【完結】君と綴る未来 一 余命僅かな彼女と 一

野々 さくら

文字の大きさ
6 / 19

5話 高校一年生 青葉より光溢れる頃(2)

しおりを挟む

「はぁはぁはぁ」
 学校では話さないと約束していたからそれを守り、こいつは追いかけてきたみたいだ。
 バカだな。連絡先知ってるんだから、メッセージ送るなり電話なりしたら良いのによ。
 ……まあ、この場所に立ち尽くしていた俺にだけは言われたくないだろうがな。
「久しぶり……だね」
 そう声を出したかと思えば、こいつはその場に膝をつく。
 それこそ下は地べたにも関わらず、完全に腰を下ろしてしまい、ゼエゼエと俯いてしまった。

「どうした?」
「ううん……。なんでも」
 言葉とは裏腹に、その息遣いは一向に落ち着かず体を動かす気配もない。
 俺は仕方がなく、付近のベンチまでこいつを連れて行くことにした。

「え? いいよ……。迷惑だし」
「こんなところで座られている方が、よっぽど迷惑なんだよ!」
 そう言い、半無理矢理こいつを背負う。
 あれ?
 後ろを振り返りたい衝動を抑え、並木道の横にある神社に向かう。
 そこには、参拝客や花見に来た一般人の休憩用のベンチがあった。

「ごめんね。夏休みダラダラし過ぎちゃったかな?」
 まだ呼吸が安定しないこいつは、鞄から水筒を取り出しゆっくり飲み始める。
 すると風が吹き髪が靡くが、それは以前とは違った。
 髪はパサパサ、肌はカサカサで艶はなく、全体的に痩せ、半袖のセーラー服から伸びる腕や足の肉付きが変わっており、背負った体は明らかに軽かった。

「なあ。……いや」
 気付けば、喉まで出ていた言葉をグッと飲み込んでいた。
 こいつの目が、そのことに触れないでと言っているようで。

 だから俺は、ただ空を見上げた。
 青く澄み切った空、もくもくと流れる入道雲、眩しく照りつける太陽。
 強い日差しを塞いでくれる青葉は、時折サワサワと枝を揺らし風の音を知らせてくれる。
 そんな時間をただ過ごした。

「夏休み執筆出来なかったの……」
 やっと呼吸を落ち着かせたこいつは、そう呟いた。
「だから、九月末の公募も間に合わないだろうし。私、何やってるんだろうね」
 靡く髪を片手で抑えたその姿は、あまりにも美しく、そして儚げで。

「そうゆう時は無理しなくて良いだろう?」
「え?」
「別にそれだけじゃねーし。それによ、無理して嫌になったら意味ないだろう? チャンスはこれだけじゃねーし」
 俺の言葉に、目をぱちくりさせたこいつは下がっていた口角をスッと上げてきた。

「藤城くんって優しいね?」
「はあー? お前、この暑さでおかしくなったんじゃねーか? ……んで、次は!」
 むず痒い感情を抑える為、声を張り上げる。
「それ言ったら、『やる気あるのか?』とか『もう見るのやめる』って突き放されると思っていたの。だって、一ヶ月半も出来なかったんだよ?」
「バカか? 無理に書いたものなんてつまんねーんだよ。そんなの見せられる身になってみろ!」
「あ、そっか。ごめん」
 変わらず口の悪い俺に、こいつは素直過ぎる返答をしてくる。

「分かればいーんだよ。……んで、次は?」
 だから、被せてそう呟く。
 こいつと相反して素直になれない俺は、優しく話したり気遣いは一切出来ない。
 だから、言葉でしか表せなかった。

 「次」の言葉に、また華を舞わせたこいつは、十一月末の文学賞に挑戦したいと口ずさんだ。
 規定は十万文字以上で残り三ヶ月。
 当然ながら学生の本分もあり、正直ギリギリだろう。
 そして見るからに体調が悪そうなこいつを、このまま挑戦させて良いのだろうか?

「大丈夫だよ。ちゃんと寝るから」
 俺の心を読んだかのように、微笑んで答えてくる。
「ああ。またぶっ倒れたら、もう読まねーからな」
「気を付けるよ」
 へへっと笑うこの姿は、悪いことがバレたいたずらっ子のような顔で、そんな顔をするのだと、まじまじと見つめてしまった。


「何?」
「い、いや! それよりお前帰れるのか?」
「うん。お母さんに迎えに来てくれているから」
「なら、良いけど」
 話で誤魔化しつつ、こいつの顔を見るが、やはり顔色が悪く頬や唇の色までくすんでいる。
 ……日陰でそう見えるだけか?
「あ、時間かかるだろうから先に帰っていいよ。ごめんね」
「はあ? ぶっ倒れた奴、放置して帰るなんて後味悪い事出来るかよ?」
「やっぱり優しいよ。藤城くん」
 俺を見てクスクス笑うその姿に。
「知るか」
 とそっぽ向く。
 この時間が永遠と続けば。
 風の音を聞きながら、ひたすら願った。

 ピコン。
 その音は、俺を現実に引き戻すには充分だった。
「あ、近くまで来てくれたみたい。ありがとう」
「ああ」
 俺達は立ち上がり、先程の並木道に戻って行く。
 こいつの足取りも戻っており問題無さそうで、車が止められる駐車場付近まで見守る。
「明日ねー!」
 あいつはゆっくりと歩いていき、俺も背向けて歩いてゆく。
 やれやれと思いつつ、気付けば足を止めている自分が居た。
 夏休み、クラスの奴らと会ったのか?
 あいつと居る間、そんな野暮なことが喉元まで出かかっていた言葉。あの話の内容的に女子とは会っていても男子共とは連絡を取り合っただけじゃないかと、予想が立てられるのにも関わらず。
 あいつと別れた途端にまた沸き立つ、腹の奥より押し寄せる苛つき。それを抑えようと、振り返っている自分がいた。すると、そこには。
 まだこっちを見ていて、俺の視線に気付くと華のような笑顔で手を振ってくる、あいつ。
 その姿に、俺はプイッと反応する。
 なんだよあいつ。さっさと帰れよ!
 腹にあった苛立ちは一瞬で消え去り、体から感じる暑さが熱さに変わっていく。その感覚を無視してズンズン歩いて行くと緑のトンネルを抜け、強い日差しに迎えられる。
 いい加減にしろよ! 熱い、熱いんだよ。
 額の汗を乱暴に拭いジリジリとする中を抜け家に着くと、俺は冷蔵庫の炭酸水に氷をぶちこみ一気に飲み干すが、その火照りは一刻に止まなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

処理中です...