夢物語〜わたしがみた夢の話集〜

常に眠い猫

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 みんな、みんな、みんな。
 僕はみんなが好きだった。
 大切で、綺麗で、かっこよくて。
 こんな僕にも優しく接してくれた。
 でももうダメなんだ。僕はもう。ダメなんだ。
 僕はもう


 



########################

 あたりは全て真っ黒だった。陽の光なんてちっとも当たらないこの場所は、僕が新しく生活することになる隔離施設。
 名前なんて知らない。でも、普通の人は持っていないを持っている人たちが集められてる。
 最初、ここがなんなのか、何もわからなかった僕だけど、ここに連れてきてくれた大人の話を聞いて、言う通りに生活していたら、ここが学校であることに気づいた。
 みんな決まった教室に行って、決まった授業を受けて、決まった寮に入り、健康的で静かな生活を過ごしていた。
 ここでは、それが重要なんだって。
 でも僕の心はいつまでも晴れなかった。誰かに声をかけられても返事をする気にはならなかったし、何かをしようと言う気にもならなかった。
 そんな中、一人だけ、僕にひどく当たる女の先生がいた。
 生徒指導って言ったのかな。
 その人は僕を睨みつけ、心無い言葉を浴びせ、最後には物を投げてくるようになった。何がそんなに気に食わないのか、僕にはよくわからなくて、とりあえずずっと謝っていた。

「ねぇヒイくん、食堂行かない?」

 ある日の昼休み、そう明るく話しかけてきたのは同じクラスの男の子だった。
 一見するとむすっとしてて、ガタイも良くて、怖そうなのに、僕にむけてくる笑顔はとても優しい。



ここから雑書き




 話しかけてくれたタケルに少しだけ心を開いた。
 けど女のひどい態度は変わらなくて、毎日、毎日、毎日続いた。
 時々偉い人なのかな?メガネをかけた、綺麗な大人の人が僕の様子を見にきたけど、担任と少し話したらどこかに行ってしまった。
 そこから、いろんな人が話しかけてくれて、いろんな人があちこち連れて行ってくれた。いろんなものを食べて、タケルって友達もできた。
 でも、それでも。

 あの人の僕への扱いは変わらなかった。

 「あ?何見てんだよ!気持ち悪い!」

 寮の奥にある、夜は誰も来ない食堂の厨房で。
 僕は生徒指導兼寮長をしている女性に、キッチンにあるものをあれやこれやと投げつけられていた。
 向こうは随分怒っているみたいだけど、なぜ怒っているのかわからない。
「テメェはここに何しにきたんだ。そんなドス黒いもの持ってこんなところに来るなんて、正気の沙汰じゃない」
 そう言って先生は僕のお腹を見る。
 みんなに見えていないものが、この人には見えていたらしい。それなら
 その時、僕の中で何かがドクンと脈打った。でもそれを出してはいけないから、必死に抑えた。
 先生はずっと怒っている。僕がスパイか何かなのではないかと思っているらしい。この言い方だと確信しているのだろうか。
 そんな事実はないんだけど、ここまでヒートアップしてる人に言っても、何にもならない。
 僕は静かに「すみません」を繰り返した。

「認めたも同然じゃないか。お前みたいなやつはな、ここの子達と仲良くする権利もなければ資格もねぇんだよ!恥を知れ!」

 そう言って、先生は厨房から出て行った。
 僕の体の奥では、あまりにも大きすぎるドス黒いものが、絶えず脈打っていて。
 抑えようにも、抑えが効かなくなりつつある。
 僕の頭の中も、ぐちゃぐちゃになり始めた。
(これは、僕の問題で、みんなが良くしてくれるのは僕を思って、、、思って?本当に?)
 思考がうまく回らなくなるのと同時に、脈動は大きくうねり、僕を支配せんと膨れ上がる。
(みんなは、みんなは知ってたんじゃ。僕がを持ってるってこと。だから僕に優しくしたんじゃ、、、)
 憶測が憶測を呼んで、その現象が正しくもないことにすら気づくこともできず。間違った答えを。

(みんなも先生と同じこと思ってたのかな)

 そんな結論へと辿り着くのと同時に、ドクンと大きな脈動を感じ。
 瞬間、目の前の全てが闇へと落ちた。



####################################


 どれだけの時間が過ぎたんだろう。
 あれから、ずっと学園の中をフラフラしているような。
 寮から学園へとどうやって歩いたのか覚えていないけど、僕はずっと、それぞれの階を徘徊しながら上へとあがり、同じように下に降りることを繰り返している。
 そんな頭の中はずっと悲観的なものばかりでまとまらない。
 思考があるようでほとんどない状態を、気力もなく、ずっとそのままにしている。
 今僕は歩いているのだろうか。なんだか浮いているような感覚があるのは、僕の気分が晴れないからだろうか。
 そんなことを考えながら、四階ある建物の階段を登り、最上階へ。
 すると、未だ火が上らない真っ暗な階段上に、タケルがいた。
 いつもは通れるはずのそこは塞がれ、青く光る線のものが、その壁に走っている。
 でも、その壁の高さは僕の腰までしかなく、登ろうと思えば登れてしまう。
 これは、なんなのだろう。

「お前は……何やってんだ、こんなところで」

 ぼんやり考えていると、声がかかる。
 それはとても聞き慣れた、タケルの声だった。でもいつもより柔らかさはなく、咎めるような、心配するような声色に、僕はタケルを見つめ返した。
『なに…………を?』
 あれ?僕の声、機械に通したみたいに変な音だな。
「いまは消灯時間中で、ここにいていい時間じゃないだろ?」
『それは…………君も同じ』
「あぁ、そうだな。俺は先生に許可をもらって、お前を連れ戻しにきたんだ」
 その言葉に、ドクンとドス黒い力の奔流が脈打った。
 脳裏に、生徒指導の女教師の顔と、言葉がよぎる。
『せん……せい?』
「そうだ。全くお前は。先生から話は聞いたぞ?おとなしいタイプなのかと思ったら意外とはっちゃけてるんだなぁ」
 頭の後ろをかきながら一人そう言い、彼はこちらに顔を向けて破顔する。
 少し前まで、心が温かくなったその笑顔が、いまはただ、心を痛くしてくる。
 脳裏に、あらゆる場面が浮かび上がる。全て先生の言葉だ。
 そうして数秒黙り込んだ僕は言った。

『みんなうそつきだ』

 瞬間、僕が得ていたすべての世界が、闇に呑まれて消えて行った。





 ここは何もない。真っ暗な場所。
 白くもあって、黒くもある。
 何かが永遠に続いているようにも見えて、何一つとして存在しない。
 《有る》ことも《無い》ことも存在しない場所。
 僕はその中心で、ぼんやりと浮いていた。
 みんな嘘つきだ。笑顔の裏で僕に怯えていたのだろうか。
 誰も本心を言わず、僕に優しくしてくれてたのも本心じゃ無い。
 自分のため、保身のため、騙すため、誰かに支持されて、やっていただけ。
 僕は、舞い上がってたんだ。嬉しかったんだ。こんな力を持っててもちゃんと仲良くできるんだって。友達ができるんだって、話せるんだって。
 でも全部、全部嘘だった。もう嫌だ。信じたく無い。見たく無い。ここから出たく無い。

 もう何もかもいらない。

 どれだけだっただろうか。突如僕の世界に僅かな光が灯った。
 あらゆるものがあって、何一つない世界の片隅に、淡く、儚い光がひとつ。
 それには色があった。柔らかい蝋燭のような、赤い色。
 闇をひっそり紛れて、確かな色を放つ、夜の青。
 それらが浮かび上がって人の姿を取る。
 それに目線をやると、その光は徐々に強くなる。
 突如、世界が一瞬眩い光に包まれた、おどろいて辺りを見回していると、どこからともなく声が降ってきた。これはどこか明るげで、どこまでも澄んだ綺麗な声だった。

〈バカな子ね。ちゃんと周りを見なさい。愛しい子〉

瞬間、違う声が世界に轟いた。

「………っけえええ!」
「………っけえええ!」

 おどろいて声のしたほうを向くと、とてつもない力で引っ張られる。反射的に、僕はそれに抵抗した。
『な、なに!?』
「よし!捕まえた!」
「バカ!まだ油断するな!ここから引っ張り出すまで気合いれてろ!」
 そう言い合っている二人は、学園で時々話していたクラスメイト。一人は眼鏡をかけた青年で、一人は短髪の女の子。
 でもなんでだろう。名前が思い出せない。



 二人は僕に何か叫んでいた。その言葉を聞いて、僕は戻ることにした。

 戻るとタケルに妙な顔をされた。大馬鹿者と言われてこづかれたが、悪い気はしなかった。
 なんだか偉い人がきて、僕がこうなった原因を調べてくれることになってその場は解散した。

 そうしてしばらくして、僕は先生に反抗するようになった。
 先生もそれで徐々におとなしくなって行った。
 ある日、僕の力の大きさが異常であることに気づき、僕は困惑する。
 1度目の暴走の時、何かの鍵が外れて、力の膨張が抑えられなくなっているらしいことがわかった。
 そしてそれを放っておくと、学園どころか世界中で何かしらの厄災に見舞われる可能性があることも。
 学園長室の前を通った時にたまたま聞いてしまった。
 僕にはもう時間は残されていない。
 昔から、放浪癖があった。何か悩みがあるとすぐにフラっとどこかへ出掛けて永遠歩きながら考え事をする。
 そうした方が落ち着いて考えられるし、止まって考えてると滅入ってきてしまう。というような理由からだった。
 なんとなくフラット学園裏にある大木へ行っていた僕は、その木を見上げてつぶやいた。
「あの時に戻れたらな」
 色々考えた結果のつぶやきだった。そうするしかないと思っていたし、それ以外の選択肢は見つからなかった。
すると、大木から声がした。
〈その選択は、賢いとは言えないわ〉
 いつか聞いた、明るげで澄んだ綺麗な声だった。
 不思議と驚くようなことはなかった。
 それはその声が、僕のことを真に思ってくれているという安心感を与えてくれていたからだろうか。
「僕も少し思う。けど、僕のやりたいことはそれなんだ」
〈みんな悲しむんじゃない?〉
「うん。よくわかってる。でもどちらにしても、長くは続かないよ」
 僕の命のカウントダウンは、もう始まっている。
〈決心は固いのね。いいわ。私が手伝ってあげる。愛しい子〉
「ありがとう」

 瞬間、世界が暗闇に落ちた。
 力の暴走が来てしまったのかと思ったが、体の内側にある物は以前よりも暴れているものの、暴走までは行っていない。
 それを確認して安心すると、視界に影が映った。
 こんな闇の中でもぼんやりと浮かぶ黒い影、それは心臓のように脈打ちながら佇んでいる。
 直感で分かった。

 そうしているうちに、世界の端に、二つの光が灯った。いつか見た、二人の物だ。
 瞬間、僕の中にあった闇が突如暴れ出した。
 あまりにも突然のことで、何事かと思ったが、この闇の世界と共鳴して暴れてしまったのだとすぐに気づいた。
 1度目の僕の闇と、今の僕の闇が混ざり合い、世界の勢いは増していく。
 世界に灯っていた二つの光が、僅かに勢いを落とし、そこから苦悩する声が聞こえてきた。
「っで!なんで急にこんな勢い増すわけ!?」
「しらん!口を動かす暇があったら手を動かせ!木を緩めたら呑まれるぞ!」
「分かってるわよ!分かってるけどこれはっ」
 徐々に勢いを増す闇。そんな中でも必死に進もうとする二つの光に、僕は胸が苦しくなった。
 こんな状況になってもなお、進もうとしてくれる二人の心は真っ直ぐで、僕はなんでそれにもっと早く気づかなかったのだろうと、今激しく後悔している。
「もういい、、もういい、、もういいよ、、」
 僕はきっまいたら涙を流しながら、走り出していた。
 何もないはずの闇の上を必死に走る。
 彼らより先に辿り着かなければ。
 自分のうちに渦巻いていた力が一定の流れを保ち始める。
 それはやがて1度目の僕の力を飲み込んで、絡まった糸をほぐすように解きほぐされていく。
 走る足に力が宿る。何もないはずの闇の感触を足に感じる。
 暴れ回って混沌としていた闇の力がほぐされて、僕の一部になっていく。

 誰かの記憶がよぎった。笑顔で話しかけてくれた不器用な友人のこと。
 いつも仲が悪そうなのにいざという時には随一のコンビネンションを発する3人組のこと。
 僕のことを常に気にかけて話しかけてくれた偉い人のこと。
 人と全く話すこともないような人が、僕にコーヒーを奢ってくれたこと。

 一歩、一歩と近づくにつれて、脳裏にたくさんの記憶と言葉がよぎる。
 時には励まされ、時にはからかわれ、時には導いてくれた友人たちの声と、言葉と、笑顔と、心と。
 僕はどんなに幸せだったか知れない。だから、もうこれ以上辛い思いはさせたくない。
 もういい、もういい、もういいんだ。みんな。ありがとう。僕は幸せだった僕は嬉しかった。もうそれだけでいいんだ。
 この先みんながどんな人生を歩むのか、僕にはわからない。知る由もない。だけど。

『ヒイカ知ってるか?別の時間軸と今の時間軸の自分が触れると、どちらの時間軸からも存在が消えるんだってよ?最初から無かったことになるんだと。なんだっけかな?強制力?ってやつ?世界が正常に戻そうとする力が働いて、どちらの時間軸からも、そいつの存在がさっぱり消え失せるんだと。怖えよなぁ』

 そんな言葉が頭をよぎったのと同時に、僕は1の腕を掴み、引き寄せ、全力で抱きしめた。
 おどろいた気配のする腕の中。そうして全ての力が停止する感覚。
 ジワっと存在が消える感覚がしたその瞬間、僕は静かにつぶやいた。

「あぁ、あったかいコーヒーが、飲みたいなぁ」

そうして世界は真の闇へと包まれた。





########################


「これでよかったのか?」
 静まり返った学園の大樹の前。
 赤いコートを見に纏い、腰まで伸ばした白髪を風に遊ばせた男が大樹を見上げて言った。
 しかし、帰ってくる言葉はなく、風に紛れて聞こえてくる優しい笑い声だけが、彼の背後を通り過ぎていくばかりだった。






完?
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