夢物語〜わたしがみた夢の話集〜

常に眠い猫

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最後の瞬間

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 目が覚めると、見覚えのある天井が目に映った。
 何だか頭がぼんやりする中、数秒天井を見つめて起きあがる。
 今まで何をしていたのか、思い出せない。
 テラスで雪遊びをしていたような気がする。
 すると起き上がった私に声をかけた人がいた。

「気がついたのね。怖がらずに落ち着いて聞いてほしい。きみの、君はもう直ぐ死んでしまう。。だから、残される人に何か伝えたいことはない?」

 女性がそう声をかけてきて、「死ぬ」だとか「残される人」だとか、何だか理解ができなかった。
 この人は何を言っているのか。私が死ぬだなんて、と思ったけども、頭のどこかで納得している部分があって、私は女性のその言葉を受け入れた。
 立ちあがろうとすると、意識もはっきりせず、体に力も入らない。少し気を抜けば膝から頽れて、2度と立つことはできないだろうと思った。だから、これまでにない気力を振り絞って立ち上がり、女性が引いてくれた椅子に座ってペンを握った。
 目の前が歪む。見ているようで見ていない。
 極限の睡魔に襲われているかのような視界の歪みと、今自分が何をしているのか、半分わからないままにペンを走らせる。
「書きたい人に向けて、何枚でも書いていいからね」
 そう言われて、私は何枚か書くことにした。

『ありがとう。楽しかった』

『ありがとう。ごめんなさい。愛してます。しんでもずっとしむゆうね』

 書いた文字は子供が書いたのかというほど汚くて、正しいと思って書いたはずの文字も、間違ってるような気がして。
 私は一度その文章を読んで、ノートから乱暴にちぎり、女性にそれを渡しながら伝える。
「友達、上。家族、下。わたして」
 女性は大きく目を見開き、微笑みながら「わかったわ」と掠れた声で答え、手紙を握りしめた。

――手紙は書いた。でも、最後になるなら、直接、伝えに行かなきゃ。最後くらいは、ちゃんと・・・・・・

 私は力の入らない体に鞭を打って立ち上がる。
 体が言うことを聞かない。まるで等身大の人形をかぶっているような。重くて仕方がない感覚だった。
「どこに行くの?」
 と、変わらず掠れた声で問いかけられる。私はそれに「行かなきゃ」とだけ答えて、壁を支えにしながら、部屋を出る。

――最後の、挨拶回りだ。


 体が悲鳴をあげている。もう無理だ。休んでしまえ、座ってしまえ。諦めてしまえ。と叫んでいる。
 それを全部無視してわたしはよく知る保護施設の廊下を進み、休み時間中の部屋に入る。
 そこには九歳から十二歳までの子供が各々遊んでおり、わたしのよく知る女の子が、床で積み木をしているのを見つけた。
 積み木越しにわたしの姿が見えたのだろう。
「お姉ちゃん?」
 と可愛らしく首を傾げていた。
 この子はいつも、わたしのよく知る子供たちに混ざって遊んでいた。とても心優しく、よく気がつく子で、彼女より小さい子達からはよく慕われている。
 そんな彼女の頬を優しく包んで、わたしはその額にキスをする。
 この子はどんな人に育つだろう。どんな人に出会って、どんな日々を過ごすのだろう。誰にでも優しく、忍耐強くて、でも少し傷つきやすいそんな可愛い子の未来が見れないことに、わたしは心が痛んだ。
 わたしがいなくなって、一番悲しむのはこの子なんだろう。だから――
「ありがとう。愛してる」
 言った瞬間、大きな瞳が、またひとまわり大きく見開かれた。
 綺麗なその瞳孔にはわたしの姿がよく映っている。
 それを嬉しいような、悲しいような感情を抱いて、わたしはその場を後にした。

 おかしい。1人に会いに行っただけなのに、動いた分だけ体が重くなっている。

――あぁ、全員に会うつもりだったのに。これでは会うことすらままならない。

 もうすでに、壁に寄りかかって歩くのがやっとで、意識も、もう、ほとんど維持できない。

――最後は、みんなが集まる大広間にしよう。

 もう、眠くて仕方がない。腕も足ももう動きそうにない。
 最後の力を振り絞って階段を降り、大広間の片隅に腰を下ろした。
「姉ちゃん!見てこれ!」
 座ると同時に男の子の声がかかる。目線を向けると、この施設の1番のムードメーカーな男の子がニコニコしながら駆け寄ってきた。
「へっへーん!これ見てよ!中に隠し箱があるおもちゃ作ったんだ!すごいだろ」
 わたしは、声をかけようと思ったが、もう声が出ない。
 どうしよう。ちゃんと伝えられるだろうか。でももう
 眠くて仕方がない。
「姉ちゃん、、、、?姉ちゃん!?」
 少し遠いところで、慌てたような声が聞こえる。
 一瞬、目を閉じてしまっていたようだ。わずかに目を開けると、世界が横倒しになっていて、自分が倒れたのだと気づく。
 そんなわたしに駆け寄って、心配そうに見つめてくる男の子。
「どうしたの姉ちゃん?今日なんか変だよ?具合が悪いの?」
 そんな焦ったような、困惑したような声を聞きながら、わたしは体が鳴らす警鐘に、ひどく狼狽していた。
 伝えなきゃ。もう意識を保っていられない。
「こっちに、、、きて、、、?」
 掠れて、ほとんど声になっているかもわからない声でわたしは声をかけてみた。
 聞こえたかどうか心配だったが、子供の耳はとても良い。聞こえたようで、わたしのそばに座り、顔を近づけてきた。
「なに?誰か呼ぶ?」
 そうして覗き込んでくる男の子に、何とか手を伸ばして、頬を撫でる。
「ありがとう。ずっと、これからも愛してる」
「へ、、、、、」
 突然のことに、相当男の子は驚いたのだろう。さっきの女の子と同じように、目を丸くして固まってしまった。
 もう何もできない。
 全身から力が抜けていく。
 強烈な睡魔と脱力感が全身を支配する。
 意識が遠のいていく向こう側で、焦ったような、泣いているような声で叫んでいる男の子に、ごめんねと、言えたかどうかわからない言葉を残して、わたしの意識と個の存在は

――綺麗さっぱりと消え失せた。
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