。されど連日執拗に襲撃され、こちらも打って出ないことには兵の士気も下がります。それを考えれば呂正の判断はまだ理性的で、将軍のご命令をよく守ったと評価できます」
「先の物言いが私の指示をよく守っている者の発言か?」
「若い頃は血の気が多くなるものです。どうかご容赦を」
「呂正は斬首、県長殿は上官としての責務を果たさなかった故に免職処分とする。またこの件を広く布告し、規律を引き締める。以上だ」
「そ、そんなっ」

 慌ただしく諸葛恪直属の兵士達が動き出し、呂正とその県長を拘束し始める。
 要するに見せしめである。故に必要以上に厳しくならざるを得ない。そう、諸葛恪は胸の内で割り切った。
 全ては孫呉のため。平和のため。


 いや、比類なき功績を成したい己がため。


「ちょちょちょ、ちょっと待ってくださーいっ!!」

 どよめきの中、聞きなれた情けの無い声が響く。
 力強く駆けて来たであろう荷馬車から飛び降り、手を振ってかけてくるのは楊甜。
 そして楊甜に遅れて駆けてきているのは陳表であった。
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