天使がくれた259日の時間

野々さくら

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28話 命の花が咲いた日

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11月25日。出産予定日一ヶ月前、妊娠三十六週目に入り臨月となった。お腹の子は順調に育ち、今日も元気に動いていた。


「……じゃあ行ってくる」

「うん、お願いね」

小春は我が子の遺骨を渡す。


樹は受け取り、車を走らせる。今日は亡くなった我が子の月命日。二人は月命日毎に水子供養に行っていたが、小春はお腹が目立つようになってから行かないようにしていた。……他の参拝者への配慮だった。

車を走らせ二十分程でその寺院に着き、樹は我が子を連れ水子地蔵に手を合わせる。そして、その寺院を共に散歩し、季節を知らせる。

もう十一月末の為、木々は落葉しており野花は枯れてしまい寂しい景色となってしまったが、我が子に冬の始まりだと教えた。

しかし、一つだけ冬らしかぬ事があった。それは今日が寒くない事だった。雲が少なく太陽が出ており明るく暖かかった。

樹はその気候に思わず呟く。

「……小春日和……だな」

樹は小春との思い出を我が子に話す。


次の日から急に寒くなり、冬の訪れを感じた。小春は変わらず胎動の記録を欠かさず行い、しばらく動かないと不安に襲われた。

しかしその後、胎動を感じると安堵していた。今まで嫌だと感じていた胎動が逆に元気な証明だと分かったからだ。


こうして夫婦はゆっくりとした時間を過ごし墓参りに行き今度こそ無事に産むと父母に誓った。

そして、とうとうこの日は訪れる。


12月25日夜中、小春は腹部の痛みで目覚めた。鈍い痛みは続き、波を打つ。この感覚が何か分かる。陣痛だ。


小春は起き上がり時計を見る。十分を切ったら病棟に連絡するように事前に聞いており、冷静に時間を計る。

そして十分切った時に寝ていた樹を起こし、生まれそうだと話す。


樹は飛び上がり、慌てて電話をかけようとする。救急に。

「車で送ってー」

「誰が?」

「あなたが!」

「俺ー!そうだ俺だ!あ、あ、あ、任せておけ!」

そう言うが、手が震えておりとても運転出来る状態ではなかった。


「タクシー呼ぶわね」

小春は電話をしようとする。


「いや、出来る!こんな時に情けない事してたら親父とお袋に叱られる!」

樹は小春の手を掴み静止する。


「大丈夫?」

「ああ、こんな事になったらお義母さんは俺にガッカリするだろう!お義父さんには殴られる!だから!」


「……うん。お願いね」

樹は急にしっかりし出し、まとめておいた鞄を車に詰み、痛がっている小春に肩を貸す。


「……そらちゃん、行ってくるね……」

「空!母さん守ってくれよ!」

二人は我が子にそう告げ、家を出て行く。


樹は深呼吸をしてエンジンをかける。樹の父は交通事故により亡くなっている。父に過失は無かったが、母は父が亡くなってから車の運転が怖くなりなり運転が出来なくなった。そして樹に、免許を取得するのを強く反対した。

しかし、この田舎で仕事をするには免許がないと圧倒的に不利であり、樹は母を説得して免許を取得した。絶対危ない運転はしない。交通事故で絶対に死なないと約束をした。


樹は無事に運転を終わらせ、病院に着く。痛がる小春に肩を貸し、病棟に向かう。

小春は診察を受ける。もう生まれる前兆にあり、このまま入院になり陣痛室に入る。

小春は激しい痛みに顔を歪める。

「大丈夫か!」

樹は小春の手を強く握る。その優しい樹の表情に小春は思っていた事を話す。


「大丈夫……、こんなのあなたの苦しみに比べたら……、全然……」

「何言ってるんだ!だからお前の方が何倍も痛くて苦しいに決まっているだろうが!」


「……ううん、あなたの方が痛かった……。ごめんなさい、辛い思い一人でさせて……」

「……別に俺は……」

小春は樹の手を強く握る。


「……お義母さん後悔してたの……、忙しくて幼いあなたに家事をさせてしまっていたって……。あなた、料理出来ないと言っていたけど、本当は出来るのでしょう?うちに食事に来るまで毎日あなたが作っていたんだよね?うちに来なかった日は、あなたがご飯を作っていたのでしょう?……本当は私なんかより料理上手なんでしょう?」 


樹はその言葉に黙り込む。そう、樹はずっと料理が出来ないと言っていたが本当は出来る。ただやりたくなかったから今までやってこなかった。


「……最低だろう?本当は料理出来るのにお前の具合が悪い時も作らなかった……」

「……子供の頃、しないといけない立場だったからやっていた……、大人になったらやりたくなくなって当然よね……」


「別に……、そうゆう訳じゃあ……」

「お父さんが亡くなった時、取り乱すお母さんを支えようとして感情を出せなかった……。小学二年生の子が一人でお母さん支えるなんて……、私には考えられない……」

樹は黙り込む。


「……今回もそうよね……?あなたは私を支える為に必死になってくれた……。だから悲しんでいられなかったのでしょう?……だから私が前を向いた後であなたは寝込んでしまった……」

「違う!……俺が弱かっただけだと言っている!」


「違うよ……。私は多くの涙で悲しみを流した……。けどあなたは私の前では泣く事も嘆く事も出来なかった……。一人でベビー用品を片付けて、死産届を書いて、火葬の手続きをして……、その時のあなたの気持ちを考えると……私は胸が張り裂けそうになるの……。我が子を亡くして辛かったのはあなたも同じだったのに」

小春は涙を流す。ずっと話せなかった気持ちだった。


二人はあの日、空に立ち直りを誓い前を向いて歩んできた。その結果、小春は我が子の死から立ち直る事が出来た。しかし、ずっと気を張っていた為、小春の立ち直りにより樹の力が抜け寝込んでしまった。……以前、母が亡くなった時みたいに……。


樹は小春を黙って見る。この状況でもあの時は辛かったと話せないのだ。

「……ごめんなさい……」

小春は樹の頬を触る。


「……謝らなくていい」

「あなたはあの時も怒らなかった。私が悪いのに……」

樹はその言葉に小春の手を握る。


「あ!……痛い……、痛い……」

お産は進んでおり、五分毎の波が小春を襲う。



夫婦は結婚して三年目の頃、大きな修羅場があった。小春が樹が浮気していると疑い騒いだのだ。

事の発端は樹がシャツに付けて帰ってきた口紅の痕だった。仕事中に女性社員と軽くぶつかり口紅が付いてしまっていた。

樹は気にも留めなかった。まさかこれが小春の怒りに触れるなんて……。

小春は口紅の痕を見つけ樹を問い詰めた。

しかし樹は、口紅が付いた事すら覚えていておらず、分からないと軽く話した。

それがより問題となった。小春は浮気だと騒ぎ始め、泣き叫んだ。今まで樹が急に無視しても、嫌いと言っても、名前を悪く言われても、待ちぼうけにされても、冷たい物言いされても、あんなプロポーズでも怒らなかった小春が初めて怒り泣き叫んでいた。

樹はその様子から小春は怒りの感情に震えていると分かった。必死に否定するが、いつ付いたのか本当に覚えておらず何も話せなかった為にとうとう小春の怒りは頂点まで昇った。

小春は樹の頬を思い切り叩いた。そして誰もおらず、電気やガスすら止まっている実家に帰ってしまった。

季節は秋、気候的には問題なかったが小春は実家にずっとおり家に帰らなかった。樹が迎えに行くも、話しを聞かず嫌い嫌いと叫んでいた。


結局、浮気をしていない証明は出来なかったが小春は冷静になり考えた。真面目な樹が浮気なんかするだろうか?本当に浮気していたら、口紅の痕をそんな風に軽く扱うだろうか?こんな風に必死に否定してくれるだろうか?そして口紅の痕は袖に付いていた。普通胸元ではないだろうか……?

小春は自分の過ちにようやく気付き、慌てて帰り謝ると樹は一言「忘れた」と呟くだけだった。



「……いや、同情から結婚してくれたと思っていたから嫉妬してくれて安心していた」

「そんな訳ないでしょう!私は……、私はあなたが好きだから結婚したのよ!」


「ば、ば、バカな事を言うな!」

樹はそう言うが頬は一気に赤面し、手もより熱くなった。



「子供だって、あなたの子供だから欲しかったの!」


「……え?」

樹は黙り込む。小春の言っている意味が分からないのだ。


「不妊治療中……、何故子供が欲しいのか何度も考えたの!みんな居るから?周りから小言を受けるから?意地になっているだけでは?と考えたの!……でも違う、ただ会いたかった!あなたとの子供にただ会いたかったの!あなたが父親になる姿が見たかった!……好きなあなたとの子供だから欲しかったの!」

「……小春……」

樹は小春の名前を呼び、顔を見つめる。


「ねえ、私の事好き?」

小春は樹に問う。今じゃないと聞けない事だろう。


「……ああ、小春が見合いしたと知って俺は嫌だった!他の男と結婚するなんて!だから毎日お前の家に結婚を申し込みに通ったんだ!無謀だと分かっていたが、お前と結婚したかったから!だからうちに泊まって寝ているお前の部屋に忍び込んで指のサイズ測ったんだ!悪いか!」

樹は小春の「好きかどうか」の質問に答えていない。しかし……。


「……ありがとう……」

小春は涙ぐんで呟く。


「誓ってやましい事していないからな!」

「分かってるよ」

樹は優しく笑いかけ、小春の涙をハンカチで拭く。


「痛い!痛い!」

小春の陣痛はピークを迎えた。間も無く生まれてくる。


「おい、しっかりしろ!」

樹は当たり前のように分娩室に付いてくる。そしてどれほど強く握られても小春の手を決して離さなかった。


「樹くん!」

小春は昔のように樹を名前で呼ぶ。


「ほぎゃ、ほぎゃ、ほぎゃ……」

分娩室に大きな産声が響く。前の時には聞けなかった元気な産声だった。


12月25日、16時13分。空が茜色に染まっていた頃、一つの花が蕾を開かせ美しい命の花を咲かせた。







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