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秘書のあなたと愛しいあなた
シンデレラのわたし
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子供の頃、いちばん大好きな童話はシンデレラだった。
どんなにいじめられても、どんなにつらくても、恋をして素敵なお姫様になれる。
わたしもいつかそんな風になれたらいいと、そう思っていた。
「三澤さん」
王子様がわたしを呼ぶ。
それに応えて微笑むと、彼も微笑んでくれる。
――上村さんは、結局パーティが終わるまでわたしと居てくれた。
「こんなオジサンと話してばっかりじゃ退屈だろうけど、少しだけ付き合って」
余裕たっぷりに微笑まれて、断れるはずもなかった。
パーティが終わる頃には、上村さんは「佳苗ちゃん」と呼んでくれるようになって、わたしも「湊さん」と呼ぶようになっていた。
年上で素敵な男性なのに、少しも偉そうな雰囲気はなくて、ただただ優しい素敵な湊さん。
パーティが終わったあとも連絡を取り合って、湊さんの空いた時間に会ってもらう。
会えた時は、必ずお菓子を湊さんはわたしに持たせてくれる。
可愛い包装のクッキー、クマの形のチョコレート、シューがふわふわのシュークリーム。
あんなに素敵な人が、どんな顔でこんなに可愛いお菓子を買ったんだろう。
彼はどんなささいな話も面倒くさがらずに聞いてくれた。
会社での失敗から、コンビニで買ったケーキが美味しかった話まで。
だから、わたしが湊さんを好きになるのは、そう時間はかからなかった。
「湊さ…」
会社帰りの道端で、ちょうど車に乗り込む湊さんを見つけて声を掛けかけた。
けれど、彼には届かなかったようでそのまま車は忙しく去っていく。
(きっとまだお仕事中だった)
だって彼は社長さんで、わたしはただの会社員。
彼の傍らに立つ秘書さんはどの人も素敵な人ばかりで、よく顔を合わせる井沢さんは特に仕事のできそうな素敵な人だ。
いつも物静かに湊さんのそばに立って、けれど声を掛けるととても気さくで話しやすい。
(湊さんの周りには、素敵な人ばっかり)
比べて自分はどうだろう。
きれいな靴もきれいな服もない、平凡な会社員。
今、彼がわたしと付き合ってくれているのは、何のしがらみもないから。
(きっといつか、きれいなお姫様が現れるんだわ)
素敵な王子様の隣には、必ず素敵なお姫様。
(わたしじゃない)
その現実がつらくて、わたしは何も見ないふりをしてその場を走って逃げた。
それからしばらくして、珍しく湊さんの方からわたしを呼びだしてくれた。
休日の昼下がりに、なんて忙しい湊さんにしてはとてものんびりとした時間だ。
けれど、待ち合わせ場所に現れたのは、秘書の井沢さん。
「お待ちしておりました」
にこりと笑うと井沢さんはわたしを車に乗せて、あっという間にわたしをホテルのエステに放り込む。
「終わるころにまたお迎えにあがります」
その宣言通り、わたしがエステですっかり磨かれた頃に井沢さんは帰ってきてまた車で別の場所へ。
連れていかれた先のブティックでは、いつになく素敵な湊さんが待っていた。
「やぁ。突然呼びだして悪かったね」
そう言って片手を上げたその姿はフォーマルなタキシード。彼の硬質な黒髪にタキシードの黒地が映えてとても素敵だ。
「み、湊さん。これは…?」
わたしの恰好は、といえば、エステ帰りとはいえ普段着のパンツにロングTシャツ。突然呼びだされたにしたって、この高級そうなブティックでは居ることさえとても恥ずかしい。
「君のドレスを選ぼうと思ってね」
「ドレス…?」
「夕方は暇?」
湊さんはわたしの疑問に疑問で返して、答えを促すので思わずうなずくと「それは良かった」とわたしをブティックの奥へと引っ張っていってしまう。
奥の広い試着室にはもういくつかのドレスが置いてあって、湊さんは迷いもしないでわたしをドレスのトルソーの前に立たせてしまう。近くで見れば見るほど素敵なドレスだけれど、わたしに似合うとは思えなかった。
「あ、あの湊さん! わたしにはこんなドレスは似合いません」
わたしの言葉に「ああ、そうか」と湊さんはうなずく。
「ドレスを着ていく場所がないと思ってる?」
「え?」
「だったらパーティに行こう。ちょうどオジサンはパートナーを探しているんだ。君さえ良ければ一緒にどうかな」
湊さんをオジサンだなんて思ったことはない。
けれど素敵な人の、素敵な提案にわたしは思わず笑ってしまった。
「パーティに行ったら一曲ぐらいは踊らなくちゃいけないね。ぜひ一曲お相手してくれ、可愛いお姫様」
こんな風に笑ってくれる人を、わたしは嫌いになんて絶対なれない。
(わたし、湊さんが好き)
この人に振り向いてもらいたい。
この願いが叶わなくてもいい。
でも、もしも、もしも、願いが叶うなら。
わたしはきっと、素敵なお姫様になれるはずだから。
▽▽▽
「ありがとうございました。井沢さん」
湊さんと会った帰りは必ず井沢さんが送ってくれる。
もちろん湊さんも車に乗っているけれど、井沢さんが運転手を務めてくれる。
「お気をつけてお帰り下さい」
スマートで仕事もできるきれいな秘書の井沢さん。
(この人はいったいどんな人を好きになるんだろう)
井沢さんの恋人になる人は、きっととても素敵な人だろう。
彼女はわたしみたいに魔法使いなんて必要ない。
おとぎ話なんてひとっ飛びして、幸せになってしまうだろうから。
きっとシンデレラのわたしには、想像もつかないほど。
どんなにいじめられても、どんなにつらくても、恋をして素敵なお姫様になれる。
わたしもいつかそんな風になれたらいいと、そう思っていた。
「三澤さん」
王子様がわたしを呼ぶ。
それに応えて微笑むと、彼も微笑んでくれる。
――上村さんは、結局パーティが終わるまでわたしと居てくれた。
「こんなオジサンと話してばっかりじゃ退屈だろうけど、少しだけ付き合って」
余裕たっぷりに微笑まれて、断れるはずもなかった。
パーティが終わる頃には、上村さんは「佳苗ちゃん」と呼んでくれるようになって、わたしも「湊さん」と呼ぶようになっていた。
年上で素敵な男性なのに、少しも偉そうな雰囲気はなくて、ただただ優しい素敵な湊さん。
パーティが終わったあとも連絡を取り合って、湊さんの空いた時間に会ってもらう。
会えた時は、必ずお菓子を湊さんはわたしに持たせてくれる。
可愛い包装のクッキー、クマの形のチョコレート、シューがふわふわのシュークリーム。
あんなに素敵な人が、どんな顔でこんなに可愛いお菓子を買ったんだろう。
彼はどんなささいな話も面倒くさがらずに聞いてくれた。
会社での失敗から、コンビニで買ったケーキが美味しかった話まで。
だから、わたしが湊さんを好きになるのは、そう時間はかからなかった。
「湊さ…」
会社帰りの道端で、ちょうど車に乗り込む湊さんを見つけて声を掛けかけた。
けれど、彼には届かなかったようでそのまま車は忙しく去っていく。
(きっとまだお仕事中だった)
だって彼は社長さんで、わたしはただの会社員。
彼の傍らに立つ秘書さんはどの人も素敵な人ばかりで、よく顔を合わせる井沢さんは特に仕事のできそうな素敵な人だ。
いつも物静かに湊さんのそばに立って、けれど声を掛けるととても気さくで話しやすい。
(湊さんの周りには、素敵な人ばっかり)
比べて自分はどうだろう。
きれいな靴もきれいな服もない、平凡な会社員。
今、彼がわたしと付き合ってくれているのは、何のしがらみもないから。
(きっといつか、きれいなお姫様が現れるんだわ)
素敵な王子様の隣には、必ず素敵なお姫様。
(わたしじゃない)
その現実がつらくて、わたしは何も見ないふりをしてその場を走って逃げた。
それからしばらくして、珍しく湊さんの方からわたしを呼びだしてくれた。
休日の昼下がりに、なんて忙しい湊さんにしてはとてものんびりとした時間だ。
けれど、待ち合わせ場所に現れたのは、秘書の井沢さん。
「お待ちしておりました」
にこりと笑うと井沢さんはわたしを車に乗せて、あっという間にわたしをホテルのエステに放り込む。
「終わるころにまたお迎えにあがります」
その宣言通り、わたしがエステですっかり磨かれた頃に井沢さんは帰ってきてまた車で別の場所へ。
連れていかれた先のブティックでは、いつになく素敵な湊さんが待っていた。
「やぁ。突然呼びだして悪かったね」
そう言って片手を上げたその姿はフォーマルなタキシード。彼の硬質な黒髪にタキシードの黒地が映えてとても素敵だ。
「み、湊さん。これは…?」
わたしの恰好は、といえば、エステ帰りとはいえ普段着のパンツにロングTシャツ。突然呼びだされたにしたって、この高級そうなブティックでは居ることさえとても恥ずかしい。
「君のドレスを選ぼうと思ってね」
「ドレス…?」
「夕方は暇?」
湊さんはわたしの疑問に疑問で返して、答えを促すので思わずうなずくと「それは良かった」とわたしをブティックの奥へと引っ張っていってしまう。
奥の広い試着室にはもういくつかのドレスが置いてあって、湊さんは迷いもしないでわたしをドレスのトルソーの前に立たせてしまう。近くで見れば見るほど素敵なドレスだけれど、わたしに似合うとは思えなかった。
「あ、あの湊さん! わたしにはこんなドレスは似合いません」
わたしの言葉に「ああ、そうか」と湊さんはうなずく。
「ドレスを着ていく場所がないと思ってる?」
「え?」
「だったらパーティに行こう。ちょうどオジサンはパートナーを探しているんだ。君さえ良ければ一緒にどうかな」
湊さんをオジサンだなんて思ったことはない。
けれど素敵な人の、素敵な提案にわたしは思わず笑ってしまった。
「パーティに行ったら一曲ぐらいは踊らなくちゃいけないね。ぜひ一曲お相手してくれ、可愛いお姫様」
こんな風に笑ってくれる人を、わたしは嫌いになんて絶対なれない。
(わたし、湊さんが好き)
この人に振り向いてもらいたい。
この願いが叶わなくてもいい。
でも、もしも、もしも、願いが叶うなら。
わたしはきっと、素敵なお姫様になれるはずだから。
▽▽▽
「ありがとうございました。井沢さん」
湊さんと会った帰りは必ず井沢さんが送ってくれる。
もちろん湊さんも車に乗っているけれど、井沢さんが運転手を務めてくれる。
「お気をつけてお帰り下さい」
スマートで仕事もできるきれいな秘書の井沢さん。
(この人はいったいどんな人を好きになるんだろう)
井沢さんの恋人になる人は、きっととても素敵な人だろう。
彼女はわたしみたいに魔法使いなんて必要ない。
おとぎ話なんてひとっ飛びして、幸せになってしまうだろうから。
きっとシンデレラのわたしには、想像もつかないほど。
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