【完結】君と綴る未来 一 余命僅かな彼女と 一

野々 さくら

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2話 高校一年生 蝉声響く頃

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 散っていった桜が桃色の絨毯を作り、木々に青葉が茂る頃。昼の暖かさと打って変わり、冷える夜。
 俺は珍しく机に向かい、自室でパソコン相手に一人ぶつぶつと呟いていた。
「うん。文体、構成はよく出来ている。ただ冗長だな。絞った方が良さが出るんじゃないのか?」
 パソコンに映る文面を確認しながらメッセージアプリにビッチリとした長文を打ち込んでいたが、我に返った俺は痛え文章を全削除する。
 何マジになってるんだ? これは口止めの為。適当で良いだろ?
 そう思い直し、箇条書きで要点をまとめて返信する。
 俺が今やっているのは、あいつが書いた小説を読み、改善点を見つける作業だ。その為に、フリーテーマで一万文字の短編を書いてみろと言った。
 小説はまとまりが大事であり、いくら序章や終盤が良くても一つの作品として完成されていなければ、何を伝えたいのか分からない。あいつの作品はそれが顕著に現れており、書きたいことが多すぎてまとまっていない。それはまるで。

『直樹。内容はすごく良いけど、もっとテーマを絞った方が良くないか? いかに話をみせてくるかが大事だと思うから』
 そんな言葉が脳裏を掠める。

「うるせえ。裏切り者が!」
 苛立ちからノートパソコンをバンと閉めて、スマホを手に取る。
 やはり、こんな役目など……。
 ピロロロロ。
 俺がメッセージを打ち込む前に、あいつから電話がかかってきた。
 丁度いい。こんなくだらねえこと、終わりだ、終わり!
 そんな思いで、通話ボタンを投げやりに押す。
『読んでくれてありがとう。確かに冗長だし、何が言いたいか分からないよね? もう一度テーマを考えて、それに絞って書いてみるから、またよろしくね』
「ああ」
『じゃあ、明日学校でね』
 あいつは変わらずのトーンで話し、電話を切る。
 ……ってか。断るつもりだったのに、「ああ」ってなんだよ、俺?
 そう思いながらスマホを机にバンと置き、またノートパソコンを開けその文章を見つめる。
 ……ただ、読み手を惹きつけ、読ませてくる力がある。精錬された文体には柔らかさもあり、読み手を意識した文章を意識している。よくある失敗は長文になり過ぎて結局何を言いたいのかが不明になることだが、あいつは要点を絞りストレートに伝えてくる。特に心情描写は、あいつの実体験じゃないかと思うぐらいに辛さ、痛さ、切なさが伝わってくる。まあこれはすれ違ってしまった兄弟の話であいつは一人っ子らしいから、違うみたいだけどな。
 一次選考も通ったことないと言っていたが、本当なのだろうか? もしそうでも、そこさえ改善したら受賞の可能性はあるんじゃないのか?
 その考えが過った瞬間、ズンと重くなる腹の中。吐き出す溜息までもが重い。
 これは。この感情は。俺は知っている。
 バカバカしい! 俺は二度と書かないし読まない。こうしているのは、俺が過去に小説を書いていたと公言されない為の交換条件だ。それ以外の何でもない。だからあいつの気が済むまで、適当にしてれば良いんだからよ。
 次はパソコンをバンッと閉め、ベッドに寝そべる。


 こうしてやり過ごすと決めていたが、気付けば照りつける太陽はギラギラと光りあまりの暑さに茹だる七月上旬。あいつは気が済むどころか七月末期限の公募に向け、最終修正の為に家に来ていた。初めの約束でやり取りは電話かメッセージアプリと決めていた。だが、正直やり取りに難しさを感じており、絶対クラスの奴に見られないようにするのを条件に家に来させた。
「ありがとう。これで出してみるね」
 そう言いながらこいつが差し出して来たのは、トートバッグに入った一つの箱と大きな水筒。それを開けると中には、おにぎり、おかず、野菜が色取り取りに盛り付けてある。大きな水筒はスープジャーと言うらしく、中に汁物が入れられるとこいつが言っていた。
 今日は、じゃがいもとにんじんの味噌汁か。それを見た途端、食欲を誘う。
 しかし俺は「ああ」とだけ返し、こいつの前で遠慮もなく口に運ぶ。弁当箱を当日に返さないといけないらしく、こいつが帰る前に空にしないといけない。
 ……いや、何故こいつの弁当を当たり前の顔して食っているのかと言うと、どこまでも真面目なこいつの考えからだった。バカ真面目なこいつは指導の礼にと菓子を持ってきたが、俺は甘いのが嫌い。いらねえと突き返したが、何か礼をしないと気が済まないとうるさい。じゃあ弁当でも作ってこい、と面倒なこいつを払い除けたつもりだったが、本当に作ってきやがった。しかも、こいつのはなかなか。
「藤城くんは、どうして小説を書くようになったの?」
 俺がガツガツ食っているのに、こいつは嫌な顔一つせずこちらを見てくる。
「別に。ただの暇つぶし」
 そう告げ、筑前煮の蓮根を噛み締める。
「もう書かないの?」
「飽きた」
 俺は気怠く口ずさみ、味噌汁の風味とそれに合う具を堪能する。
「そっか。……あ、ねえ、明日は何が良い? 明日は鯖なんだけど、その他には自由が効いて。野菜とかは加熱出来るものなら、ある程度聞けると思うし」
 無理に口角を上げ早口で話してくるこいつは一瞬見せた表情を誤魔化すかのように、ペラペラとよく喋る。
 こいつの言いたいことはなんとなく察しており、力無く返答したつもりだったが、気付けば語気が強くなっている自分が居た。
 空になった弁当箱を片付けるこいつに、俺は思わず。
「わかめの味噌汁」
 そう呟いていた。
「え? うん。他には?」
「余りもんでいい」
「分かった。作ってくるね」
 そう言うこいつは口角に相反して目尻を下げ、心なしか声も高い。その姿に気をよくした俺は、つい口走ってしまう。
「次は何書くんだ?」と。
「……え?」
 俺の言葉に手を止め、こちらをまじまじと見つめてきた。その反応に出過ぎたことをしたと思い、思わず立ち上がる。
 やらかした。明日も弁当作ると言っていたから、また見て欲しいのだと思いこんで。
 バカな勘違いと自惚れに気付き、俺はこいつに背を向ける。
「ううん、違うの。また、見てくれるのかなって」
 こいつは、こんなめんどくさい俺にそう笑いかけてきた。それなのに。
「ああ。公募なんて、そんな甘い世界じゃないからな!」
 また、このような言い方をしてしまう。
 事実だが、それは落選を繰り返している者に告げるのはあんまりで、時に抉られほどの言葉だと知っている。そう気付いた俺は背向けていた体をゆっくり動かしてこいつを見るが、変わらず微笑んでいた。
「本当にそうなんだよねー? 次考えている物語なんだけど」
 目を輝かせたこいつは、次のアイデアを口早に語り始める。面白そうな内容に思わず口を挟むとこいつはメモを取り始め、まだ存在しない物語について俺達は協議していた。
「さあ、次書かないと! テーマは決まってるから、早速プロットを練って……」
 しかし、こいつは ふっと真顔になり、俺をただ見つめてきた。
「藤城くん」
「あ?」
「あのね……」
 カチカチカチカチ。
 時計の音だけが部屋中に響き渡り俺の心臓の鼓動まで、一体化したような錯覚に陥らせてくる。
 ピコン。
 緊迫した空気が、一気に腑抜ける音がする。音はこいつの学生用鞄からで、メッセージアプリの通知音だった。内容を見たこいつは。
「あ、お母さんだ。帰らないと。じゃあ、今日はありがとう」
 そう言いこちらに目を向けてくるが、その目には光がなくどこか儚げに見えた。
「なあ」
「え?」
「いや」
「……うん」
 こいつは何も言わない俺に対し、明らかに表情を曇らせて玄関に向かって歩いて行く。
「どうしたんだ?」
 中学二年までの俺だったら、そう尋ねることが出来ただろう。しかし、今は。
 情けない思考を巡らせていると、こいつは足をピタッと止める。
「あのね。こんなこと言われても迷惑だって分かっているけど……。もう一度……」
 そう小さな声で呟きこちらに振り向こうとしてきた時こいつは明らかに体をふらつかせ、力無く倒れそうになる。咄嗟に手を広げ受け止めるがバランスを崩してしまい、俺が下になる形で一緒に倒れ込んでしまった。
「おい! 大丈夫か!」
 体を起こして目を閉じたこいつの肩を揺らすが、反応はなく脱力し切っていた。その顔は蒼白しており、俺の記憶が不穏な空気を知らせてくる。
「……あ」
 ゆっくりと開いた目で、こちらを見つめてくる美しい瞳。不意に出た鈴の音を連想させる甘い声に、俺は。
「ご、ごめんなさい!」
 その叫び声と共に、こいつは慌てて離れていく。「重かったよね」とか。「怪我はない?」とかの言葉を何度も繰り返して。
 そんなこいつが差し伸べてきた手をあえて無視し、俺は一人立ち上がる。
「本当にごめんなさい」
 俯いたその表情から、読み取れる。俺に対し怯えていると。いつもなら、そんなの無視して全てを終わらせるが、今日は。
「……大丈夫か?」
 気付けば、そのような言葉が出ていた。
「寝不足で」とオロオロするこいつに、「とりあえず帰って寝て、公募に出せ! 寝不足で無理矢理書いたプロットなんかつまんねーんだから!」と悪態をつく。
「そうだよね」
「弁当もいらねーから。とりあえず寝ろ!」
「ごめんね。また、作るね」
 こいつはまた華のような笑顔を見せ、帰って行く。一応聞いたら、母親が迎えに来てくれるらしく問題はなさそうだ。
 俺はあいつがいなくなり、はぁっと溜息を吐く。必死に隠していたが、鼓動が早く、顔が熱い。
 美しい瞳に、さらさらな髪。そして ふわっとした甘い香り。
 いやいやいや。これは驚いたからで、そうゆうのではない! そりゃ。あの出会い方も理想だったが、元々顔合わせていただろう? だから、そうゆうのではない!
 そう自分に言い聞かせ、ふっと呟く。
「暑いのは夏のせいだから!」
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