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14話 天使を空に返す日(2)
しおりを挟む力尽きたかのように眠る小春の寝顔に、樹は一人思考を巡らす。
本当に、これが正しかったのか?
このまま腹に居させた方が、母も子も幸せだったのではないか?
火葬せず、家に連れて帰るべきだったのではないか。
無理矢理言い聞かせて納得させ、本当に良かったのか?
そんなどうしようもない考えが、樹の心を掻き乱していく。
当然ながらこの選択は何一つ間違えておらず、亡くなった胎児を体内に留めておけば母体に負担がいき、火葬をしなければ遺体は損傷していく。
我が子の尊厳を守る為にも、火葬して綺麗に送り出す。理論的に考えればそれは妥当な判断となるが、精神論で考えれば何が正解なのか分からない。
疲弊した小春にそんな弱音を吐き出せるはずもなく、樹は一人窓から空を見上げる。
眠っている小春の手をそっと離し窓辺に近付くと、そこから見えるのは煙突だった。
どうか安らかに。
止まることのない白い煙は浮かんでは消えていき、こうして穢れのない魂は美しい空に還っていった。
太陽が西に傾き、三時間が過ぎた頃。何事もなく火葬が終わり、二人は職員に呼ばれ先程の炉然ホールに戻る。
先程、我が子を見送った場所には当然箱は失くなっており、大人の爪ぐらいの小さな欠片が僅かに残っていた。
分かっていたがあまりにも変わり果てた我が子の姿に小春は力が抜け、樹に肩を支えられ端に座らせられる。
「……俺がやるから」
樹と火葬場の職員であまりにも小さく薄く脆い欠片を一つずつ慎重に摘み、手の平半分にも満たないほどの小さな骨壷に入れていく。
全てを取りこぼさないようにと掬うが灰すら殆ど残っておらず、両手の平半分にも満たない子供用の小さい骨壷でも半分も入らない、少ない遺骨だった。
しかし乳児の場合はその欠片すら残らないこともあり、これほど綺麗に火葬出来たのはきっとここだったからだろう。
「ありがとうございました」
納骨が終わり手続きを終わらせ樹は、何度も職員達の気遣いにお礼を述べ、火葬場を後にする。
行きとは違い小春は助手席に座っており、その膝上には小さくなった我が子。三人で横に並び、共に帰る。
車を動かした樹は駐車場から出る前に、その建物をバックミラーで最後に眺める。
この火葬場を選んで良かった。
視線を前に戻し、アクセルを踏み火葬場を後にする。
ここは胎児や乳児専用の火葬炉が設備されている、数少ない火葬場だった。まだ体が小さく骨が残らない事があるが、胎児や乳児用の火葬炉なら火は弱く骨を残せる可能性があった。
だからこそ以前親の火葬時にお世話になった近場ではなく、二時間掛かる遠方を選んだ。
おかげで骨を残せ、体も心も憔悴しきっていた小春に気遣いまでしてもらった。
この優しさは、我が子を失くさなければ気付かなかっただろう。
山道を下り、行きと同じく湖岸沿いの道路を走って行く。
「飲め」
その道中、樹は朝より購入しておいた水、お茶、小春が好きなのに我が子の為に我慢していた甘いコーヒー、甘い乳飲料を飲むように促すが、小春は後で飲むとだけ告げ口にしようとしなかった。
車の時刻表示は、十六時を過ぎていた。
十二月末の現在、日の入りは十六時半過ぎであり日没間近。夕日は茜色に染まり琵琶湖全てを同色に染め上げ、水面に向かって下降しているように見える。
空も夕日も琵琶湖も美しく、またそれらが茜色に彩られ美しさがより引き立てられる。
この景色があまりにも幻想的で、それをもう見せることも叶わなくて、小春の瞳からは涙が溢れていた。
「大丈夫だ」
「……え?」
運転の為に前方を顔を向けたままの樹は、そう小さく呟く。
「チビには仲間が居るだろう? おじいちゃん、おばあちゃんも。成仏すれば会える。そうだろ?」
「……みんな、仲良くしてくれるかな? 大事に育ててくれるかな?」
「そんなの当たり前だろう」
「……うん」
優しかった互いの両親を思い浮かべ、車はそのまま湖岸道路を走らせる。樹は小春に座席を倒して休むように話すが聞かず、その美しい景色を遺骨を握り締めながらずっと見ている。日の入りまでずっと……。
十六時半を過ぎ日が沈むと、周囲は少しずつ薄暗くなっていく。
しかし車はまだ目的地には着かず、時刻は十七時。車のライトを点灯させ、早めの帰宅と安全運転を心がけながら車を走らせる。
ようやく見慣れた外灯に照らされた町が広がり、大きな建物が見えて来た小春は思わず一言呟く。
「……戻りたくない」
その言葉に一瞬だけ小春に目をやると、遺骨を抱きしめ唇を強く噛み締める姿があった。
病院でどれほどの苦しみがあるのか、鈍い樹でも充分過ぎるぐらいに伝わってきている。
だからこそ。
「……そうだな。早めの退院を頼むか」
「良いの?」
「ああ、勿論先生次第だが頼んでみるか」
「……ありがとう」
話をしている間に病院の駐車場に着き、小春を歩かせない為先に夜間用入り口の前で降ろそうするが降りないとの一点張りだった。
小春の頑固な性格を一番に理解している樹は、駐車場から共に歩いて病棟に戻って行く。
樹が片手で遺骨を抱き、片手で小春の手を引いて歩いていく。
周囲が暗く、歩きにくいからと言い訳しながら。
日が暮れた空は澄んでおり、美しく輝く月とその周りを囲む無数に星々が輝いている。
これからの二人の立ち直りを、優しく見守るかのように。
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