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1人用声劇
男女可 「歌の師匠の決意」試験公開
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お前ら、急に集まってくれてありがとな。
今日はお前らに、大事な話があったんだ。
それぞれ別で話すことも考えたけど、できるならいっぺんに済ませたかったからな。
私は、君たちの師匠を辞める
急に?違うよ。私は最初から言っていた。
お前達が成長しきって、私に教えることが無くなったその時、私は全てを辞めるつもりだと。
え?逃げる?
ふふ。ううん。違うよ。違う。
そんなに必死になってくれるのは嬉しいけど、そうじゃないんだよ。
君たちが聞いて気分のいいものでもないから、これ以上は話さないけれどね。
…………これはこれは、随分なことを言うじゃないか。
『巻き込んでおいて逃げるのは臆病者のすること』って。
未だかつて、お前が私にそこまで言ったのはこれが初めてだろうな。とても新鮮だよ。
……カズヤ。お前が言うことも、最もなのかもしれない。
だがな、私がそれを承知せずに、今ここで「辞める」などと言ってる訳では無いことくらいは、わかるだろう?
だからこそ、お前は今怒っている。
それを知って尚、何故そんなことを言うのかって、違うか?
それとも、私が当初から言っていた「辞める」という発言を、お前は本気にしていなかったから、驚いているのか。
まぁ、両方だろうがな。当たってるだろう?
『何故』?
そうだな。そこまで言うなら、話さなければならないのかもしれない。
だが、聞いて後悔するのはお前たちだぞ?
それでも聞くのか?
……それなら、話そう。
お前たちにとって歌とはなんだ?
世界の片隅にある、癒しか?
自分を肯定するためのひとつの手段だろうか?
それとも娯楽か?
そうだな。それが正しい。それが正しく、それがあるべき姿なんだ。
だが、私にとっての歌は、いずれとも違う。
私にとって、歌というものは、現実逃避の手段であり、地獄であり、罰なんだ。
生まれてこの方、どんな場面でも歌だけは私の首元にあった。
それはまるで、飼い犬に着いた首輪のように、張り付いて離れることはしなかった。
嫌なことがあると歌に逃げた。辛いことがあっても歌にすがった。歌に縋ることで、歌しか私には残らなかった。
そのためか、ただひたすら上手くなろうとしてどこまでも自分をおいつめた。今までして来たことを悔いながら、ひとつのことくらいはやり遂げなければならないという、使命感に首を絞められながら。
苦しみに喘ぎ、現実から目を背け、首元にある「首輪」を大事に抱えてはまた自分の首が絞まる。
それが、私の、歌なんだ。
大好きなのは嘘ではない。けれど、それは純粋な好きではない。
汚れきった嘘が重なってわからなくなってしまった先の結果だから、歌ったあとの苦しさに頭を抱える羽目になる。
私はもう、疲れたんだ。
少しずつすりへる精神。強靭な理性で固めた狂気が時折顔を出す。
今の私では抑えられる自信が無い。
いつ、誰の前で、突然叫び出すかわかったものでは無い。
そんな状態で、また歌に縋るようなことをすればどうなるか。想像にかたくないんだ。
どうなるかって。。。
自分の首を掻きむしり、血を吐き散らしながらでも歌うことだけは辞めないだろうね。
歌を辞めてしまえば締まらない首輪であることを承知しているのにもかかわらず、閉まっていくそれを、自分の命を奪っているのに、大事に抱えて。
それはもうもはや、自殺を見せつけているようなものだよ。
そんな惨めな姿を晒したくはない。
私にとって歌は、地獄なんだ。
苦しんでも苦しんでも抜け出すことを許されてこなかった。
苦しくてたまらなくてついに歌をやめた時期もあった。
だけど、すがる場所をなくした心ってやつは、壊れるのが思った以上に早くって。
私は発狂する羽目になったよ。
頭を抱えて床をのたうちまわり、奇声を発しながら泣き叫ぶ。
何故?どうして?こんな目に?何がいけなかったのか?全ては私が悪い訳では無いのに。なぜ。
同じような疑問が頭の中を駆け巡って昼夜を問わずに私を襲ってきた。
おかげでトイレから離れられなくなったよ。
不意に胃の中のものが出てくるようになったからね。
そんなことが随分続いて、心身が擦り切れて人形のようになった頃、歌に戻ってきたんだ。
それ以上は、命が危なかったからね。
それからは、まぁ、お前たちが知ってる通りだよ。
苦しいと喘ぎながらでも、それしかすがる場所がなくて日々続けてきた。
本当はお前たちと出会う前にやめようかと悩んでいたんだが、育てたいって気持ちと、後世に残せるのだろうかという純粋な疑問が浮かんで、それを保留にしてたんだ。
だから、ここ何年かは楽しかったよ。本当に。
人生の中で、歌を本当に楽しいと思えたのは初めてだった。
でもね。
でもね、続けることは出来ないんだよ。こんな気持ちを知ってしまったら、尚更ね。
だから、今日でさようならだ。
全てのアカウントを削除し、連絡先も消す。
今まで教えてきたことを、活用するかどうかはお前たち次第だ。
こんなことを一方的に言って消える私を許すかどうかも任せる。
ただ許されないからと言って、私がここに残ることは決してない。
今日まで楽しかったよ。本当に。
お前たちが成長する姿を見て、生きててよかったとも思えた。
これも本当に驚いたけどね。
それでも、だ。
さようなら。元気でな。
おしまい
今日はお前らに、大事な話があったんだ。
それぞれ別で話すことも考えたけど、できるならいっぺんに済ませたかったからな。
私は、君たちの師匠を辞める
急に?違うよ。私は最初から言っていた。
お前達が成長しきって、私に教えることが無くなったその時、私は全てを辞めるつもりだと。
え?逃げる?
ふふ。ううん。違うよ。違う。
そんなに必死になってくれるのは嬉しいけど、そうじゃないんだよ。
君たちが聞いて気分のいいものでもないから、これ以上は話さないけれどね。
…………これはこれは、随分なことを言うじゃないか。
『巻き込んでおいて逃げるのは臆病者のすること』って。
未だかつて、お前が私にそこまで言ったのはこれが初めてだろうな。とても新鮮だよ。
……カズヤ。お前が言うことも、最もなのかもしれない。
だがな、私がそれを承知せずに、今ここで「辞める」などと言ってる訳では無いことくらいは、わかるだろう?
だからこそ、お前は今怒っている。
それを知って尚、何故そんなことを言うのかって、違うか?
それとも、私が当初から言っていた「辞める」という発言を、お前は本気にしていなかったから、驚いているのか。
まぁ、両方だろうがな。当たってるだろう?
『何故』?
そうだな。そこまで言うなら、話さなければならないのかもしれない。
だが、聞いて後悔するのはお前たちだぞ?
それでも聞くのか?
……それなら、話そう。
お前たちにとって歌とはなんだ?
世界の片隅にある、癒しか?
自分を肯定するためのひとつの手段だろうか?
それとも娯楽か?
そうだな。それが正しい。それが正しく、それがあるべき姿なんだ。
だが、私にとっての歌は、いずれとも違う。
私にとって、歌というものは、現実逃避の手段であり、地獄であり、罰なんだ。
生まれてこの方、どんな場面でも歌だけは私の首元にあった。
それはまるで、飼い犬に着いた首輪のように、張り付いて離れることはしなかった。
嫌なことがあると歌に逃げた。辛いことがあっても歌にすがった。歌に縋ることで、歌しか私には残らなかった。
そのためか、ただひたすら上手くなろうとしてどこまでも自分をおいつめた。今までして来たことを悔いながら、ひとつのことくらいはやり遂げなければならないという、使命感に首を絞められながら。
苦しみに喘ぎ、現実から目を背け、首元にある「首輪」を大事に抱えてはまた自分の首が絞まる。
それが、私の、歌なんだ。
大好きなのは嘘ではない。けれど、それは純粋な好きではない。
汚れきった嘘が重なってわからなくなってしまった先の結果だから、歌ったあとの苦しさに頭を抱える羽目になる。
私はもう、疲れたんだ。
少しずつすりへる精神。強靭な理性で固めた狂気が時折顔を出す。
今の私では抑えられる自信が無い。
いつ、誰の前で、突然叫び出すかわかったものでは無い。
そんな状態で、また歌に縋るようなことをすればどうなるか。想像にかたくないんだ。
どうなるかって。。。
自分の首を掻きむしり、血を吐き散らしながらでも歌うことだけは辞めないだろうね。
歌を辞めてしまえば締まらない首輪であることを承知しているのにもかかわらず、閉まっていくそれを、自分の命を奪っているのに、大事に抱えて。
それはもうもはや、自殺を見せつけているようなものだよ。
そんな惨めな姿を晒したくはない。
私にとって歌は、地獄なんだ。
苦しんでも苦しんでも抜け出すことを許されてこなかった。
苦しくてたまらなくてついに歌をやめた時期もあった。
だけど、すがる場所をなくした心ってやつは、壊れるのが思った以上に早くって。
私は発狂する羽目になったよ。
頭を抱えて床をのたうちまわり、奇声を発しながら泣き叫ぶ。
何故?どうして?こんな目に?何がいけなかったのか?全ては私が悪い訳では無いのに。なぜ。
同じような疑問が頭の中を駆け巡って昼夜を問わずに私を襲ってきた。
おかげでトイレから離れられなくなったよ。
不意に胃の中のものが出てくるようになったからね。
そんなことが随分続いて、心身が擦り切れて人形のようになった頃、歌に戻ってきたんだ。
それ以上は、命が危なかったからね。
それからは、まぁ、お前たちが知ってる通りだよ。
苦しいと喘ぎながらでも、それしかすがる場所がなくて日々続けてきた。
本当はお前たちと出会う前にやめようかと悩んでいたんだが、育てたいって気持ちと、後世に残せるのだろうかという純粋な疑問が浮かんで、それを保留にしてたんだ。
だから、ここ何年かは楽しかったよ。本当に。
人生の中で、歌を本当に楽しいと思えたのは初めてだった。
でもね。
でもね、続けることは出来ないんだよ。こんな気持ちを知ってしまったら、尚更ね。
だから、今日でさようならだ。
全てのアカウントを削除し、連絡先も消す。
今まで教えてきたことを、活用するかどうかはお前たち次第だ。
こんなことを一方的に言って消える私を許すかどうかも任せる。
ただ許されないからと言って、私がここに残ることは決してない。
今日まで楽しかったよ。本当に。
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それでも、だ。
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